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2006/5/5(金) Step6: 本命

 
 
 
 
 
 
 
 
セレクションを2つ受け、
地域のクラブ・チーム2つの練習に参加したこの時点で
母としての自分には、明確な本命があった。








INC がそこそこ信頼できそうなクラブ・チームであることには
なんとなく了解がいった。

KGWに一日の長はあるのだが(4部入りを決めている分)、
U-15のクラブとしてはINCに軍配が上がる日も
そう遠くはないかもしれない。



が、こうして考えてくると
そもそも自分はYを「クラブ・チーム」に入れる気がないのだ、
ということに改めて気がつく。





例えば、中学生の生活として考えてみる。


学校が終わる。
荷物をまとめて、あわてて帰宅。これだけで30分はかかる。
(S中は遠いのだ。)

制服から練習着に着替えて
エナメル・バッグをハスにかけて、自転車で出発。
電車に乗るかどうかはいざ知れず
練習会場へと急ぐ。
途中で上手に間食を取る。

で、どれだけ練習時間があるかは分からないが
とにかく練習。

でもって、練習終了。
お疲れのところ、すぐに帰って来い! と言っても
なかなか家にはたどり着けないだろう。
どうにか帰宅。
練習時間にもよるけれど、この時点でかなり時間は遅くなっているだろう。

入浴、食事、学校の宿題、翌日の支度。
・・・・もう真夜中だ。
いや、くたびれて上記のいくつかをすっ飛ばしたりもするだろう。


しかも、公立中学のスケジュールと必ずしも連動しない試合日程なんかで
コトが進んだりすると
勉強はさらに悲惨を極めるだろう。


一応、高校受験を控える身として
これはどうなんだろう。









成績のことだけではない。

学校にだって、学校行事というものがある。
合唱コンクールがあれば、
放課後居残りをして練習したりもする。
多少、帰りが遅くなっても
下校時刻というのは決まっているのだから
30分後には家に帰り着くのが読めている。
が、クラブ・チームの練習にはそれでは間に合わない。

行事のためにサッカーを休む。
サッカーのために行事に非協力的でいる。
・・・・そんな二者択一は、自分にはあり得ない。

そう、中学校を中心にした学校生活を
心ここにあらず、みたいなカンジで過ごしてほしくないのだ。




S中がそんなにステキな学校でないのはよーく知っている(苦笑)。
なんの変哲もないタダの公立校にすぎず、
中学受験で上の層は少なからず減っているにせよ
上から下までいろんな種類の子供達が一緒にやっていく中で
Yには社会を学んでもらいたいのだ。

そういう意味で、学級崩壊だろうと無気力教師だろうと、何が来ようと
それらを乗り越えてやろうじゃないか、と腹はくくっているのだ。
そしてYにも、乗り切る力を付けてほしい。
地元の公立に入れているのには、それだけの覚悟はあるつもりだ。







その発想の延長線上にあるサッカーは
ズバリ、部活だ。
クラブ・チームになびけない一番の理由はコレだった。









遡ること、去年の秋。
S中の学校説明会というのがあって、
久しぶりに母校の土を踏んだ。

学校生活を説明するプリントには、部活の紹介もあって
「サッカー部(男子)」と書かれていた。

自分のいたバスケ部なんかは
「バスケットボール部(男子・女子)」と明記されていて
そこからは明らかに
「サッカー部に女子は入れさせない」という姿勢が読み取れたのだった。



Yたちの1つ上の代にも、AZMでU-12少女サッカーをやり抜いた女の子たちが
3人いた。


そのうちの1人は、いりんちゃんの年子の姉、いゆんちゃん。
できることなら、サッカーを続けたいと思っていた彼女だったが
サッカー部はS中の部活の中で最もハードな部。
顧問の先生が、熱血漢の体育会系先生で
女子の面倒を見てくれるようなソフトなところはない。
男子部員でさえ脱落者が数多く出る。
彼のキビシイ指導に耐えられる子たちだけが残っているような部だ。

いゆん&いりんの母からは
「サッカー部に女子なんて考えられない!」
てなカンジで、全くお話しにならなかった、と聞く。


いゆんちゃんは、結局お友達に誘われて
バレーボール部に入部した。
あとの2人も、バスケットボール部に入った。
サッカー少女達にありがちな命運を、彼女たちも辿ったのだ。






S中のことでは、
Yたちの秋の公式戦を応援に来てくれたFCTのHRコーチに
愚痴ったこともあった。

彼は、S中サッカー部の顧問が着任したばかりの年に1年生で、
翌年には「俺らがヤツ(=顧問のこと)を都大会に連れて行った」と豪語するような仲。
いまだにS中サッカー部のヘルプに時折顔を出しているので
内部のことをよく知っている人、
自分から見ればS中サッカー部とのパイプ役になる人だ。


「しっかり『サッカー部(男子)』って書いてあったんです。」
と嘆いたら、HRコーチに怒られた。

「Yのお母さんがそんな弱気でどうするんです!!
 そんなの、自分で変えていくんですよっ!!」




えー、変えていくって言ったってー、まだ入学もしてないのにー(苦笑)。
いや、もっと言うと
まだ入学許可のハガキさえもらってないのにー。



入ることが確定していないのに、動きようもない。
冬になって、そのハガキは来たが
実はS中に行くのはウチからだと越境になるので、
もとの校区内の中学校への入学ハガキしか来ない。

ここから越境の手続きが始まる。
まず、教育委員会に出向いてS中に変更してもらう手続きを取る。
これで変更が認めてもらえなかったら、モトもコもない。
変更理由の作文にも力がこもる(苦笑)。


2月に入ってからしばらくして、S中への入学許可が下りる。
自分が正規に動き出したのは
そのハガキが改めて来てから、
そしてYたちがセレクションにことごとく落ちてからだった。




Yたち、というのは
はんちゃん、とんちゃん、いりんちゃんとYの4人組。
FCT小からS中に進学する、
FCTとAZMの二つのチームでサッカーを続けてきた女の子たちのことだ。


