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2004/7/1(木) こんの

 
 
 
新聞をまるまる1面使った今野の記事を読む。



東北高ということで
漠然とスポーツ・エリートだと思っていたが、
一般入試とは知らなかった。

もちろん、凡庸とした選手というわけでもなかったのだろうが、
初めから強い光を放って周囲を動かしながら進んで来た小野
みたいのとは経緯が全然違う。

今の彼を予感し得なかったらしき環境の中で、
彼は自分を磨き続けてきた、という話だ。





上手くなりたい、強くなりたい、という気持ちが
サッカー選手としての彼自身をここまで連れてきたのだろう。
その気持ちは、これから彼をどこへ導いていくのか、

素直に応援していきたいと思う。





馬場ではないが、彼から学ぶものは大きい。



自分を育てるのは自分。

チームがかわったら、強くなるわけではない。
新しい指導者だから、上手くなるでもない。


上手くなろうという気持ちが強ければ、強くなれる。
自分を信じて、努力するしかない。







そう自分に言い聞かせる一方で、
サッカーをやる気があるのかないのか、つかみ所のない
自分の子供とも向き合わなくてはならない。



・・・・Kのために寝る時間も削って調整に奔走した話は、
またこんど。







2004/7/3(土) 他にうまい子がいなければ。

 
 
 
女のコたちのサッカーでも、うまい子はうまい!
上を見たら、キリがない(のだろう)と思う。


Yが対戦する女子チームを見回すと、
彼女の技量はだいたい「まん中へん」だ。
このままでは、来年6年生になっても
地区選抜に入るのは難しいだろう。





そのようなYでも、
他にうまい子が一緒にいさえしなければ
(多分)お世辞抜きで大人に「うまいっすねー!」と言ってもらえる。
それが彼女にとってどれ程、励みになることか、という話。






腐っていた(笑)足の親指も回復し、
お医者さんにも「サッカーでもプールでもなんでもしていい」と
お墨付きをもらったY。
土曜は早速、女子チームAZMの練習〜ママさんチームSFMの練習(お付き合い)
〜M君主催のフットサル会、と丸一日球蹴りに明け暮れた。

サル会には、先にダンナさんとKが行っており、
デラとして他チームと順繰りに対戦。
途中からYと自分は参加した。





最近、AZMのHYコーチがYを仕込んでくれていて、
DF専門の気でいるYを
あえて中盤(それも親が想像していたボランチより前、
HYコーチ自身のポジションでもあるトップ下)へと
ゆるやかにコンバート中なのだ。

というか、1年後に彼女以外に球を散らせそうな人材がない、という、
近い将来かのしょぼいチームが直面する
緊急課題への対策にすぎないのだろうけれど(苦笑)。

で、このゆるやかなコンバートのおかげで、
これまでポンポンはねっ返すだけのサッカーだったYが
少しは切り返したりキープしたりするようになっているのだ。


これをやり始めると、確かに大人の目から見ても
少しは「うまい」子に見える。
今回は、その効果が出たと言える。





デラでは周り(=Yの両親とか)がヘボいので
Yの活躍もソコソコだったが、
全対戦が終了した後の残り時間でやったゲームでは
M君が「キッズを貸して」と言うので
Yが混ぜてもらい、そこからが本領発揮となった。


なんだろう、
ボールを自分で持つことを嫌がらなくなった、
恐がらなくなってきた、ということなのかな。

大人(男の子達)の中ではいいパスが入ることもあって
Yなりにのびのびと勝負しては、シュートを蹴り込んでいた。






でも結局、この日Yの得点はゼロ。
M君には「あれは決めてくれないと」とキビシイお言葉も(笑)。


けれど、Yは
M君が教えてくれることや伝えようとしていることを
ちゃんと受けとめようとするし、
かわいがってくれていることも喜んでいる。

相手方のGK君が「うまいっすねー。マジでオレから
点獲ろうとしてましたもん」と言ってくれたのも
Yの気をよくしたに違いない。


そして、だんだん一緒にフットサルをやる大人達が
手を抜かなくなってくる、という感触をYはつかみ始めている。






一緒にサルができるように、と
彼女をサッカー部にほうり込んだのが約3年前。
ここまで来たら、あとは自然にいくだろう。

彼らが本気になっても抜かれるようなコには
ならないかもしれないけれど、
一緒に遊べるくらいにはなれそうだ。




他にうまい子が一緒にいさえしなければ、
Yでも「うまい」と言ってもらえる。
そうやって、もしかするとホントにうまい子になるのかもしれないし。
M君はじめ、一緒にやってくれた皆さんには
心からお礼を言いたい。








・・・・ここで1人、こまったちゃんが(苦笑)。



M君が「キッズを貸して」と言うので
YとセットでKも提供してみたのだったが、
Kいわく「およびでなかった」のだそうだ。


すねたKは、その後
体育館の中をプラプラと探索しながら
着替えをすませて母親が出てくるのを待っていた。


「あれ、Kは出なかったの?」
と声をかけたら、Kはじわっと涙ぐんでしまった。




上に兄弟がいるって、こういうことなんだよね。
下から見ると、いつも上の子が光を浴びているように見える。
とうてい追い越せない上の子に
悔しいような頼もしいような複雑な気持ちを持つんだよね。

でも、上から見ると
自分の持っていないモノを下の子が持ってるのも分かるから、
追い上げられる脅威も感じつつ
下をかばったりフォローしたり世話焼いて、
それでなおのことバカバカしくなったりしてこれまた複雑。



いつもYとセットのK。
サッカーをやる気があるのかないのかよく分からないK。
くにゃくにゃしていて、気合いを感じられないK。



でも、親は知っている。
およびでなかったことに悔し涙をにじませるKには、
彼女独特の根性と意地がある。
Kがサッカーに照準を合わせた時には、
きっとYを抜くだろう。




・・・・これが、単なる親バカで終わるかどうか。
それは、これからの数年間が決めるだろう。








まぁ、ちょっと時間をかけて
見ていてくださいな。















2004/7/4(日) トップ下

 
 
 
この日、AZMの区大会は準決勝からスタート。

地区予選でも区大会でも対戦相手はだいたい同じ顔ぶれだ。
いつものチームと当たって、3−0で勝ち抜けた。
この試合は、多分勝つだろうと思っていたこともあって
観にも行かずに他の用事を片づけることにした。



決勝戦には間に合って駆けつけた。
Yが、自分を見るなりこう言った。
「この試合、トップ下だって!」



スタメンや布陣を決めているのが誰なのかは定かではない。
この日欠席して姿も見せなかったメイン・コーチのAKコーチか、
陣頭指揮を執ったHYコーチか、よく分からない。
HYコーチは、AKコーチから細かい指示書きをもらっているらしいが、
彼女が人の言う通りにやるとも思えない(笑)。




ともかく、1ヶ月前には
「何をしたらいいか分からないから、中盤はイヤ」
と言っていたYのわりには
今回少しは「らしく」なったかな、と思った。
前日、大人の中で自信をつけさせてもらったのが
よかったのかもしれない。
自分で動いて果敢にプレーする姿には、
いつも「初めて見た!」くらいの感動をするし、
実際、上手くなっているとも思うのだけれど、
今回のY、初のトップ下で見せたガッツは
ちょっと覚えていたいと思うようなかんじだ。



