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2004/3/15(月) 卒業生

 
 
 
例年、この時期になると
卒業大会くらいしか控える試合のない6年生サッカー部員達は
もっぱらコーチ陣とのゲームで
残る小学生サッカー・ライフをリラックスして楽しんでいるように思う。



彼らとゲームをするのは、楽しい。
ガツガツしてないし(笑)、
遊んでくれる余裕がある。
相手が誰でも、ゲームができたらいいや、という気分なのかな。









久し振りにトレシューをはいた。
体がナマリまくってるから、
久々の練習はストレッチングをやりに行くつもりで、
と思っていた。


土曜の自主練習に集まったのは、たったの5人。
遅れて来るのが1人いたけど、
それにしても少ない(苦笑)。

しかも、5人のうち1人は、初登場、
アメリカから留学中の女の子、Sちゃん(20)。
サッカーで大学に入れたのに、それを蹴ったそうだ。
で、7月まで東京にいるんだって。
キャプテンSRちゃんの友人のお嬢さん、ということで
運動不足解消のため参加してくれた。



とろとろと走ったり、ボールを触ったり、パスをしたり。
そうこうするうちに、
2年生の子供たちが練習を終えて帰っていった。
ふと見渡すと、ミニ・ゲームをやっている6年生6人と
我々ママさん達だけだ。


6年生のYNコーチが「広く使ってゲームをやりましょう」と
声をかけてくれた。
2人のコーチ達は、ママさん側に入ってくれるとのこと。
それは願ったりかなったりだ!


ただのママさんだったら、へばるけれど
5人中2人はハタチのサッカー経験者だ。
そうは負けないな、と思った。







Sちゃんは、FWだ。
が気がきくというか、そういうタイプなのか、
中央でポストに入って、左右に散らして
周りにシュート・チャンスを供給してくれるものだから、
前目にいた20才ママちゃんや遅れてきたMNちゃんなんかも
キモチよーくシュートを撃たせてもらっていた。


一方、6年生チームは
勇猛果敢に仕掛けてくるドリブラー君が1人で気を吐いていた。
彼は小柄だ。
低いところでドリブルするし、スピードは速いから
初めはやられまくっていたけれど
だんだん目が慣れてきた。

少しはボールに触らせてもらえるようになってきた。
それは、彼がママさんを甘く見てるからいけないのだ(笑)。
なにせ、体はこちらのほうが大きくて長いのだ。
体さえ入れたら、そうは抜かれない。

そのうち、取ったり取り返したりの攻防になっていった。
こっちも「よっしゃ、こい」だし
あっちも「今度こそ抜いたる!」と思ってただろうし、
それは面白かったなぁ。
たっぷり遊んでもらいました!





ドリブラー君のサポートについてくる子が
(この日は仕事で欠席だった)HRちゃんの息子だということには
最後の方で気がついた。
フェイントで抜かせてもらいました(笑)。
だめだよ、この程度のヘボいフェイントにひっかかってたら。
・・・・と、あとでママに報告しちゃおう。





で、結論。
1対1は楽しいねぇ。







他にも、ゲームをやれば
いろいろ感じたり、参考になったりすることはあるし、
仲間の意外な面に気がついたり、ホント、面白いんだけど、






とにかく、1ヶボールがあってさ、
年令とか、サッカー歴とか、性別とか、立場とか、国籍とか、
関係なしに楽しいのがうれしいな。


久々に球蹴りして、改めて
ボールを追いかける楽しさを感じた。










彼らはそれぞれの場所で
サッカーを続けるのだろうか。

続けても続けなくても
Football goes on.


また、どこかで蹴りっくらしようよ!











2004/3/16(火) いきなり欠席。

 
 
 
 
FCTサッカー部の新旧引き継ぎを
こないだの土曜に済ませた。


今年度は、広報の担当だった。
・・・・だった、というか、
まだまだ広報のお仕事は残っていて、
むしろここから年に一度の大仕事が始まる。

でも、次年度に広報を担当してくれるお母さん方と一緒に
作業は進めていく。
1ヶ月がかりの新旧引き継ぎが始まったのが
この土曜だったにすぎない、というワケだ。









新しい広報さんの片方は、
Yと一緒にAZMで活躍しているおゆんちゃんのお母さん。
・・・・というか、
自分の後がまに、おゆん母を誘ったのだった。


彼女だけが気がついてくれた。
「あれ、今日は開幕戦じゃなかった?」

うん、間に合わないんだけど
3時にはここを出たいな。



・・・・で、終わったのは5時だった。





いや、正確に言うと
それから駆けつけても、もうほとんど試合は見られない時間に
差しかかった時点で、飛田給はあきらめた。

で、気になっていたことを全部その場で片づけたりして
それが終わったのが5時だったのだ。




AZMの遠征試合で、ロマンスカーに乗って出かけていたYも
開幕戦は逃した。
・・・・仕方ないと言えば仕方ないが、不満だ。







不満の一方で、
仕方ないな、とアキラメのいい自分に
何だか東京に淡泊じゃん? と問いかけたりもする。






自分のJ1観戦(リーグ戦)は4月3日のV戦が開幕だ。
・・・・ってのも、なんか脱力だな。
いや、試合はきっといい試合だろうと思うよ。
見どころも満載だろう。
でもねー・・・・