この4人をS中サッカー部に入れてやってくれ、
という動きは
主にFCTの監督さんとHRコーチが水面下で進めてくれていたようだった。
怒られはしたが、HRコーチもやることはやってくれていた。



Yととんちゃんは第1子で、この春やっと中学校デビューの世帯。
ウチらは、S中のことを話には聞いても
正直なところ実態としてはよく分からない。


だから、頼みは上にS中生のいる世帯。

はんちゃんのところは、アニキがもともとサッカー部員。
怪我で退部はしているが、2つ年上の在校生なので、
はんちゃんのお母さんも顧問の先生をよーく知っていたりする。

もっと強力なのはいりんちゃんち。
いりんと入れ違いに卒業した代に兄がいて、しかも当時の
サッカー部キャプテン。
ついこの前まで二人三脚でやってきた愛弟子の妹、とあっては
ムゲにはできない(だろう)。の、はずだ。



聞けば、新2年生の部員は3人しかいないとのこと。
1年生の女子を入れてでも
とにかく部員数が足りなければ試合にもならないゾ、
というちょっと悲惨な状況にあったらしい。



そんなこんなで
顧問の先生も、女子の入部を認める方向で方針転換をしてくれた。

入学式の日に配られた学校資料には、
「サッカー部(男子・女子)」としっかり明記されていたのだ!












これで、部活サッカーができる!
晴れて舞台はS中サッカー部に移るのだ。







・・・・が、事態はそんなに簡単なモノではなかったのだった。















2006/5/4(木) Step5: INC







INC という新しい女子クラブ・チームの話を持ってきたのは
はんちゃんのお母さんだ。




彼女の職場の同僚に、
ある小学生クラブ・チームに息子さんを通わせている人がいて、
そのクラブがこの春からU-15女子チームを立ち上げる、
という情報をはんちゃんのために紹介してくれたのだ。






自分はAZMの練習があって、付き添うことができなかったのだが
春休みのある土曜日に、
はんちゃんとお母さんに連れられて、Yも体験練習に行ってきた。
ちょうど桜のきれいな頃のことだ。



INCのほうが、ちょっぴりKGWよりも練習会場が近い。
自転車で15-20分といったところだ。

指導者も、経歴を聞くと
もともと都内の某一般女子チームでコーチをやってきた方だったりして
U-15の女の子たちの扱いには慣れているようだ。

中学生の人数が揃ったら、中学生リーグに参入することも
当然、念頭に置いているらしい。

いや、もっと言うと
国内の女子トップ・リーグにある某クラブの下部組織、
という位置づけだったりする。
INCに入ったら、先々プロになれる! なーんていう
ナマやさしい話ではないのは想像に難くないが(苦笑)
下部組織としてのメリットはなにかしらあるのかもしれない。








職場の同僚のお誘いでもあり、
はんちゃんのお母さんはかなりINCに心が傾いているようだった。


その一方で、どうして自分は
このお話にあまり乗り気になれないのだろうか。











多分、その理由はいくつかあるんだと思う。




が、その中で、ある一つの理由に思い当たった時には
自分でも気が抜けてしまった。


そのトップ・リーグのチームは東京のチームではないのだ。
(当たり前か。)


FC東京のフロントの人をつかまえては
1年に何回かは「女子はやらないんですか?」と詰問し続けている自分としては、
東京ガス女子チームを復活してほしいし
(でも、きっと入れないんだろうけど(苦笑))、
同じ東京ベースでないのなら、
まだ電力つながりでマリーゼの方が親近感を覚えたりする。


いくら数年住んでいたことがあるから、といって
自分が今、ヴィッセル神戸を応援する気持ちにはなれないのと
あまり違いはないのだ。


どっちみち受からなかったが
娘がニッテレに入っちゃったら、悩むでしょ?

なんかそーいう、同好の士以外の他人には
ちょっと説明しづらいような理由で
腰が引けている自分なのだった。













本人たちは、INCの練習に参加させてもらって
とても楽しかったようだ。
他からも数名の同年齢のお嬢さんがたが来ていて、
人数の少なさにおいてはKGWと大差なかったようだったが
練習内容については、充実していたらしい。




AZMを終えて自分が練習会場に駆けつけた時には
ちょうど彼女たちも終わっていて
コーチの皆さんが後片付けをしているところだった。







あとではんちゃんのお母さんに聞いたところ、
場所が分からなくて彼女に電話をかけながらグランドを探して
自転車をキコキコこいでいる自分を、
遠目で発見した彼らのうち、一人のコーチが
「あっ、バスの人じゃないかな?」と叫んだのだそうだ。


そして、自分が近づくにつれ
「バスの人だ、バスの人だ!」と確信を持ったらしく、
実際に自分が彼らのところに到着するやいなや
「バスでお目にかかりましたよね?」と声をかけられたのだった。


確かに、そのコーチの方には
AZM小に向かう路線バスの中でお目にかかったことがあった。
「あっ、ゲロゲロちゃんのコーチの方ですね!?」







昨年12月のある週末のこと。
小学生を連れてAZM小に遠征に来てくれたそのコーチは、
だがしかし、
どのバス停で降りるかを調べてくるのを忘れていたのだった。
どこで降りたらいいのかな、とコーチが不安そうな顔をするものだから
車酔いするお子さんが、今にも限界に達してしまいそうだった。

彼らの会話を聞いていて、
AZM小に来ようとしているのが分かったので
自分も降りるバス停でその子供たちを降ろし、
ゲロゲロちゃんたちをグランドまで道案内したことがあったのだった。