味方からかろうじて球が来る。
すぐに前を向くが、あわててパスをするのではなくて
少しでもドリブルで持ち上がろうとするところが進歩だ。

相手に挟み撃ちされても、懸命にボールを守ろうとする。
体を入れてキープしようとする光景も、珍しい。

そして、どうにか抜けるとスペースへの縦パスを狙う。
自分でゴールを狙うには遠すぎたのだろうけれど、
意図の感じられるパスで、
時にはうまく通ってチャンスらしく展開することもあった。




それでも、やはり即席中盤(つまりはバックも即席)では
強い相手に押し込まれてすっかり陣形が潰れてしまい、
中抜きではクリアしても相手ボールになって、持ちこたえられなかった。
結局0−3で、いつもの強いチームに負け
準優勝にとどまった。








次は都大会だ。
今年も「なんちゃって」で進出している。
抽選がまだだから、相手がどこになるのか分からないが
およそ初めての相手で、予測はつかない。


多分、そういう試合では
Yは定位置のバックに配されるだろう。




でも、だからこそ
地元でトップ下を体験させてもらったことは
ありがたいことだと思った。



ポジションは、いろいろやってみるのがいいと思うのだ。
それは、サッカー理解度を上げるにも大事なことだ。

そして明らかに、HYコーチのコンバート・プランは
Yを伸ばしてくれていると思う。


ホントに、ありがたいことだよ。
Yは、あちこちでいろんな人に育ててもらって
いいよなぁ。







甘えることなく、がんばんなさいよ。
誰がなんと言おうと、
あなたは伸ばしてもらっているのだから。







伸びてる・伸びてない、の話も
また今度。
このところドタマに来ている話題だから、
もう少し落ち着いてから。











2004/7/5(月) 審判さん

 
 
 
 
Yの決勝戦のあと、同じ会場では
6年生の決勝戦なんかもやっていた。

FCT6はもうとっくに敗退していたのだが、
ちょっと縁のあるチーム同士の対戦だったので
残って観戦することにした。



片方のAチーム。
10番君のママは、知り合いだ。
もともとY&Kと同じ保育園に子供が通っていたので
学年はちがっても顔見知りだった。
で、上のお子さんがAチームなもんだからそのつながりで
彼女はそこのママさんチームに参加しており、
ウィメンズ大会なんかでは鉢合わせするのだった。
最近では、Yの腐った足につける薬を処方してくれる
薬局の薬剤師さんだったりもして、
この日の第1声も「Yちゃん、もうサッカーできるのねー!」だった。
要するに、地元のお友達のチーム、ってことだ。

対するBチーム。
父はコーチ、4年生の娘、1年生の息子もサッカー部員、
一番チビの幼稚園児もクラブ・チームでサッカーを始めた。
父の号令で「一家揃ってサッカー・プレーヤー」となるために、
初心者の母がSFMに飛び込んできた。
つまりは、自分のチームメートの家族のチームだ(わかりにく)。
職場の駐車場で、1人リフティングの練習をする彼女の姿は
目撃情報も多い。
この日、そこのサッカー一家も応援に駆けつけていた。




試合は、見応えがあった。
前半2−0でAチームがリード。
Bチームの父コーチが「2点差はきついですねぇ」と言ったけれど
「1点獲れば、分かりませんよ」と返したとおりの展開に。
2−2で後半を終え、延長戦に突入。
一進一退の攻防で勝負はつかず、PK戦へ。
はずさなかったBチームの優勝となった。




結局、Bチームのサッカー一家と一緒に観戦したが、
一番下のチビくんは、試合を見るでもなく(もちろん!)
隣の野球グランド用の石灰倉庫の中をいじっていた。

白い粉を「ゆき!」と言って触るのをやめず、
挙げ句の果てには小さな石灰団子をいくつも作って並べていた。


その様子を見るとはなしに見ていたのが
隣でジャッジをしていた審判団のおじ様方。

サッカーに夢中になっている親を尻目に、
チビくんに「これ、あげる」と真新しい試合球(軟球)をくれた。

それも、1人ではない。
次から次へと、彼にボールをくれるのだ(笑)。





あとからそれを知った彼の両親は、遠くから
去っていく審判団にお礼を叫んで頭を下げた。




うーむ。
サッカー少年に「野球もいいヨ!」というメッセージなのか(笑)。








父コーチは一言「それはないな」ですと。






うふふ。わかんないよー。










2004/7/6(火) いつものことだが

 
 
 
 
このところ、Y&Kの小学校に足をよく運んでいる。
PTAのナントカ委員になったら
なぜかフク委員チョーとかにならされて
そんな役回りからよく「登校」するハメになっている。


午前中で終わる会合は、予定通り午前中で終わり、
プールでバチャバチャやっているYや
ろうかで友人とごにょごにょやっているKの姿を確認し、
委員チョーと他に3人いるフク委員チョー達と一緒に
今後の打合せなんかをやる。

・・・・で、気がつけば、もう下校放送が流れていたりする(泣)。



あわてて解散して、
でも自分の役割の用事を片づけるべく
職員室に駆け込む。
教頭さんをつかまえて、細かい打合せなどをしている間に
相手に電話がかかってきて、ちょっと待たされたりする。






ふと職員室の窓から外を見る。

下校時刻後も残ってサッカーをしている子達の姿が見える。
Yも、男の子たちに混じって走り回っている。
こういう時のYは、かなり楽しそうだ。






帰って来てからよくよく聞いてみると、
20人くらいが一緒にサッカーをしていたそうだが、
その面子がいつもながら、すごい。
女子はYだけだったそうだが、
1年のチビから6年まで、ほぼ全学年の男の子たち、
それも、必ずしもサッカー部員でない子も交ざって
ボール1個で遊んでいたんだそうだ。






よくある光景なんだが、こういうの、好きだなぁ。


サッカーの、そういうところが好きだし、
ウチの小学校の子たちの、そういうところも好きだ。

自分が5年生の時に転校してから2年間を過ごしたときにはなかった
そういう雰囲気は、とってもイイ!と思うのだ。









当時は「きゃーっ、ツXX先輩〜! トXX先輩〜!」みたいな
むちゃむちゃ女声な環境だったんだよ、この同じ校庭は。
女の子が一緒にサッカー、なんてこと、あり得なかったし
チビから6年までいっしょこた、ってのも見たことなかったな。



いい時代になったよ、と思っちゃったりするんだよ。

そして、これは享受しないテはないな、と。









2004/7/7(水) すぅさんがチャリで


 
 
 
 
 
・・・・・通りがかったのだそうだ。

ある日の放課後、小学校が隣接する商店街に住むYの友人が
カバンを家に置いて出てくるのを外で待っていた時のこと。

すぅさんが先に気がついて、Yに声をかけてくれた。
「今、帰りなの?」
とかなんとか。



声をかけられたYの頭の中で、しばし矢印が飛び交う。

これは絶対に知っている人だ。アヤシイ人ではない。
        ↓
      フットサルの時に会う人だ。どこのサルだ?
        ↓
      リーガの人だ。チームは?
       ↓
     「ウルサル」の人だ!