ホントの開幕から半月以上も経ってからかよ!
ってカンジだよね。






あーあ。
個人的には思いっきりショボく幕明けた
2004シーズンであった。













2004/3/17(水) どべ

 
 
 
 
2年生12チームは、まず3チームの予選リーグを戦った。
現地に着いて気がついたのだが、
普通サイズのグランドを2分していて、狭いので
このカップ戦は8人制だった。

FCT2はこの日12人。
まず間違いなくKがベンチでビブスだと思っていたが、
8人制だから、もっと間違いなくKはベンチでビブスだった(苦笑)。




初戦は、府中のチーム。
いつぞやに府中市内の体育館で
YのFCTユニを見て声をかけてくれたおじ様おば様方の
所属するチームのチビ達だ。

なかなか力の均衡した試合で、1−1のドロー。
勝てそうで勝てなかった。



2戦目は、もう少し山奥のチーム。
いつぞやに府中市内のグランドで
YのFCT3(当時)と対戦して破れ、
涙の準優勝だったチームのチビ達だ。

とにかく体がでかかった。2−4で負ける。
お腹が空いたのか、足が止まっていた。



府中と山奥の対戦は、ものすごい好ゲームだった。
周囲の親達からも
「これが2年生のサッカーか?」という声がもれ聞こえるほど
マトモな8人制サッカーだった。


狭いので寄せが速い。
そこを個人技で切り開いていく。
絶妙のタイミングでパスが出る。
サイドのスペースを一杯に使ったワイドな攻撃、
ファイティング・スピリット。
声も出れば、無言の意志疎通もある。
・・・・これこれ、こういうのを見たかった、みたいな
たいしたサッカーだったのだ。






結論から言うと、12チーム中で
山奥が優勝し、
府中は惜しくも3位だった。


つまり、FCT2はえらい強豪揃いのグループに
放り込まれていたのだ。

府中に引き分けたのも大したものなら、
山奥から2点もぎ取ってるのもウチだけだった。









・・・・だけど、どべだったんだよなー(苦笑)。









こういう1日がかりの遠征試合で
試合の時だけ集中させる・キモチを盛り上げるのは
多分、すごくむずかしいんだろう。
勝てば勝つほど、勢いに乗っていくものだが
そこで勝てる、勝つ流れをつかめる、ってことは
そう簡単なことではない。

・・・・ましてや、たかだか2ねんちぇいのチビたちだ。
(とはいえ、そういう高度なサッカーを見せる2ねんちぇいも
 世の中にはいるわけだから、言い訳にはならんけどな。)






どべ決定戦の前に
自分の練習を終えたYが自力で会場にたどり着いた。
持参のおむすびをパクつき、腹ごしらえが終わると
彼女は(練習を休んで朝から妹と母に同行していた)はんちゃんと一緒に
そこいらにあった「なわとび」で遊び始める。


待ち時間でいい加減待ちくたびれたFCT2の子供たちは
おもしろそうなことが始まるぞ、と顔を輝かせて
Yら4年の姉ちゃん達のやることをじっと見ている。


まず、Kやくりんちゃんといった妹連中が、食いつく。
すると、雪崩をうったようにFCT2の子達が一緒に遊び始める。


たった1本の、長くもない「なわ」で
数10分に渡って、何種類かの遊び方で遊ばせた。
どべ決戦に向かう、つまらない気分が
払拭されたかのようだった。



待ち時間を埋めるのに、くたびれ果てたパパさんコーチ陣にも
多少の休息を与えることができた。
すっかりリフレッシュしたFCT2は、
「楽しもうぜ!」というコーチの言葉に
明るいキモチで次の試合に向かっていった。







Yという子は、自分やダンナさんの子ではないな、と思った。
我々にはそういう才能がない。
もしくは、4年生当時には絶対になかった。

あんなに子供を上手に仕切れて、まとめあげて
楽しませることができて
しかも自分も楽しんでいられるなんて、


その点でだけは、アンタは天才だ、と思った。








でも結局、
なわとびに夢中になりすぎてパワーが切れたのか、
それともお情けでスタメンにしてもらったK達ベンチ組が
全く機能しなかったせいか、


リフレッシュの成果は全然なかった(笑)。







・・・・でも、楽しかったんだと思うよ、彼ら。
それでよかったんじゃない?