「バスの人?」
「あ、ゲロゲロちゃんの!」
という、妙なご挨拶から始まってしまったINCとのお付き合い。



今後、進展はあるのだろうか。
・・・・それはまだちょっと、分からないのだ。














2006/5/3(水) Step4: KGW






Yのチーム探しの次なる一手は、
この地域で1年前から活動を始めた女子チームKGW。




SFSの他にもこの地域には強豪女子クラブ・チームがもうひとつ
あるにはあるのだが、
そちらも強すぎてしまって
Yのような中途半端なサッカー少女にはご縁がない。

当然Yばかりではない、多くのU-12サッカー少女は
この地域にいる限り、突然サッカー進路を閉ざされてしまう。

・・・・という現状を打開するべく立ち上がったのがKGW。
トップ・レベルではないかもしれないが
地元で女子サッカーを続けられる環境を確保しよう、というのが
基本姿勢だ。






ウチから少し離れたところに本拠地があり、
自転車で20-30分のグランドで週3回コンスタントに練習をやっている。
通おうと思えば通えない距離ではない。


自分のママさんサッカーでお知り合いになって久しい人達が
企画運営に携わっている。
そんなご縁で、昨年春の立ち上げ以来
週1回の頻度でY(とおついででKも)が練習生として
参加してきた。



1年の準備期間を経て、この春からは都女子4部リーグにも
参入することになっているという。








・・・・ならば、素直にKGWに正式に加入して
週3回、そこでサッカーをやればいい。


・・・・と思うハズだった。








それが、1年つきあってきて
そうとも言えない事情が見えてきてしまったのだ。












一言で言わせてもらうと、
練習が「ぬるい」のだ。



これは、難しい問題だ。
U-15、もしくはO-11と言うべきかもしれないが
多少の無理を強いて体を鍛えても大丈夫な時期の女の子たちを
集めるのに必要な何かがKGWには不足している。



練習が厳しいと逃げられる?
そうかもしれない。
が、ぬるいがために寄りつかなくなっていった子たちの
いかに多いことか!

多少キツくてもモノともしないようなやる気のあるスポーツ少女達は
まず学校の部活に流れていく。
部活で毎日のように活動しながらKGWの週3回の練習に来るのは
多くの場合、時間的×体力的にムリだ。
そんな理由で足が遠のいた子たちは多い。


指導者がいないわけではない。
特に中学校の先生をやっているようなコーチが来てくれる時の練習は
そんなにゆるゆるでもない。
が、彼は毎回は来ない。
学校の先生だから、常時来ることはできないのだ。

すると、小学校でサッカーのコーチをやっている皆さんが面倒を見てくれる。
が、小学生同様の内容では、中高生には物足りない。
「ぬるい」ということになる。

ハッキリ言って、中高生を仕切るだけの力量のある指導者が
付きっきりで面倒を見てくれるような環境ではない。





そうこうするうちに、
中高生の女子だけでは練習にならないほど集まらなくなった。

が、来ている子たちがいないわけでもなく
彼女たちが何もできないのではつまらないので、
地域の大人達、パパさんコーチやらママさんプレーヤーやら
酔狂な大学生なんかがお相手をしてくれる。
人数的には大人の方が多くなってしまう日のほうが多いくらいだ。

ある意味、その中で大人にもまれる部分もある。


が、U-15サッカーとしては渋すぎる。







地域の老若男女が交じってボールを蹴る、という図は
本来愛すべきものだと思っていた。
その気持ちには今も変わりはない。




だが、多少の無理を強いてでも体を強くするべき年代の彼女たち、
身体能力的に伸び盛りの彼女たちに
そういう枯れた選択肢しかない、というのは
ちょっとウラ悲しいものがある。


別に上を目指せ、というようなコトは思わないが
中学生の女子サッカーとして
もう少しどうにかならないものだろうか。










どうせやっているのが知り合いばかりなのだから、
自分が出しゃばって、出て行って
問題を解決する努力を一緒にすればいいのかもしれない。


・・・・が、同じ地域内(区内)とはいえ
自転車で20-30分では、自分の活動エリアとは言えない。
どうしても「ちょっとお客さん」な気分が拭いきれず
そこまで踏み込めずにいる。







さて、どうしたものだろうか・・・・。


















ところで、
将来KGWに入ることを心に決めているらしいのが一人いる。

中学校の部活でブラスバンドに入ろうと考えているKだ。



部活は楽器、週に数回はKGWでぬるくサッカー、というバランスが
自分にはちょうどいい、と思っているらしいのだ。

Yなんて、中学校の部活さえどうするかまだ不確定だというのに
Kだけは2年後の活動方針を決めきっている。
安心して、区立S中にご入学だ(笑)。











Yたちはまだサッカー進路が決まってないのに、ねぇ、
といりんちゃんのお母さんにふともらしたら、
S中保護者としては先輩にあたる彼女にこう言われた。


「S中のブラバンは、結構キビシイんだよ。
 毎日遅くまできっちり練習はやってるし、
 体力的にもしんどいと思うよ。
 ブラバンとKGWの両立は、まずムリだと思うなぁ。」


やっぱり、ブラバンも体育会系らしかった。
どうする、K。



とりあえず、そのことは
あと2年経ってKが中学生になるまで
本人には黙っておこう(苦笑)。







・・・・じゃなくて、Yだよ
問題なのは。










2006/4/5(水) Step3: SFS

 
 
 
 
 
 
 
さて、チーム探しの次の一手は
地元のクラブ・チーム、SFS。




Yが初めて女子チームAZMのユニフォームを借りて着て、
低学年の試合に出させてもらったのは
彼女が小学2年生の時。

当時、AZMはKWコーチが指導しており
全盛期だった。とにかく強かった。
東京トレセンの選手を何人も擁するようなチームで、
6年生だけで1チーム作ってもオツリが来るほどだった。

この代が、中学生になってからも一緒にサッカーができるように、
と立ち上がったのがSFSだ。
KWコーチはSFS監督となり、AZMのコーチは辞めた。



だから、YとKWコーチは
かろうじて接点があるとはいえ
その2年生の時の低学年大会、数試合分のおつきあいでしかなかった。







なもんで、どちらかというと
自分のほうがKWコーチには世話になっている。


自分が地元でやっているお母さんチームSFMは、もともと
SFSのママさん部門とAZM小のサッカー部のママ部門が
一緒に活動しているチーム、という成り立ちだ。

SFS的には、
女の子チームにママさん部門を併設することで
サッカーは女性の生涯スポーツである、というイメージを
伝えるのに一役かっている、と言えなくもない。

実際には、自分らはほとんどSFSとは無関係に
勝手に活動しているのだけれど、
場面によっては「SFSママさん部」を名乗って試合に出たりするため、
KWコーチとはつかず離れずの距離にいるのだった。