「また一緒にサッカー(?)しようね!」
とかなんとか言って、すぅさんは走り去って行ったのだそうだ。



・・・・ウチのYが、何か粗相をしてなければよろしいのですが(汗)。






母: すぅさんは、アンタの大先輩なんだよ。アタシの、でもあるけど。
Y: え。そうなの?
母: それこそツXXなんかを子分に従えてた、って話だよ。
Y: へぇーっ?!







すると、小学校レベルで語れば、
リーガ内でFCT小は最大学閥?






いみねーっ(笑)。












2004/7/8(木) どーもね!

 
 
 
 
あちらこちらから、フットサルやサッカーのお誘い、
どうもありがとうございます。



週末に体が足りないというか、時間が足りないというか。

基本的には子供たちのブカツ
   +
彼らの交友関係その他の都合
   +
  親のエゴ(比重大?)

で動いております我が家であります。
特に「明日は学校」なんて日の午後には
ちょっとはムリせず過ごしたいかな、なんてことで


必ずしもご一緒できずに、すいません。
つーか、声をかけて下さって、いつもありがとう。
行けないときは、いつも残念なんです、これでも。




また、よろしくお願いしますね。
Y&Kの成長も、どうぞご一緒に何くれとなく
見ていてやって下さいな。





・・・・両親のほうは、あんまり成長しないんすが(苦)
衰えの様子も、よろしかったらご一緒に。
何くれとなく。




ヤだな、↑それ。
















2004/7/9(金) マーキング

 
 
 



今朝、一緒にシャワーを浴びようと思って
先にKを起こしたら

「ノ....ノゾガイタイ.....」

なに。声出てないじゃん。





あー。やられたー。
あちこちに、Kの欠席連絡を出す。
自分も練習欠席だ。メールを何本か流す。









細かい話はすっとばして、簡単にかいつまむと、
この4月から、新たに「042」というママさんサッカー・チームに
入れてもらった。
JFAの登録上、自分は042の所属ということになっている。

同じく、この4月から、自分の仕事も少しだけ整理した。
おかげで週に1度だけ半休を作ることができるようになったので、
金曜午前は042の練習に行っている。

自分は新入りなので、ベンチを温めていただけだったが
6月には憧れの042の一員として都大会を勝ち抜けた。
(これがまた、層が薄いんだ。Yの比じゃないくらい。)

この夏の終わりには関東大会とやらが待ち受けている。
暑いからといって、手を抜いているバヤイではないのだ。





けど、声帯をはらしてヒーヒー言っているKを残して
出ていくわけにもいかない。

耳鼻科でノドの薬をもらってくる。

幸い、声が出ないだけで機嫌は悪くないし熱もない。
寝とけば治る、という程度ですんでいるので
寝室を涼しくして、Kを寝かせておく。






遅れてでも、いっといでよ。
ただし、こういう他に気を取られているような時には
くれぐれもケガをしないように。
・・・・とダンナさん。




じゃ、いってこようかな。
お言葉に甘えて。









・・・・というわけで、
電車を3本乗り継いで、最寄り駅からはバスに乗って
ホームグランドに辿り着く。

バスの窓から遠目に、ミニゲームをしている様子が見えた。
あー、なんだか人数、少なげだなー・・・・。

降りたバス停からは、少し歩く。
こっちからは見えているけど、ちょっと距離があるから
ゲーム中の皆からは見えないくらいだ。

給水が大事だから、と電車の中でたくさん水分をとっていたので、
トイレで用を足す。
ついでにスパイクにも履きかえる。
よしっ、これで準備完了。さぁ、行くぞ。


・・・・と、顔を上げたら
いきなり練習が終わっていた!








あり? あと30分くらいは、いつもやってなかったっけ?
そういや、時計なんて普段は見てないけれど、
ん? 早めに終わっちゃったかな?
それとも、いつも12時までなんだっけ?


でも、せっかく来たんだから
チームメイトの顔でも見に行けばいいもんなのに、



んー。
グランド整備とか片づけとか手伝って、
おしゃべりして、汗かくから着替えて
・・・・っていうと、結局出勤までにいつもと同じだけ時間がかかるなぁ。
今週は、別件で自分の机に座ってることが少なかったし、
このまま駅まで、もどっちゃおうかな。
でも、それもあんまり水くさいかな。


・・・・で、結局、来たバスに飛び乗ってしまった。










なわばりに印つけただけで、終わっちゃったよ。
とほほのほ。












2004/7/10(土) Kたち、AZMデビュー。

 
 
 
 
声が出ないくらい声帯をはらして
金曜日に学校を休んだK。


それでも、薬と静養が効いたのか
その日の夜には話せる程度に復調していた。


そして翌、土曜の朝。
やはり、声はガラガラしている。

たかだか2時間とはいえ、
川べりの吹きっさらしのグランドで、
しかもカンカン照りの暑い中で、
サッカーとかやってる場合ではない体調だと思った。




母: 今日は休もうよ。
K: ・・・・それはイヤだな。練習、行く。
母: うーん、分かるけど。
   AZMの練習と平塚と、どっちかにしようよ。
K: (湘南戦は)テレビでやる? 
母: いや(苦笑)、やらないな。行かないと見らんないよ。
   だから、J1のない時くらい行こうと思ってるワケで。

K: (少し考えてから)やっぱ、練習、行く。



この人が決めたら、そうするしかない。
そういう屹然としたところが、彼女には、ある。
・・・・っていうか、アマの出ない湘南では当然か。




母: 分かった。いいよ、行っても。
   帰って来たら、あとは休んでいなさい。




Kの判断は正しい、と自分も思った。

なにしろ、KたちFCT3の女の子トリオが
初めてAZMの練習に参加することになっていた日なのだから。
そういう「初日」に、席を外してはいけない。

もしかしたらHYコーチがおごってくれることになっている
祝・区大会準優勝記念アイスクリーム(のおこぼれ)が
お目当てだったかもしれないが、
そういう時にも、席を外してはいけない(笑)。





母: あ、そうそう。HYコーチねー、
   今日は用事があって来られないんだってサー。
K&Y: えぇーっ?! 


・・・・やっぱり(苦笑)。


母: HYコーチから来たメールには
   「人生そんなに甘くない」って書いてあったよ。
Y: そんなぁ・・・・。


くすくす。









くりんちゃんはこの日をずーっと楽しみにしていた。
自分も、そうだった。
HYコーチも、AZMの幹事役を務めているTRちゃんも
ずーっと待っていてくれていた。



でも、それがなかなか実現できなかった。
4ヶ月越しで、やっと、だったのだ。



詳しい経緯は、あまりKには話していない。
途中で「AZMにはもう行けないかも」と伝えたことはあるが、
それがどうしてなのか、
彼女が大人の目から見てどういう位置にはまり込んでいるのか、
そんなことは言えなかった。



でも、急に行けることになったのだ。
「とりあえず」がつくけれど。








グランドでは、自己紹介から始まって
6年から4年の女の子たちに混じって
くりんちゃん、まなんちゃん、Kの3人が
一緒にボールを追いかけていた。

自分は別の用事があって、前半しか見ていられなかったが
帰って来たKの感想は上々だった。





K: たのしかったよー。
   AKコーチにアイスおごってもらったし。





へ?