ま、もう2度と呼ばれないかもしれないけどネ。











そして、
Yはダンナさんのお母さん(元幼稚園の先生)直系であることを発見。









大きくなったら、
チビコのコーチでもやんないかなー(笑)。


















2004/3/19(金) 商い

 
 
 
FCT2の連中を連れて
とあるサッカー関連のイベントに出向いたときのこと。




あるチームがテントを出していた。
(というか、そのチームが協賛しているイベントだったから
 当たり前なんだけどね。)


テント下の机の上には、
そのチームの選手の写真やら、応援グッズやらが
所せましと並べられていた模様。
(あんまし、立ち止まってのぞこうとも思わなかったもんで
 何があったのか、よくは判らない。)




一番人通りの多い通路に面していたそのテントの番人は、
思うほど伸びない売り上げに焦りを感じたのだろうか、
(それとも、ノルマでもあったんだろうか?)
午後になると、
テント前をウロウロする子供たちにも
声をかけては販売促進にいそしむようになった。





トイレに行って帰って来たビー太の報告。



あのね、あそこで(とテントを指さし)
わざとこのリスト・バンド(と腕を出す)を見せたらね、
あそこの人が「これも買ってね」って言うんだよ。


ビ:  お金もってないもん。
番人: じゃぁ、お母さんにたのんで買ってもらおうね!
ビ:  お母さんもそんなお金ないと思うよ。



そういうビー太への返答は、こうだった。


番人: お金をかせぐってことは、大変なことなんだよ。
    君たちにはわからないだろうけどね。











・・・・そこでガキに資本主義を語ってどうする(苦笑)。


















君たちは、
すんげぇガキを育ててるじゃないか。
もっと、誇りを持ってくれ。
売れないからって、卑屈にならないでくれ。
負けた翌日だからって、スタッフが弱気になってどうする。




やるべき事を黙々とやったらいい。
結果はついてくるハズだ。

















商うべきものは、
もう少し別のものなのに・・・・

と思わされる話だった。
















翻って、ウチはどうだろね。












2004/3/20(土) ねっこ

 
 
 
 
1年に一度は訪ねる、森の中の様子を
ふと思い出す。





さほど高くもない山の一角にある
さほど高くもない滝の落ちるあたりへと
歩いて踏み込んでいく散策路がある。



この数十年で、その散策路もずいぶん整備されてきた。
拓かれてしまった分、森の鬱蒼感はかなり減退した。

それでも、
「先が続いているんだろうか?」と不安になりながら
草を分けながら初めて滝まで歩いた30ン年前の印象が
あまりにも強くて、
今でも近くまで行く度に、その小径は歩いてみたくなる。





その森の木はそこそこ古いが、そんなに背は高くない。
岩と木の根と苔とが、不可解にぐねぐねと入り混じっている中に
あるようなないような道が通っているのだった。

おとぎ話のこびとさんが飛び出してきてもおかしくないような
苔色の森で、
庭の植え込みがどんなに年月を経ても追いつけないほどの
圧倒的な渾然一体感が好きだった。




岩の上を木の根がはう。
その全体に苔がむす。


・・・・あの岩も、あとから飛んできたんだよなー、と思う。
隣の山が噴火して、それで吹っ飛んできた岩の嵐が
一度は森を破壊したかのようなところまで焼いたのだろうけれど
陽が射し込むことでまた新たな木が生まれ、
命をとりとめた木は新参者の岩をも自分の住環境として受け容れ、
そしてまた何千年と時間が経つうちに
古い森として成り立たせてしまったのだ。









そういう景色が、単純に好きなのだと思う。
苔とか木の根っことか森の匂いとか。










あとから来たとか、ヨソから来たとか
そういうことは実はどうでもよくて、


根を張ったり、苔が生えたりするのが好きだったりするのだ。






自分が、こんなに保守的だとは思ってもみなかったが、
どうやらそういうことらしい。




・・・・だから、
自分が途中から育った場所で、あんた達が育っていくのを見るのも好きだし、
自分を育ててくれた場所や人を訪ねるのも好きだ。
父親の墓参りも割と好きだし、
同級生があんた達のサッカーのコーチだったりするのも好きだ。