そして、頼んでもいないのにKWコーチは
SFMの試合を突然見に来てくれたりもする(苦笑)。
そういうときに限って、期待を裏切ってしまうのもしばしばだ。













まぁ、そんなわけで
自分自身がSFSの一部分でもあるし
SFSはAZMの姉貴分でもあるわけなので、
YたちをSFSに入れてもらえるかというと、
世の中そんなに甘くはない。



SFSは今や、ちょっとした人気クラブだ。
毎年セレクションをやって
採用する選手を選んじゃうような
ゴたいそうなチームになってしまったのだ。

もっと言うと、ニッテレのセレクションを落ちた有力選手が
こぞって受けに来るようなチームだ。
SFS自体も、ニッテレもれの受け皿を自ら任じているので
セレクションの日程も、そのようにうまく設定してある。

その「フツーに上手い子」らと
ここでも比べられなくてはならないYたちなのだった。




















実は、いりんとYはSFSに入るのではないか?
という下馬評がまことしやかにささやかれていた。

ニッテレのセレクションは
社会科見学なので問題なく申し込みをする気になったが、
SFSのは、その下馬評のせいで少々考えた。


万が一、通ったらどーするの?
・・・・という設問への答えを用意してからでないと
申し込めなかったのだ。


1次審査を通ると、面接がある。
その時に、合格したアカツキにはSFSに入る意志があるかどうかを
確認されるのだ。








以下、Yにまつわる下馬評の一例:



SFSは、声を出す子を求めている。

→Yならイケる!



去年、SFSからAZMあてにセレクションの案内は来なかったが
今年ははやばやと案内状が来た。

→AZMにお目当ての選手がいるのではないか。
 だとすれば、いりんかYだろう。



KWコーチは小さいときからYを見ている。

→自分でこの先、育てたいと思っているかも。



今のSFSには、バランスのいいリーダーシップのとれる子が必要。

→Yだ!














SFSは、いいチームだ。


KWコーチをはじめ、指導者は知り合いばかりだが
いずれも熱心で、本当にサッカーが好きで、バカばっかだ(笑)。

大部分のコーチ陣の若さがやや気にはなるが、
年令を補うだけの熱意で経験を積み重ね
女子サッカー界での信頼関係の構築も少しずつ進んでいる。

やっているサッカー自体も、悪くない。
体験練習会を見に行って、いいチームに育ってるなぁ、と関心もした。
基本的にぼっかんサッカーではない。
コミュニケーションを密に取りながらパスをつなぐスタイルを
目指していることには好感が持てる。

チームの体制も整いつつあり、
戦績もうなぎ登りに上がっている。
そろそろ「強豪」と呼んでもいい位置まで来ていると思う。








が、チームに一貫しているサッカーに対する一所懸命さが、自分には
・・・・公立中学に通う娘を持つ親としての自分には
難点に見える。



SFSの選手達は
中学生ライフがサッカー一色になりがちだ。
しかも、その「サッカー」はすべて学外。

【学校生活】<【クラブ・チームでの選手生活】
という不等式を、自分はまず認めていない。



そこまでリキまないでもできるサッカーはないものか。
別に都で1番にならなくてもいいような女の子が
サッカーを自然体で続けられるような場所は、身近にないものか。

SFSでは推奨していないらしいが、
試験前でもレギュラー争いから脱落したくなくて
選手たちは夜間練習を休まないという。

そんなガッツを悪いとは思わないが、
Yの場合、それは困る。
分相応、という条件付きながら
あくまでも学業をおろそかにせず、文武両道でいってもらいたい。





・・・・という母親の強いプレッシャーのもと、
「受かっても行かない」という答えをYに用意させて
やっとSFSのセレクションを受けさせる運びとなった。


ここいらへんの経緯に関して、
AZMのHYコーチにはかなり怒られたが
なにしろこのお母さんは自分が納得いかないと動かない。
Yには、母親のガンコな考えをくつがえすだけの
SFSに対するパッションはなかった。



だったら、SFSを受ける必要はないじゃないか、と
言われるかもしれないが、
そこはYのOGコーチ業がなせるワザ。
将来、後輩がSFSのセレクションを受けたい、と言ったときに
実体験からアドバイスをすることができるから、
という理由で受けることは受けてみたかったのだ。
















それだけ考えたのが、バカみたいだった。

ニッテレ流れの強者たちの中で
Yは1次審査さえも引っかかりはしなかった(苦笑)。



「ウチの子たちを、ちゃんと見て下さいよ!」と
事前にプレッシャーをかけといてくれた
HYコーチの顔を立ててか、
いりんだけが上記の面接へと進んだ。
当日のデキは正直言って悪かったのだけれども、
身体能力的に秀でているので無難な選択だ(笑)。

そして、そのいりんも
2次審査で落とされた。
結果、今年AZMからSFSに進んだ子は1人もいなかった。








というわけで、以下、本人のレポート。



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通して感じたことは「そんなにきん張しなくてもいい」(中略)
率直に言うと「上手い子達は交友関係が広い(エ代表&トレセン
とか)からいいな、コミュニケーション取りやすいじゃん」。
=上手いから色んな所でサッカーができるという風になるから
やっぱり「上手い」というのははずせないらしい。「上手い」
→というのは色々あるけど (1) 目立つプレーをする、(2) これ
だけは、という自分の特ちょうがある の2つ。他にももちろん
あるけどまとめると。(注目される所といった方がいいかも)
(1) 点を取ったり声をすごく出したり、こういう物を使って
アピールするのも大切。受かりたい!という気持ちをコーチに
プレー上で伝えられたらとても注目してもらえる。(2) 足が
速い、1人でドリブルを前線までしていける、ボールをふれる
(サイドに)。そしてこれは注目してもらえるものだ。そして
チーム(ゲームの時)の人にも信らいしてもらえパスが集まる
=自然と目がいくのでそのプレーに自信を持つことも大切で
そのプレーは自分の中で100%を出してやる。あとは左足が
使えるかどうか。声。左足、声を使う子はめったにいないので
結構武器になる。ぬいてパスという動作ができるのは当たり前
のふんいきである。「礼儀正しく意欲を見せる」