あれ、来られないHYコーチの代わりに
AKコーチがおごらされたんだ・・・・。





ま、それもいっか。くすくす。











攻防は、これからだ。


サッカー指導者の世代間ギャップ、
サッカー指導観のチーム間ギャップ、
でもどちらにせよ指導者に恵まれている環境、
同学年MIXと異学年女子という成り立ちの違い、
人数の少ないチームの主力選手、くりん&まなん、
人数が少なくてもベンチに取り残されるK、
レベルの低くない練習内容とそれに伴わない試合内容、

そして、ちょっとした誤解とミスコミュニケーション。






そういうものを、ひとつひとつクリアして
進んでいかなければならない。



交錯する大人の思惑をヨソに
3年トリオは楽しく練習を終えたらしいのだった。

















2004/7/11(日) アップ&ダウン

 
 
 
 
調子のいいときもあるけれど、
妙に調子がいいと、次に落ちるのを警戒しちゃう。
いや、上がれば下がって、また上がるんだから
必要以上に恐がることはないのだけれど。





土曜日は、調子が良かった。

午後、ダンナさんと「パパママサッカー」企画に行った。
初めての試みのようで、のぞきに行ってみたのだ。

いつもママさんサッカーのリーグ戦をやっているグランドで、
リーグ事務局長さんが企画してくれた。
初心者大歓迎、とうたっている割には
リーグのいつもの面々とか、子供のコーチをやってるような父とか。
人数もチラホラだ。


そんなだから、気楽にゲームは始まった。
でも、案外人数が少なくて、きつかった。
ちっとも「初心者大歓迎」ではない。



途中で、子供のサッカー部の練習時間になったらしい。
パパさんコーチの人は抜けて、
入れ替わりで、子供をサッカー部に出した母親達がどわーっと来た。
これで、一息つける。



周りがホンマモンの初心者になったので、
リーグの面々は主に配給係となる。
特に、リーグ戦で普段はCBをやっている自分とTSさん@PIXは
いつもより前で、ボールをキープしたり
ドリブルで上がったりする。


知らない人には珍しがられるが、
場面が違えばTSさんと自分はそんなこともするようになっている。
お互い、ここ半年くらいのことだ。




しばらくすると、こんどは子供のサッカーが終わるようで、
お迎えに行くため、初心者ママたちがどわーっと抜けた。
入れ替わりで、またパパさんコーチが戻ってくる。
ヤレヤレ。





ミニ・ゲームの終了間際、自分で中央から持ち上がり、
ゴール前右寄りで、パパさんコーチと1対1になった場面。
切り返して、切り返して、
コースが見えたので迷わず左でシュート。
たくさん人がいたのに、その間をぬって1得点。
これは気持ちがよかった。
このところの好調を、ダンナさんにも見てもらえた。









けれども、翌日曜、同じグランドで
今度は絶不調に陥る。


リーグ戦3試合をこなした。
3勝で0失点。
得失点差もえらく稼いだし、結果だけ見ると悪くない。


けれども、自分的には不出来だったのだ。

なにが、というと、
またいつものCBの位置に置かれて、
大きく飛んできた球の目測は悪いわ、
トラップはまずいわ、判断あやまるわ、で
よくまぁ、点を獲られなかったな、というような内容だった。




改めて思う。
よく茂庭にムカつくが、
バックというのはミスがなくて当たり前のポジションだ。
ミスしないからといって褒めてはもらえず、
ミスをするとどえらく怒られる。

別に、自分に合ったポジションだとは思っていない。
が、ヨソでもサッカー(特に11人制)をやるようになってから、
8人制リーグ戦でのCBも、まぁいいか、と思えるようになった。

でも、ミスをしていてはいけない。






ますますCBとして定着しつつあるのが不満ではあるけれど、
やるなら、出るなら、全うしたいものだ。









でも、落ち込むと寝るまで不機嫌だ。

勝っても負けても、こだわりのない子供たちの前で
ぴーぴーする母親。

どっちがコドモなんだか、よく分からなくなったりもする。












2004/7/12(月) フライをキャッチ!


 
 
 
 
キャッチボールでもするかな、と思った。




先週、5年生の保護者会で
Yの担任がチラッと言っていたが、
ボールの投げ方がわからない子供がけっこういて
驚いたのだそうだ。


スポーツ・テストに「遠投」という項目があるらしく、
ボール(大きさ不明)を投げさせたところ、
投げる腕と同じほうの足が前に出る子がいて
衝撃だった、というのだ。

他にも、横投げしかできない、とか
先生にとっては当たり前と思うこと(ほうる動作)が
教えないとできない、もしくは教えてもすぐにはできない、
という現実に
ちょっとしたカルチャー・ショックを受けたらしい。

隣のクラスの担任も、
「ボールを蹴るのは上手いんですけれども、投げるのは・・・・」
と、やはり投げる動作の退化を言っていた。






リーグ戦の前に、そんなことしてるから
調子を崩すのかもしれないが、
選挙のため校庭が使用禁止になり、
サッカー部が全休になった日曜日の朝。

コーチの企画で、FCT5&6の子供たちを連れて
ボーリングをしに行った。




自転車で行ける距離にボーリング場はない。
電車に乗って、数駅離れた繁華街にあるボーリング場へ
開店早々飛び込んだ。

つごう、2ゲームを7レーン借り切ってやった。
ほとんどの子供たちが、まだ投げ方がよくわからずに
悪戦苦闘している。


・・・・にしても、だ。


確かに、担任の先生たちが遠投でビックリしたのもうなずける。
ボールは蹴れても上半身が弱いというか、
体のパーツがばらんばらんというか、
ころがす動作がなんだか不器用な子が結構いるのだ。

初めてで、うまく転がせる子はいないだろう。
ボールも重いし、穴が慣れないし、
ボーリングは難易度が高い方だとは思う。


それでも、あのカラダが不器用なカンジはなんなんだろう?
決してスポーツ音痴ではないブカツの子達でさえ、だ。




そういえば、赤ちゃん時代のYは
「はいはい」をすっ飛ばして、いきなり立って歩き始めてしまった。
その頃から上半身が弱い、と感じてはいたが、
胴体や腕を連動させてなけなしの力をボールに伝えるのがヘタクソで
1ゲームのスコアが28(他の子達の半分以下)だったのには
ちょっとクラッときた(苦笑)。







サッカーは、けれども
アシだけでやるものではない。
体幹が出来てないと、いろいろな技術が本当には身に付かない、
という気がする。

別に、Yにムキムキになってほしいわけではないけれど、
もうちょっといろんなカラダの使い方をしようぜ、
という気分にさせられた。




で、キャッチボール、というワケ。












・・・・でも、実はちょっぴり
自分なりの打算もあったりする。


フライを投げてもらう。
Yがダメならダンナさんに投げてもらう。
で、落下点に入ってキャッチする。

慣れたら、あっちこっちに長短とりまぜてフライを投げてもらう。
常に落下点に入ることを心がけて、捕る。



つまり、目測のトレーニングにならないかなぁ、と。










・・・・で、ハンド連発するようになったりして。

ダメか(笑)。

















2004/7/13(火) 免疫

 
 