それを聞いているYには、
よく分からない話のようだった。



分かってもらえなくてもいいんだよ。
何かを気に入っているらしい、ということさえ伝われば。



















いや、ちーっともいいコーチだとは思わないんだけどね、
その同級生くんは(苦笑)。











2004/3/21(日) 回数券1,2

 
 
 
 
雨で、Yの招待試合も、Kや自分の練習も
全てお流れになったので、
朝は少しだけゆっくりできた。


サッカー部員の朝は、
連絡網を回さないとならないので、雨でも結局は早い。

ただ、母にとっては
起きあがって昼食用のにぎりめしを用意するか、
携帯メールをチャカチャカっと回すだけで済むか、の
違いは大きい。







で、初めて行く平塚。
高速が混んでいて、距離のわりには時間がかかった。
いっつもあんなモンなんだろうか。


高速を降りてからは、
下調べが充分でなかったわりには迷わなかった。
多分、方角さえあっていればちゃんと着けるのだろう。
ただ、駐車場が遠いところしか空いてなかった。
キックオフにも間に合わなかった。





湘南は金持ちだ、
という印象を持ったのは、
我々の呼ぶところの「スカイダンサー」が多かったからだ(笑)。
幾分、肉付きもいいみたいだったし。


ユニフォームの色味とデザインは、
普通にしていたらさっぱりしていて自分好みだ。
でも、これはアイデンティティーの問題だから(苦笑)。


本来なら、青赤のポンチョを着るところだが、
さすがにそれは遠慮しておこう、と思った。
雨で一番困ったのは、
上に着るものがないことだった。


でも、さすがに屋根のないバックスタンドに
1時間も座っていれば子供もずぶぬれだ。
途中から、Yにポンチョ着用を許可した。
一応、持っていったのだが、
あるんだから着よう、というYの主張はごもっともだ。


こういう時、Kは目端が利かないというか、
親の気遣いを気遣っているのか、
自分も着る! とは言わない。
ただただひたすら、90分が過ぎるのを待っているかのようだ。
・・・・結構、けなげだったりする。







かなり寒かったし、雨に濡れるのは快適ではない。

それでも、行ってよかった、と思えるものが見られたから
それで自分は満足だ。








子供たちにとっては苦行の90分が終わり、
「シャー」なしで、アマ含む選手達のあいさつを拍手で送り、
体勢を整えてから駐車場まで歩き始める。

それなりの数の青赤な人達を
あちらのサポは、どんな印象で見てたんだろう?

少なくとも、
あの雨風の寒い中、金を払って見に来ているわけだから
おばかであることぐらいは伝わってるんじゃないのかな。




でも、天気さえよければ
青赤であることは見せずにすんだ。

自分は、単に初めて回数券を買って
湘南を見始めたビギナーとして
これからも時折、あのスタジアムに足を運ぶと思う。
それでも、
サポ色の自己主張は、多分しないと思う。
する必要も感じないから。


例え、アマが青赤の一郭に
手を振ってくれるとしても。








背中にでっかく東京のマークの入ったポンチョをひるがえしながら
子供たちは公園をぷらぷらしたそうだった。



今度、天気のいい日に
ゆっくり探検しようね。


そう、約束してスタジアムを後にした。


















2004/3/25(木) 若いってイイ!・・・・のか?!


 
 
 
FCT4最後の連絡FAXが入った。


今年度、FCT4の連絡係を担当してくれたとんちゃんママの
お役目最後のFAXだ。
・・・・1年間、お疲れ様でした!



なになに。んん?
「新5、6年のみ、学校練習9:00−11:00
 3/30(火)、3/31(水)、4/1(木)、4/2(金)」


え、だって、土日はいつもどおり練習があるわけだから、
なにぃ〜、アノ子たちは火曜から日曜まで毎日
サッカーできるんだ!?!?!?!




いいなぁ〜。
・・・・と思う一方で、
一体誰が彼らの指導をするってんだ?
そんなヒマなコーチって・・・・




Y&母: HRコーチ!


・・・・シンクロしちゃったよ(笑)。

間違いない、
今年度はKたちFCT2の担当コーチだったのが、
人事異動で新年度は6年担当になるのが彼だ。

にしても、毎年5、6年だけはやってたのかなぁ?
今年は、彼がまだ学生だから特別にできる、ってことなのかなぁ?