*********************************************************






・・・・ニホンゴ、ちょっとヘンね(苦笑)。


















後日、KWコーチからはごていねいにメールをいただいた。
SFSでは受け入れられなかったけれど、
必要であればしっかりした指導者のいるクラブ・チームを
ご紹介します、というようなコトが書かれていた。





このメールを読んで、
客観的には、Yが今のSFSに入れると思ってはいなかったが
セレクションを受けさせたのは正解だったかな、
と初めて思った。


KWコーチが、助けになってくれるかも・・・・。




つーか、
使えるものは、コーチでも使うわよ。
キミには、協力してもらうからね。





・・・・もともと入りそうもないムスメを受けに行かせといて、
「ムスメを落とした」という貸しをムリクリ作って
なんだか優位に立ったような錯覚に陥る母なのだった。

















2006/3/31(金) Step2: ニッテレ

 
 
 
 
 
 
 
FCTのコーチング・スタッフにYを、というのは
彼女固有の話題だが、
「サッカー進路」ということになると
AZMを卒業する女の子たちほぼ全員に共通の問題だ。
大問題、と言ってもいい。


特に、同じFCT出身で、FCT小を卒業して区立S中に進学する4人
・・・・はん、とん、いりん、Yは
ちょっとした運命共同体みたいなことになっている。





小学生の時からサッカーをやってきて
少女チームではそれなりの戦績も残し
これからが面白くなるところだというのに、
中学生になるやいなや、身近に女子サッカーのチームがない。
頼みの綱の部活にも、女子サッカーがないのだから
もうどうしようもない・・・・。




と、いうワケで
次の一手として、地域的に少し範囲を広げて
クラブ・チームをあたることになる。








・・・・なるんだが、
そうした「チーム探し」のベクトルとはまったく別に、
小6だからこそできること、
・・・・「卒業記念」として
国内最高峰の女子チームの下部組織がやるセレクションを受ける、という
小6でなくては恥ずかしくてとてもじゃないけどできない
ムボーなチャレンジを、
彼女たちはまずやってみたのだった。




この「卒業記念」にニッテレを受ける、というのは
近隣のサッカー少女が毎年けっこうやってきていることだ。


だいたいにおいて、「国内最高峰」なんだから
よっぽど巧くてフィジカルに恵まれたコでなくては
セレクションを通るワケがない。

お金を支払って受けるにしても、
それはちょっとした「観光」とか「社会科見学」としか
言いようがない。

そんなYたちのように、観光気分でVグランドに来るのも
相当数いるとは思われる。


が、その一方で関東近県から
「我こそは」と念じるそうそうたるメンバーが、
マジで入団を賭けて受けに来たりもする。


受けさせるコチラ側は、実は
そういう(いわゆる)「未来のなでしこ」ちゃん達を
見たくて行く、という
なんか不届きな動機もあったりするのだった(苦笑)。











そんなこともあって
Yのバカ親は、両親揃ってVグランドへついて行った。


別にYを緑に入れてほしい、と思っているワケでは毛頭ないが
気分的には「アウェイ」なものだから、
いつもアウェイの時にそうする以上に
極力青やら赤やらの格好はしない。

本当は風が冷たいからベンチ・コートを着たかったが、
青くて東京のエンブレムまで入っているので
それはやめておくことにした。
通勤用の黒いコートにする。

手袋に至るまで、青赤は見せない。
わざわざ黒白の、目立たない手袋に変えてから
家を出たりするほどの気をつけようだ。



いや、だから別に
そんなに気にすることはないって(苦笑)。

・・・・でも、なんだか
やっぱりアウェイの緊張感があるんだよなぁ。
あそこに行くときは、習慣的に。













・・・・という親の気苦労を知ってか知らいでか、
Y、はん、いりんの3名の参加者は
緊張感もなくただの遠足気分でてくてく歩いているのだった。




グランドに着いて、受付を済ませる。
現役のU-18らしき選手たちが手伝っているようだ。
かわいい顔して、この受付の女の子たちも
サッカーは超ウマイんだろうなぁ・・・・。



ボールを持って、皆さんがアップしているコートに
3人をほうり込む。

見れば、周囲の女の子たちは
リフティングするにも、仲間同士で鳥かごをやるにも
・・・・基本的に皆さんかなーりお上手ですわ。


その雰囲気に呑まれてしまったのか、
3人は周囲をぼう然とうかがいながら立ちつくしていた。


おーい、せめてリフティングかパス回しくらいやれよ・・・・(怒)!!
と心の中で叫んでいた、その時




彼女たちの名前を呼ぶ声がして、
「キャーッ!」と歓声があがった。

ご同様に受けに来ていた第2エリア代表の連中が
奥の方で固まってボール回しをしているうちに
たたずんでいるYたちに気がついたのだ。



一夏を一緒に過ごし
毎日のようにサッカーをやった仲間たちとの再会は、
それだけでも来た甲斐があるような嬉しいことだったようだ。







それからは緊張もほぐれ、
お陰様で少しはボールも触ってアップになった。


フェンスの外で、親が口を出すよりかは
何百倍もマシだ。
エ代表の彼女たちに、感謝だ。













実際のセレクションは、
そんなに難しいことは言われない。


初めはリフティングとか、ボール・コントロールの技術を
見ているのだろうなぁ、という時間帯がしばらくある。

その後は、ずーっとミニ・ゲームだ。
6〜7人のチームに分けて
ひたすら総当たり戦でゲームをやらせる。



寄せ集めの初対面同士でゲームをやるわけだが、
そのこと自体に慣れていて
自分を発揮できる子が強い。





Yやはんちゃんは、正直言って周囲より1〜2段は格下だった。

唯一、いつも通りのいりんならまだどうにかイケそうだったが、
いかんせん、いりんちゃんは人見知りだ(苦笑)。
慣れない関係の中でも「いつも通り」を出せるような子ではない。
いりんの特徴であるサイド(右)のドリブル突破は、
引っ込み思案になってしまって
慣れない最終バックでちんまりしているいりんから
繰り出されることなく、時間が過ぎてしまった。