 
 
もともと東京のG裏から始まった
YとKのサッカー「生」観戦歴もかれこれ4年。

今さら、ナントカズとかカントカズとかの
ヨソの応援スタイルに驚いたりはしないし、
「ニッポン! XXX」みたいなのにそう簡単にノッたりもしない。




スタジアムのそういう一種独特の狂騒状態に慣れているY&Kは、
初めてナマで見る代表戦(ただし男子サッカー)でも
あまりゴール裏の騒ぎに気を取られる様子はなかった。
(・・・・ある意味、やってるヒトが同じ、ってのもあるか。)




FCTの監督さんが招待主で
希望者が急きょ、代表戦を見に集まった。
こんなことでもなければ、観に行こうとも思わない代表戦だ。
少々夜が遅いが、行ってみることにした。

各学年から、ものずきな家族が集まっていた。

が、チビの部員たちは
遠くの方でやっているサッカーより
目の前のブロックでわき起こるコールや手拍子や踊り上がる旗や
試合も見ずに大騒ぎをする大人達に目を奪われていた(苦笑)。

免疫のない親も、やっぱり一緒に手拍子だ。
別に合わせるコト、ないんだけどね。



監督さんと並んでいたウチは、
いつもどおりブツブツ言いながら、遠くの試合を見ていた。
Yも黙って、極力試合に集中しようとしていた。
Kは黙って、もうすぐ寝そうだった(笑)。







やっぱりねぇ。
もっともっと、スタジアムに足を運ばないとダメだよ。
コドモのスタジアム経験があれだけになってはいけない。
いろんな応援のスタイルがあって、
自分のスタイルを持てるようになるまで
何度でも通ってもらわないことには、





サッカー民度は変わらない



、とヘンな言葉を使ってみる。


「アレ」を気持ち悪いと思わない人には
通じない言い草なのは承知の上で。













2004/7/14(水) 幻聴?

 
 
 
 
 
火曜日の横国からの帰り道のこと。




スタジアムのぐるりをダラダラ歩いていると、
若者たち(ただし、いい大人)のグループから
余韻のようなコールがわき起こる。


「やな〜ぎさ〜わ! (どどんど、どんどん)」




みんな、好きだねー。13番。
自分なんて、来ない、って話で彼のことなんか終わってたもんだから
ひときわ高いコールがスタジアムに充満したときも
ベンチにいるとは思ってなかった(苦笑)。
あれは、榎本にヨシカツ・コールするようなものかと(爆)。
出てきて、あれ? 来てんの? と
ダンナさんに聞いちゃった位だ。






スタジアムの外周を歩いている間に、
何度かヤナギサワ・コールが聞こえてきた。
彼に人気があることは、自分も認める。



でも、その最後のときはこんな風に聞こえた。





いい大人たちが
「やな〜ぎさ〜わ! (どどんど、どんどん)」
とやると、


ヨソから、子供たちの声で合いの手が入った。
(どどんど、どんどん)のところにかぶせて
「はっずかっしい!」
と彼らは言っているように、自分には聞こえた。





大人:  やな〜ぎさ〜わ!
コドモ: はっずかっしい! 
大人:  やな〜ぎさ〜わ!
コドモ: はっずかっしい! 






ちがったら、ごめん。
すっごく、ごめん。
でも、そんな風に聞こえちゃったんだよ。






そう聞く自分の耳が、偏っていると言えばそれまでだが、





そういうコドモたちがいるとすれば、
ごっつ安心だ。
昨日書いたような意味で。











2004/7/16(金) あづいー

 
 
 
 
このクソ暑いのに、いい年して外で走り回ってるのって、
ホントにお馬鹿さんだけど
仲間がいるからそんなバカもできる。





もともと042は、HYちゃんのいるチームだ。

先輩に引っ張られて彼女が042に入ったのが先で、
1年半後くらいに地元でSFMが立ち上がった。
もちろん、HYちゃんも当初からSFMのメンバーだったが
042は週2回の練習を平日の午前中にやっており、
かつ、公式戦以外にあまり対外試合をやらないため
土日に練習やリーグ戦の入るSFMとの「2足のワラジ」も
可能だったのだ。

初心者に毛が生えたくらいの自分がSFMに入ったのは
発足から数ヶ月後。
更に、半年くらい経ってから
学生時代の友人TMちゃんをSFMに誘った。
そして、TMちゃんと一緒にくっついて来たのが
AMちゃんだった。

TMちゃんは、学生時代に女子サッカー部を立ち上げた人だし
運動能力が高くて、即戦力だった。
すぐにHYちゃんが目を付けて、
TMちゃんはSFM入部と間髪入れずに042にも入ることとなった。

ただ、あとから聞いた話では、SFMのAKコーチが
HYちゃんにクギを刺したのだそうだ。
あんまりそうやってめぼしい人を042に引っ張ると
まだ黎明期のSFMにとって障害になりかねない、
ということらしかった。











でも、巡り巡って
今はこうやって
HYちゃんやTMちゃんの車に乗っけてもらっては
AMちゃんと自分も042の練習に通うようになっている。
4人とも、042と並行してSFMでも練習やリーグ戦に
出続けている。






そこへ至るまでは、ずいぶん考えた。
それで、この日記が書けなくなったりもしていた。
でも、自分なりに筋は通したつもりだし
実際に今はこうやって
042の練習に出ながらSFMを切り盛りもしている。










去年の今頃からずーっと、移籍を考えていた。

SFMをたたこうとする勢力に対しては
身を低くして困難が過ぎ去るのをひたすら待った。
周囲の皆さんがものすごく努力して、
SFMはこの春から安定した地位を得た。
チームがつぶれる心配はもうなくなった。

ただ、どうしても
子供のサッカーに従属する位置づけを了解はしていても、
心のどこかで、もっと思い切りサッカーができる環境はないものか、
という欲求が頭をもたげてしまっていた。



SFMの体制が整ったら、移籍先を探そう。
11人制のチームで、通える場所にホームグランドがあるトコ、
どっかないかなぁ、とずーっと考えてる。


そんな話をしたら、
HYちゃんが「だったら042」と誘ってくれた。


SFMを辞めなくてもできる。
それが、一番大きなメリットだった。







まず自分が自分を納得させ、
次に自分の納得のために
周囲にも納得してもらい、
リーグの中でも周知していった。

ひとつひとつ、手順を踏んだら
2ヶ月くらいかかった。


その間には
リーグ連合で都大会に出たり
同じく連合でガス杯遠征にも行き
042は都予選を勝ち上がったりもした。
サッカー生活はどんどん先に進んで行く。






基本は、上手くなりたい、そのことだけだ。

少しでもサッカーをよく知り、
少しでも長くサッカーをやり、
少しでも多くサッカーを楽しみたい。
その気持ちを要約すると、今より少しでも上手くなりたい、
当座はその一言に尽きてしまう。




調布にあったサル場の駐車場で
ダンナさんの相手をさせられて
初めてボールを蹴った時から、かれこれ4年。

あんなに蹴る動作もぎこちなく、さして面白いとも思わなかったのに
今は関東大会に出るのが目標。




まだ先があるんだろうか?
気がついたら、いったい何処にいるのだろう。







でも、サッカーって
こうやっていろいろな場所に連れて行ってくれる。
学生時代にバスケをやっていても起こらなかったことが
次から次へと起きるから、
なんだかとってもオモシロイんだよね。





そして今日も
おっきな子供のようなお母さん達が
このクソ暑い中で、汗まみれ泥まみれになりながら
炎天下を走り回っているわけだ。


その物好き度が、自分にはほどよく居心地がよい。





こういう環境を与えてもらっていることに、
心から感謝。
























2004/7/17(土) その時に言って。

 
 
 
 
母校の高校では校舎も建て変わり
慣れ親しんだ体育館もきれいに新築された。
新しい体育館のお披露目を兼ねて
創部50周年を祝うバスケ部OG会があったので、行ってきた。



現役の高校生はやけにかわいらしく(今どき!)
若めのOGたちも見目麗しく(なぜか)
部の歴史において真ん中へんに相当する
自分とその前後の代のなつかしい顔にはいくつも会えて、
同窓会ギライな自分でも楽しめる半日だった。


自分らが世話になった妖怪コーチとしげるコーチにも
もちろん再会した。
バスケットボール以外でも、何かOG会に貢献を、
と初めに妖怪コーチが言うので、
妖怪のサッカーのお付き合いを担当します、と宣言しておいた。
・・・・全然バスケ部のタメにはなってないけど(苦笑)。




当時、妖怪コーチを中心とするOG・OBコーチ陣が
女子バスケ部の面倒をみてくれていた。
その1人、OBのT山さんは男子のメイン・コーチだったが、
もののついでに女子の、特にポストをやっていた
自分やF井の指導もしてくれていた。

卒業以来、T山さんと話すのはんー10年ぶりだ。
恐ろしく記憶力のよい人で、
当時の女子部員それぞれのプレー・スタイルや特徴を
いまだに覚えているのには驚いた。


いわく「M(自分の呼び名)は速かったよなぁ。」



・・・・へ??? と同期のF井やI村と一緒に固まる。




自分: いやー、ウチの代で速いと言えばS木でしょ。
    彼女はダントツに足、速かったすよ。
I村: そーそー。Mはアタシと同じくらいだったよね。
自分: うんうん。

T山さん: Mのは、瞬間的な動きが速かったんだよ。
一同: (言われてみて)あーー。あー、あー。




そーだったんだ?
そーだったかもしれないけど、
そんなこともあったかな位にしか覚えてない。


当時、妖怪コーチには
「Mに持たすなーっ!!」と周囲が怒られるほど
ボール・ハンドリングが下手だった。

ドリブル・シュートなんて、ある程度スピードはあっても
そのまま「ゴンッ!」とバック・ボードにぶっけて
あとリバウンドお願い、みたいなアバウトな攻撃にしかならないので
あとの4人が消耗するもんだから
自分がパス・カットした後は、
S木やI村が必死にボールを要求することになっていた。

ボール扱いが下手なのだから、遠くから撃つタイプでもない。
それでもスタメンのFWだったのは
ゴール下のゴチャゴチャの中で、とにかく飛んでボールを拾い
グチャグチャっとどうにでもリバウンド・シュートを撃つからだ。
たまには入るし、
よく相手のファールをもらってフリー・スローを稼いだ。
スパーン!と決めたことよりも
どろくさーいゴネゴネしたシュートの記憶の方が強い。
決して速いとか高いとか、華麗なFWではなかった。


ただ、確かにパス・カットとか
台形の中に切り込んでいく時の動きは速かったかもしれない。
アジリティーは悪くなかったかもしれない。




でも、こうやって
「〜かもしれない」としか本人が思っていないのは
当時、それを自分の個性として認識していなかったからだ。
当時のコーチが、それを言語化してくれたことがなかったからだ。






・・・・だから、思う。

もうそんなに機敏に動けなくなった今の今さらではなくて、
その時、言ってよ。
その時、自信を持ちたかったし、
その時、自分の特徴を知って次に磨くべきプレーに照準を合わせたかった。

その時、その場でホメてほしかったよ。







んー10年も経って、酔っぱらいながらのヨタ話、ではなくて。













2004/7/18(日) 芝サウナ

 
 
 
 
 
2週間くらい前に、FCTの監督さんに
「17日は頼むヨ!」と言われたとき、
何の話だかとんと分からなかった。


聞けば、この日は近隣のTM小にあるサッカー部と
全学年対抗戦をやることになっていたのだった。
1年チームは相手の1年チームと、
2年は2年と・・・・とやっていき、
コーチ対コーチ、お母さん対お母さんまで組まれている、
というのだ。
即席お母さんチームの取りまとめを頼むヨ、ということらしかった。


が、この土曜日は高校のバスケ部OG会。
OG戦をやっている時間帯から参加するつもりだったので、
監督さんには丁重にお断りした。





FCTの母親の中で、サッカーを自分のスポーツとしてやっているのは
自分一人だ。

学期1回の親子サッカー大会で、
たまにボールを蹴るのを楽しみにしている元気なママ達はいるが、
別に普段集まって練習しているでもなし、
自分をアテにして勝手にママさん対決まで引き受けちゃって
一体どーするつもりなんだろー?? と思っていた。



・・・・が、結局
どーにもならないようだった(苦笑)。


「アテがはずれて大変だ、大変だ!」と
アチコチで監督さんが騒いだらしく
サッカー部の親、誰かしらに会うたびに
「17日は高校のOG会なんですって??」と突っ込まれるようになった。


もーっ、わっかりましたヨー!
出りゃいいんでしょっ、出りゃー!!




てなことで、先週のサッカー部連絡網に
「運動できる服装でママ集合12時」と載せてもらった。




・・・・にしても、12時。
やだねぇ。真っ昼間に炎天下でサッカーですか。
来る人、いるんかいな。






・・・・と思ったら、想像よりはラクに11人集合。


ママさんバレー部の人が自ら「あたし、キーパー!」と
キーグロまでどっかから調達してきて
すっかりその気でいてくれる。
こういうかき集め編成で一番困るのが
普通はキーパーなんだろうけれど、その点は難なくクリア。
オマケに、彼女のダンナは地元が排出した元Jリーガーの1人で、
何も言わない前から夫婦でキャッチングの特訓している。
じゃっ、そっちは仲良くやっといて下さい(笑)。




ストレッチングして、名前だけ自己紹介しあって
少しボールを蹴って、シュート練みたいなこともして
それだけでもう充分暑くて死にそうだ。



この日は、近所の陸上競技場が会場だった。
トラックの内側は、手入れのムチャムチャ行き届いた
ほとんど使ってない素晴らしい芝だった。
はっきり言って、
5月の御殿場よりも芝のコンディションはいいと思った。


・・・・つーか、もー少しサッカーに
解放してくれてもいいんでないかい?