一度、水を飲みに近くに来たいりんに声をかけて、
自分らしいプレーのできる場所をまず取るように言ってみた。
最後のゲームでは、ほんの少し
彼女らしい持ち上がりが見られたようだった。






タイム・アップ。


我々シロウトが見ても、上手い子が
結局は1次審査を通過した。
エ代表の仲間からほんの数名が残ったが、
あとの子たちは引っかかりもしなかった。

そして、2次審査の結果から言うと
知り合いでは1人も入ることはなかった。




もっと言うと、セレクションをやる前から
取る子は決まっていたのかもしれない。

それはどうあれ、1次審査で残った子たちを見る限り、
フツーに上手い子ばかりだったので、
「ひねりはないもんだね」と当たり前の感想を
ダンナさんと言い合ったりもしていた。










以下、投資の対価としてYに書かせたレポート。


先々、彼女の後輩たちが
真剣にセレクションを受けたいと思ったときに
アドバイスできるよう、
記憶がフレッシュなうちに文章化しとけ、と言ったら
こんなん出た。




*********************************************************

個人でいる場合は、自分から積極的にアピールすること。
(受けに来る)人数が多いので「こんな子いたの?」状態に
なってしまう。コーチは礼儀正しくするのを結構気にかける
ので、あいさつはもちろん、返事を大きな声で。まず、いち
早くその場のふんいきになれ、ちぢこまらないこと。のびのび
と自分をアピールしていく。(緑は)ボールタッチが正確、
両足が使える子が好き。あとは体力。ゲームになったら自分が
チームを引っ張っていくつもりでコミュニケーションをとり、
その場でできたチームでどれだけ団結できるか、チームプレー
ができるかを考える。そこは注目されるところ。献身的に走る
子も好きで、サイドの展開があるチームには目をつけてもらえる。
(JとLのトップ・チームの)選手達のプレーをよく見ておいて
動き方、サイド展開のしかたを研究し身につければ、お好みに
なる。とにかく人にうもれず自分をアピールし少しでも良い所を
見てもらうようにする。目立つプレーをするのも良い。

*********************************************************



・・・・だそうです(笑)。ホントかぁ?
















ところで、Vグランドのセレクション会場の隣では、
U−18の男の子達が試合をやっていた。
見た目、緑 vs. 水色の戦いのようだった。



そこでダンナさんが、ある発見をした。







とある緑の選手が、
まぎれもないオフィシャル青赤の手袋をしていた。











こっちは気ィ使ったのによー(苦笑)。


















2006/3/28(火) Step1: リトルFCT

 
 
 
 
 
 
 
親として、子供にこうあれかし、と思うことは
イロイロあるにはある。







ことサッカーに関してだけ言えば、
結婚相手に赤っぽいヒトだけは連れてくるな、ってのと
小学生のあいだはサッカーを続けてくれ、ってのがある。


おムコさんはともかくとして(笑)。
自分たちと一緒にボール蹴りして遊んでくれる子に
育ってほしかったので、サッカー部に入れた。
小6まで続ければ、それなりに蹴れるようになる。
基礎が出来ていれば、
自分やダンナさんとフットサルしても充分楽しめるハズ。


・・・・というわけで、
この点についてはYはもう「あがり」だ。










次に
こと中学生ライフに関してだけ言えば、
部活でスポーツをしろ、ってのと
進学は区立→都立、ってのがある。



自分もそういう生活だったから思うのだけれど、
部活はやっぱ運動系でしょ!

体を動かして発散しといてもらいたいのもあるし、
自分自身、スポーツ不適応からバスケ大好き人間に転向したのも
中学での部活でトレーニングした(させられた?)お陰、
体力や気力がつくんでいいと思っているわけだ。


一方、高校受験が近い未来にぶら下がっているため、
サッカーばっかで3年間終わってもらっても困る。
クラブ・チームでサッカーを続けることに
あまり自分が熱心でないのはそこいらへんにも理由がある。
あくまでも、学業と連動した部活の範囲内でドーゾ、
というわけだ。



この部分については、賛否両論あろうかと思う。
クラブ・チームだってピンキリだ。

が、とにかく中学校時代は地元で、目の届く地域の中で、
学校を生活の大部分を占める拠点として
近くに居といてもらいたい、というのが自分の希望だ。

種目だって、別にサッカーにはもうこだわらない。
母として彼女にやってもらいたかった分のサッカーは
もう満了しているのだ。















さて、そういうことになると
Yがサッカーを続けるのは難しい、という話になる。


Yの行く区立S中には、女子サッカー部なんてものはない。

既存のサッカー部はあるが、
入学説明会でもらった資料にもハッキリと
「サッカー部(男子)」と書かれていた。
女子は入れないのだ。




女子の運動系部活としては、
テニス部、バレーボール部、卓球部、
そして自分も活動したバスケットボール部がある。


「S中バスケ部に入って、アタシの後輩になんなよ」
と誘ってはみたけれど、
Yはかたくなに拒否している。
(その勧め方ではまずムリだよね。)

今はよさげなコーチ陣も付いてくれていて、
バスケ部、いいんだけどなぁ・・・・。

確かに、テニスとか卓球とかいうガラではなさそうだし。
バレーも痛そうとか言うし。
やっぱりバスケが一番、これまでやってきたことが活かせて
高校でサッカーに戻るにしても、幾分かはタメになるし
フットサルやるなら走り回るコートの広さもちょうどいいし。