夏の炎天下の芝って、でも暑いネー。
こーんなに暑いとは知らなかった。
そりゃー、宮沢でなくてもバテるわな。
芝も暑さにうだって、あえぎながら息をしていて
それがモワッと上がってくるようなカンジで
まさしくサウナだ。



でも、普通サウナの中で運動する人はいない。
初心者にカコクな条件のもと、
FCT即席ママさんチームは子供と同じピッチに立たされるハメとなった。



相手のTMママさんチームは、確かに
パパさんコーチの指導で練習はしている雰囲気だが、
これといったサッカー経験者風のママさんはいない。
よく地元のパパサルでお手合わせするH家のお嬢が一番の上級者だ。
・・・・って、ママさんじゃないじゃん(笑)。



とりあえずGK以外のポジションを決めてみる。
分かりやすいので4−4−2だ。
誰が何、なんて適性は到底分からないので
まず性格的にイケイケなママを2トップに、
あとは走れそうな現役スポーツ・ウーマンから順に
前から入れて仮決めしてみる。
自分はもちろんド真ん中だ。


次に2つだけ、約束事を決める。

1) 相手ボールの時は、
   近くの人がボールを持っている人の前に立つこと。

2) 自分達のボールになったら、ゴールを目指すこと。
   パスの相手じゃなくて、まずゴールに向かうこと。





ここまでお膳立てをしたら、あとは誉めて楽しむだけだ。
このクソ暑い中、多少なりともやる気で来てくれたママたちに
ケガをさせず、
「楽しかった〜!」と言って帰ってもらえばよいのであって
勝敗は初めから問題外だ。
そのあと筋肉痛になろうが
今晩のビールを美味しく飲んでもらうのが目標だから、
「美味しく飲むには、今、水分摂らないと。」
という理屈で給水を勧める。




キックオフもままならないような超ビギナー対ビギナー戦。
給水タイム込みで15分ハーフだ。


さすがに子供のサッカーに同行している母親達というべきか、
たいした団子にもならず、
なんとなくパスがつながったりして
なぜか相手ゴールに迫る場面が多く
FCTのおかーちゃん達はなかなかの健闘ぶりだ。

途中から1人、2人と加勢に来てくれるお母さんが増え、
給水タイムで交替もできた。
結局、ゴール前の混戦から1点を失い、0−1で折り返す。


練習もしてないのに、アタシ達ってすごくない?
みたいな気分のハリがハーフタイムの彼女たちにはあった。

暑かったので、自分もあまり走り回らなかった。
むしろ、出すぎず頼られすぎず、でも
のべつまくなしに声をかけ続けた。

FCTのママがボールをさわる度ごとに
何かしらいいこと、ポジティヴなことを言い続ける。
相手ボールの時には、決めごと1)の「寄せ」を言い続け、
味方ボールの時には、決めごと2)の「ゴールへ向かおう」と
言い続ける。

で、30分。
全員が5〜6回は「自分のあのプレーでよかったんだ!」と
思えるくらいには、しゃべり続け励まし続け誉め続けた。




後半、DFの裏にきれいに抜けた相手FWが
見事にGKの逆へと流し込んだ追加点で
結果、0−2で終えた。

相手は練習をしているちゃんとしたチームなんだから
ちょうどいいスコアだ。
超ビギナーが間違って勝っちゃうと
再挑戦されたりして、余計めんどくさいから
自分的には負けすぎず花を持たす、というジャストな落とし所だった。




参加したFCT母さん達の感想、その1:
「子供に『走れーっ!』って言えないと思った。」
「この暑さではキツい。ムリ。」

→ ジュニア・チームが母チームを抱える一番の目的はコレ!
  ズバリ、親の口封じでしょう。


感想、その2:
「思ったよりできた。」
「ちょっと練習してみたくなった。」

→ それは危険な発想デス(笑)。
  でも、お子さんをコーチ役に駆りだして一緒に蹴るのはいいよね。
  お子さんの練習に入るのも、低学年ならウェルカムでしょう。

  ただし、くれぐれも私を巻き込まないように(笑)。






サボってたので運動量は少なかったが、
サウナ芝の上で30分ワーワーやってたら、それなりに消耗した。
なにしろ汗腺が開いてしまって、以降じっとしていても
玉汗が止まらなくなったのには閉口した。





でも、皆さんもコレで
夏バテせずに過ごせるカラダになった・・・・かな?











アタシも、選手に「走らんかいっ!」て安易に言うの、やめた。
アレは、暑いよ。
ホンットに。












2004/7/19(月) 後日談

 
 
 
サッカー部の練習はあったが、
2人とも休ませてこの日は広い公園での親子会に行った。


以前はスイカ割りなんかも企画されていたが、
年々簡略化されてきて
ひたすら水風船で遊んで、アイス食べて帰るだけの会となった。

・・・・でも、それが子供たちにとっては
一番ウケるのだ!


ポイントは、マジで一緒に遊んでくれる
お兄さんやお父さんがいること。
小学生だけでも充分楽しそうだが、
OBやパパがターゲットになってくれると
彼らはムチャムチャ盛り上がる。
そのうち、大人もタダのでっかいコドモになる。


来年は、自分も入ってみたい、とヒソカに思ったりもした。





同行してるのは主に母親。
木陰にシートを敷いて、雑談しながら
水風船を投げ合うこどもたちを眺めている。

見回すと、土曜日に一緒にサッカーをやったお母さん達も
チラホラいる。


そのうちの1人、ショー助のママに聞いてみた。

  自分: あのあと、大丈夫だった?
ショー母: うん、筋肉痛だけど。楽しかったねー。
  自分: そぉ。だったらヨカッター!
ショー母: あんまり楽しかったから、監督さんにも言ったんだけど、
  自分: (ぎくっ。)
ショー母: あとはKちゃんママ次第だって。
  自分: ・・・・・。(無言で後ずさり)








だから、本人の居ないところで勝手に話をするなーーーっ!!!
(遠吠え)





ヤダよ。やらないよ。
もうこれ以上、所属チーム増やすのはムリっ。
SFMだってあるのに、042まで行ってるのに、デラだってあるし
もういっぱいいっぱいですってば。


「FCTに女子チーム」の機運を潰すのにも苦労してきたけど、
「FCTにママ・チーム」なんてもっとダメ。





だからイヤだったんだよなぁ。
この話題での監督さんとの攻防は、できれば逃げて回りたい。










でも、今回もまんまとハメられたしなぁ。
・・・・気をつけよう。











2004/7/20(火) 爪をはがそーっ!

 
 
 
 
げ。







土曜日のコト。
高校に向かう途中で、HYコーチからメールが来た。
Yの爪について、AKコーチからも言われている事があるから
話したい、とあった。

高校に着いて、正面玄関にある公衆電話から
HYコーチ邸にかけてみる。



実は、この日は、YたちAZMにとっては都大会前日。
練習試合を組んでいて、
翌日出番のなさそうな子達にもたっぷりゲームを、なのか
スタメンの子達の調整を、なのか意図は分からないが
とにかく3試合を予定していた。

1試合目、ベスト・メンバーと思われる布陣。
Yもバックで出るが、左足を使わずに
妙な格好でクリアしようとするものだから、
あとでHYコーチに「アレは左足!」と指摘された。
Yが「だって痛いんだもん・・・・」とシューズを脱いだら
左足の親指からじんわり血が出ていたそうだ。