「どぅ、バスケ部?」
と母もかなりしつこく言ってみたが、
Yはとても嫌がっていた。





Yは、サッカーがやりたいのだ。

























話は飛んで、昨年秋のFCTでのこと。


秋の大会シーズンを控えて
FCTではコーチ陣に新しいピステ上下を揃えることになった。


FCTのコーチ陣というのは、
お父さんコーチが多いため
けっこう新陳代謝していくものだ。

要するに、ムスコが在籍しているあいだは指導してくれても
卒業してから引き続きコーチとして残ってくれる奇特なヒトは少数だ。
一方、新しく入ってくるムスコ達には
新たなパパさんコーチの人材がくっついてくる。

だから、定期的にコーチ用のジャージとかシャツとかを新調しないと
コーチ陣として格好がそろわないのだ。




コーチ達のサイズを確認して注文を取りまとめる時期になり、
FCTの監督さんからYはお呼び出しを受けた。
サイズを合わせに校庭へ来るように、と言われた。

Yにコーチ用のピステを、というオファーだ。
これはつまり、YをFCTのコーチにする、という話だ。






前に書いたかどうだか覚えてないが、
去年の年度末からYは1年生のガキどもの世話をしに
FCTの低学年練習に顔を出すようになった。

始まりは、まだ年長さんの弟&妹軍団を呼んで
「体験練習」をやった時に
監督さんが思いつきで
お世話係として新6年女子部員を配置したことにある。


まだ治療中で、自分ではプレーできなかった時期のYだったが、
その数回のおチビ体験練習で
彼女はその世話好き? 世話上手? なキャラを披露。

その結果、弟軍団の入部は不思議ではないとしても
妹ちゃんたちまでもがこぞって
「私もサッカーやりたい!」と入ってきたのだった。

それを見ていた監督さんも、
以来「女子の活動とかぶっていない時には来るように」と
Yを1年生チームのアシスタントにしたのだった。





まぁ、AZMもなかなか忙しいので
行ったり行かなかったり、の中途半端なお手伝いではあった。

が、ばらけるクソガキどもを集める「牧羊犬」として、
はたまた
男の子の心ない言動で傷ついてしまった女の子の
元気を回復する「パートナー・ドッグ」として、
いればいたで犬っぽい役に立つYではあったのだった。




そして、復帰を果たし、一緒に蹴れるようになってから
彼女のガキ好きはエスカレートしていった。

もともと彼女は放課後に
サッカー部の連中と遊んでいることが多いのだが、
団地なんかでボール蹴りしていると
ワラワラと下の代のサッカー部が寄ってくる。

どうしてもYを抜くことができない、とムキになる2年生もいれば、
Yのリフティングを見て発奮した5年生もいる。
1年生なんかはYを見れば単にケリを入れに来るらしいが、
ともかくそうやってガキどもをあしらうのが
好きなのだ。





Yをコーチに、というオファーはだから、
ありがたくもあり、まぁそうだろうな、という話でもあった。

が、まだ部員の6年生に
いきなりそんな特別な品物をいただくのは
ちょっと抵抗があった。

もちろん、Yの低学年練習における「犬」としての貢献は
誰の目にも見えるようなものだったので、
そのことで文句を言う人はいないとは思った。

が、在校生でコーチは、ちょっと。







・・・・というワケで、
中学生になるまではいただいたピステ・スーツを着ない、
という条件付きで
ありがたくいただくことにした。


そして、あと2週間でYは中学生になる。
アシスタント・コーチとして名前が出るようになるらしい。





















その話が、半年くらい前に浮上してから
YのU−15サッカー進路を考ることになってしまった。



いくら低学年対象とはいえ、
U−12のサッカー経験しかないそのへんの中学生を
まかり間違ってもコーチにしてはいけない。


たかだか12才で指導者をめざす、なんてことは
あってはいけない。
プレーヤーとして、やるだけのことをやって初めて
Yのような凡百のサッカー経験者でも指導者になれるんじゃないのか?


・・・・と、自分のことを棚に上げて
母は思ってしまったのだった(苦笑)。








とにかく、現役でいなくちゃダメだ。




そう思ってから、Yがサッカーを続けるには
どういう方法があるのか、を探し始めることになった。



そして、自分も、
S中バスケ部にYを入れることはあきらめたのだった(苦笑)。




























 

2006/3/27(月) 有終の美: Yの場合

 
 
 
 
 
 
雨やら公式戦やらいろいろあって、
YたちAZMから6年生8人を送り出すための「卒業大会」は
この土曜日、年度末最後の土曜日に行われた。



一番近いCCCという女子チームと、
042でのチームメイトでキャプテンでもあるKちゃんが
監督をしているSFCというエリア外のチームを招待した。



CCCはローカル大会やエリア予選なんかでしょっちゅう対戦する
いわば常連さんのご近所チームだ。


一方、隣のエリアから来てもらったSFCは、
お互い勝ち抜いて都大会に行かないと出くわすことのない相手だ。

実際、先日の新人戦都大会に
SFCは隣のエリアの第3代表かなんかで来ていて、
対戦こそしなかったが、会場では顔を合わせており、
コーチ同士お互い健闘を祈り合ったりしたものだ。





AZMと、この2チームが相互に対戦して3試合。
一応順位なんかもつけて表彰したりする。
その他に、3チームから高学年を集めてシャッフルし
急造チームを2つ作って紅白戦をやる、という
フレンドリー・マッチもあった。








ところで
SFCの10番ちゃんは、なかなか強烈なコだ。

監督であるKちゃんによくなついているが、
プレースタイルも彼女にソックリだ。
ボール扱いは上手いし、よく走るし、
シュートは弾丸ありループありコースを狙った丁寧なゴールもありで、
間違いなく今のSFCを引っぱっているコだ。