もともとは、自転車に乗っていて
自分で車輪につま先を巻き込んで死なせた爪だ。
去年の11月のことだったろうか。


新しい爪が徐々に伸び、春には古い爪がとれた。
短い爪は奇妙だが、巻き爪にもならずに順調に育っているようだった。


5月の運動会の準備もたけなわの頃だったか
校庭の固い土の上でハダシで組み体操の練習をしているうちに
少々爪の端が食い込んだようなかんじになって
炎症を起こし始めた。

運動会を控えているので、早く治さなくちゃ、と思っていたら
Yが風邪をひいて熱を出した。
処方された抗生物質が、ついでに足にも効いて
一旦は炎症もとれてしまった。


それが再発したのは、6月下旬。
折しも授業参観の日だった。

目撃はしていないが、
体育の時間にアクシデントでズー太に親指を踏まれた。
爪の角が食い込んで、出血した。
Y大泣き。

はっきり言って、ここからが災難だった。
傷になったあたりが肉芽(にくげ)になって盛り上がってしまい、
更にその肉芽が化膿して
何が何だかよく分からないことになってしまったのだ。


その頃から、近所にできた皮膚科のお世話になっている。
抗生物質を使ってみたり、
肉芽を焼き取ってみたり、
巻き爪になりかけている爪の端をカットしたり。


快方に向かったかと思うと
また教室で誰かにつま先を踏まれて、振り出しに戻る。
サッカーとは無関係なところで
悪化を繰り返していた。









そして、土曜の練習試合で使い物にならなかったYは、
日曜の都大会でも2人のコーチ達の隣にちょこんと座ったまま
ビブスを脱ぐことはなかった。








別に、バックの要がいなかったから負けたわけではない。
Yがいたところで、得点できなければ勝てはしなかったのだから
多分、結果は同じだったと思う。

ただ、Yが後ろにいればもう少し失点は減らせただろう、
と彼女自身は宣うた。
それも、多分そのとおりだったろうと思う。
その意味では、チームに迷惑をかけてしまったのだ。






そして、AZMコーチ陣には
根治するために、合宿参加をあきらめてでも
爪をはがして始めから生やし治すことを勧められた。
・・・・命令とは言わないが、かなり強くお勧めされた。

今の巻き爪を抜いて、
今度は巻かないように切りそろえながら伸ばしていくのには
4ヶ月くらいかかるだろうけれど、
秋の公式戦には間に合うかもしれないし、
まだサッカー人生は長いのだから
ちゃんと治した方がいい。
・・・・とHYコーチにもAKコーチにもそれぞれ言われた。





う。 痛そー。
でも、今も既に痛いんだもんなぁ・・・・・。










都大会1回戦「大敗」後、
サンダルばきのYは母親のリーグ戦にもついて来た。
「その足、どうしたの??」てな具合で
Yの爪の話になる。


SFMのNPコーチがフォローしてくれる。
「爪をはがすのは、サッカー選手の勲章みたいなもんだからね。」

それを聞いて、Y、ちょっと困った顔をする。


母: サッカーでやっちゃったんならいいんですけどねぇ。
   この人の場合、サッカーに関係あるとすれば、
   サッカー部の祝勝会帰りにやっちゃったことと、
   どうしてか授業中に足を踏んでくれるのが、いつもサッカー部員だ、
   ってことぐらいしか接点、ないんですもの。






・・・・これじゃぁ、処置なしだ(苦笑)。






ういー。抜くのかぁ。
でも、そこまで言われちゃ仕方ない
仕事の合間をぬって、病院に連れて行くことにした。















2004/7/23(金) Tokyo Duomo

 
 
 
 
スタジアムなのに夕風にあたることなく観戦、ってのは
なんか違和感あったなぁ。




新聞屋さんから券をもらって
もしかすると今年しか見られないカード、
オリックス対ハム、行ってきました。


子供たちは、プロ野球は初ナマ観戦。
ドームも初めてだから、結構Yなんかは楽しみにしていた模様。

普段から、見るものがないとついている野球中継を
なぜかデフォルトで阪神びいきな見方をするY。
一時期 質問ぜめに合ったが、そのおかげか
だいたいのルールも把握している様子。




野球って、しょっちゅうハーフタイムがあるみたいだよね。
ここのところサッカーばっかり観ていたから
あの時間の流れ方の違いは、新鮮に感じた。


で、見どころが確定してるよね。
満塁、とか。分かりやすい。
ホーム側の演出で、チャンス到来の折りには
大画面で拍手をリードする映像と音が流れる。
あれは大リーグのマネなのだろうかね?
そんな仕掛けがなくっても
野球的にゲームのピークは掴みやすいものだ。



試合中にトイレにもゆっくり行ってみる。
これも普段できないことだ。

客席は風もなく、空気がよどんで割に暑かった。
でも、通路には空調がきいていて少しラクだ。
立見席で、涼みながら眺めてみたりもした。










プロ野球については、よく知らないから
特に何も意見はないけれども、

プロ・スポーツのチームが一つなくなる、ということは
大変なことなのだろう、とは思う。
なくなるのではない、合併だ、と言われても
1コ減るのは同じだ。


とても本分である野球に集中できるような状況ではないだろう。
そんな印象の試合だった。





海の向こうの大リーグや、
同じプロ・スポーツ興業であるJリーグに
対抗していかなくてはならないプレッシャーは、
応援スタイルやスタジアムの演出のそこココに感じられる。


決して観客は少なくはなかったと思う。
けれども、苦しそうだなー、というのが正直な感想だ。






するとYが言った。
「今度は阪神の試合、見たいなー。
 スタジアムで六甲おろしを聞きたい。」









すいません、ウチの祖先は甲子園です。
遺伝子にそんな情報、乗っけてどうする!




















2004/7/24(土) アマ in アマスタ

 
 
 
 
なぜアマラオ・コールなのか、その場では全く分からなかった。






自分の周囲では、
こんなにふがいない試合するならアマを呼び戻せ、の意だとか
現11番へのプレッシャーか? という説だとか
はたまた柏の皆さんにイヤ〜な思い出をもう一度、という魂胆だとか
各種深読みが飛び交ったりもしていた。


試合が終わってから、状況が見えた。
単純に、アマがいるからアマラオ・コール。
Yがなぜか双眼鏡を持っていたので、その姿も確認できた。






彼のチームは甲府にいる。
どうしてアマがそこにいるのだろう。

・・・・アマはどうするのだろう。
明るみに出ない場所で、何かが動き始めているのは
間違いない。

自分が見たかった「アマ的なもの」がかのチームに根づく間もなく
状況は変わりそうな気がする。
それが、アマ本人にとって納得のいく変化なら
次に来るのが何であっても構わないのだが・・・・。






そこで、ふと気づく。
・・・・あ、回数券。






松一ラスト・ゲームの日は、
雨に降られながら最後まで迷った。

結局、その前日に熱を出したK、
その日も病み上がりなのに練習に出ていったKを
雨の中、2時間置いとけない、と判断。
平塚へ行くのはやめた。

なぜだかその日は湘南vs.仙台戦に固執していたのだが、
残念だった。
行けば、めったに見られないモノが見られたのだ。
鼻が利くなー、と我ながら思ったりもした。







あと9枚。
どこでどうはかそうか。


それよりも何よりも
ピッチに立つアマは、もう見られないのだろうか。



余計な宿題を、しょい込んじゃったな。









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Akiary v.0.51