可哀想に、CCCは10番ちゃんに5点も取られてしまった。
なかなかのゴール・ゲッターなのである。



そんでもって、そこもKちゃんによく似ているのだが
超明るくて、超ヒトなつっこい。
都大会でKちゃんと立ち話をしていた時も
「またおともだち?」と寄って来た。

「今度ウチに試合しに来てネ」と10番ちゃんに言うと
「え、ほんとに? ねぇねぇ、ホントに行く?」と
監督Kちゃんにからみついていく。
・・・・ありゃー、かわいいワ。








さて、そんなわけで
紅白戦を除き、AZMとしてのYたちにとって
最後の試合となったSFC戦は、
多分、Yこれまでの戦績の中で1、2位を争うベスト・ゲームとなった。






SFCは、とにかく10番ちゃんが突出しているので
彼女を中盤で押さえ込むのがYの役割となった。

が、他の子たちも監督Kちゃん仕込みで
下手な子がいない。穴のないいいチームだ。
そうそう簡単に点を取らせてくれるものでもない。






いりんちゃんは、得意の右サイドを切り裂くドリブル突破で
おっかないマイナスやシュートを放ち続けた。
常に3人のマークにあいながらも、
ゴールに向かっていく「前へ、前へ」の姿は爽快だ。


とんちゃんは、小柄ながらガッツのあるキープで粘りを見せ、
チャンスがあればゴール前に飛び込んで
何度となくウソのようにアクロバティックなボレーを繰り出した。
(でも、入らなかったんだけどね。残念!)


はんちゃんは、最終バックのストッパーの位置から
あわやゴールか? と思うほどのいいキックを蹴り、
中盤のYたちにも後ろから的確な指示を出し続け、
0失点に抑えるのに大いに貢献した。


たみんちゃんは、中央で何度も脳細胞をつぶしながら
ヘディングで跳ね返してくれた。
頭頂部にあてては後ろに飛ばすのが常、の彼女だったが、
最後にはどうにか前に跳ね返せるようになったのだ。


くみんちゃんは、サイドバックの位置から
素晴らしい展開のロングパスを何本も出した。
危険の芽を摘む判断もよく、たみんの苦手なパターンを察知すると
後ろにカバーに入る賢い動きが光っていた。


もんちゃんは、Yとタテのほどよい距離感を保ちながら
攻撃的なパスを受けてはゴールへ向かうファイトを
見せ続けてくれた。
何度となくゴールに迫っていたので、得点がなかったのが
本当に惜しい。


よんちゃんは、この1年受験でサッカーから遠ざかっていたが、
彼女の父も母も学生時代にサッカーをやっていた。
血筋から言って、やれば絶対に上手くなるはず。
1年間サッカーしかやってこなかったYたちに水をあけられた、
と思ったかもしれないけれど、
やってこなくてもあれだけプレーできたことに自信を持っていい。




そして、Y。

10番ちゃんに全くと言っていいほど仕事をさせず、
体を入れてはボール奪取→混んでいるところからでもスルーパス、と
まさに攻守の切り替えの部分をコントロールしていた。
珍しくCKも飛び、あわやというカーブを何本もゴール前に送っていた。

対戦相手の監督、Kちゃんにも
「もう入る、次は入る、直接入るかも、と怖かったよ」と言わしめた。

つーか、あれは決めてくれ(苦笑)。
決めきらないところまで含めて、
あなた達らしかった。



結果は0−0。




0−0のPK上がりは、今やAZMの伝統となりつつあるが(苦笑)、
最後まで0−0で締めてくれた。










それぞれが、それぞれに
持ち味を出し、のびのびとプレーしていた。


あの試合を見て、これもこれで有終の美だと思った。






















紅白戦では、Yと10番ちゃんは同じチームになった。
3チームから集めた5〜6年を分けて、
まず名前を覚えたりポジションを決めたり。
全て自分たちで話し合わせる。

ホームということもあるが、
片やY、もう片方ははんちゃんが
リードを取って相談をしていった。


はんちゃんチームは、なぜか勤勉。
自己紹介とポジション決めが終わると、
自主的にパス練するなど、体を動かし始める。

一方のYチームは、いつまで経っても
輪になっておしゃべりしながらケラケラ笑っていて、
ボールは手で回していた(マイクのかわりらしい)。
こちらは超リラックス・モードだ。



そして、1ゲーム。

やはり急造チームだけあって、
呼び合ったり、特徴をつかんでパスを出したり、といった
少女サッカーらしい綿密さはないけれど、
けっこうみんな楽しそうにやっていた。

Yは、10番ちゃんにキラーパスを送ろうと試みていた。
なかなかうまく合わなかったが、
時にはつながったりもする。
10番ちゃんも、ボールを持つとまずYの位置を確認して、
自分で行くか、Yに落とすか判断しているようだった。













以上、4試合を終えて、閉会式。
得失点差でも並び、総得点数でSFCに優勝は持っていかれた。
でも、順位なんかはどうでもいい。
SFC戦がいい試合だったことが、自分にとっては最高の勲章だ。




お昼ご飯のときには、豚汁もふるまわれた。
SFCの子達と混ざっておにぎりをぱくつき、
しまいには住所交換をしていた。
なんでも、年賀状を送り合うそうだ(笑)。


ヒトなつっこい10番ちゃんの住所をYはもらって来た。
ホントにかわいいコだ。



サッカーは、なんだかこうやって「おともだち」を広げてくれる。
こういう場面を見るたびに
やっててよかったねぇ、と思ってしまう。












そして、監督Kちゃんと10番ちゃんとは
また再会を約束した。
10番ちゃんは、まだ5年生。
これからKたち新生AZMと、まだまだやり合う間柄なのだ。


















これで、YのU−12が本当に終わった。










Yのサッカー人生がこれからどっちに向かって行くのか、
まだ本人にもよくは見えていないと思う。


けれども、Yはサッカーをやめるわけではない。
別の環境を見つけなくてはならないだけだ。


U−15という、別の領域に
これから突入するのだ。






















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Akiary v.0.51