母: そっかぁ、学生さんも春休みだもんね。
Y: HRコーチ、ヒマそーだもん。
母: そーなん?
Y: だってね、こないだの金曜日なんか、
   朝マラソン見てたよ、校門のところで。


注・・・・「朝マラソン」とは、登校後、カバンを教室に置いてから
   校庭をぐるぐる走ること。冬場のみ週3回やっている。




母: ははぁ、朝マラソンねぇ。見てて楽しいんかいな?
Y: さぁー。

Y: で、朝マラソン終わっていったん教室に戻って
   朝の会をやって、1時間目が体育だったから着替えて
   校庭に出たら、まだいたんだよ。
母: え。それ、同じ日だよね?
Y: うん。それで、体育のサッカー、見てたよ、校門のところで。


・・・・それは、分かる。
体育のサッカー、っつったって、Yの学年は
4人に1人はサッカー部員だから
それなら見ててもまぁ、意味はあるかな。
・・・・ないか(苦笑)。



Y: それで、体育が終わって、教室で2時間目やってから
   20分休みに外に出たら、まだいたんだよ。








HRちゃぁ〜ん(泣笑)!

なんかさー、もっと、こう、他に
やるコトとか、行くトコとか
ないんかー?





今度会ったらツっこもう。

ヒマをもてあまして校門に貼り付いているようじゃ
ただの不審者だ(苦笑)。
面が割れてるから誰もアヤシまないけど、
それくらいなら、毎日午前中は子供と練習さしといた方が
まだマシだよね。








連日で、大変そうだなと思ったけど、
HRがそんなにヒマそうなんだったら、いいや。



いや、いいのか?




んー。
なんか、スナオにありがたがれないな。
なんでだかな。












2004/3/27(土) ない形

 
 
 
 
 
・・・・あろうことか、
ちょっと遅れてスタジアムに着いたら、
もう0−1になっていた!






初めて一緒にやるような慣れない面子で、
しっかり準備してきた「鹿」に勝てるわけもなく、
あれならいつも一緒にやっているサテライトのほうが
まだマシじゃないか、と思うくらい
チームとしての形をなしていなかった。


勝負所を知っているかどうか、の
甲乙がついた試合だったとも思う。







でも、
アマのいない今となっては、
どうしても今年優勝してほしい理由がない。
(ぴろみーは、もうしばらく見ていたいけどねぇ。)


だから、
形がなくても別にいいような気さえしてくる。

いつか、それもそう遠くない将来、
必ずとんでもなく強くなるような気がする。







やっぱり、若いってイイ!・・・・のかも(苦笑)。





2004/3/28(日) トイレに行ったはずなのに

 
 
 
 
まだ土曜日の話。

スタジアムに着くのが少々遅れたのは、
AZM小を出るのが少々遅れたからだ。


AZM小では、卒業生のサッカー部員を囲む会をやっていた。
Yは、世話になった6年生を見送るためそこに残り、
カシマ戦の終了間際にスタジアムに到着。
またも、試合を見逃した。

その囲む会には親の出番もあって、
それが終わってからスグ出発すればキック・オフに間に合っていた。

でも、まぁ、いろいろ話を交わす相手がいて
次回のママさん練習の打合せ、保険の手続、部費納入の手続、等々
どーでもよくない話率の高い会話をアチコチでしているうちに
出遅れたのだ。


一緒に来ていたダンナさんが、不満げな顔をしていた。
急いで出ようとすると
そんな時に限って、Kが「トイレ」と言う。


で、振り出しに戻る。
この1年役員をやった方に挨拶するなどして
立ち話をしながらKを待つ。


ダンナさんが、ますますイラだってくる。
話を切り上げて、Kの向かったトイレのある体育館の方を見る。







すると、体育館わきで
10本ダッシュを走らされているAZMの中にまじって
Kがうれしそーに走っていた!




Kの話では、
トイレを済ませて出てきたところ
ダッシュ(させ)中のHYコーチが
「Kちゃん、はしりまーす!」と言ったとか。

9本目だか10本目だかでくたびれてきているAZMの子たちをしり目に
Kは一番前をタノシソーに走っていた。









最近、Kは「週末が忙しすぎる」と言う。
サッカー部だから仕方ない面もあるのだが、
サッカー部員以上に、ウチの子らは親に振り回されている分、
確かにノンビリしていられる時間が土日には少ない。


これは、3年生になると入れる女子チームAZMに
入れられるコトへのけん制なのかな? とも思っていた。




どうも、そうではないらしい。
KはAZMに行くことは楽しみにしているらしいのだ。
・・・・ますます週末のサッカー・ライフが忙しくなるにもかかわらず(苦笑)。


HYコーチを初め、AZMの仲間たちは
確かにKたち新3年生の女の子がFCTからやって来るのを
楽しみに待ってくれている。


本能的に、HYコーチが可愛がってくれるに違いない、と
察知したのかもしれない。

「はしりまーす!」と言われたから走ったの、とK。






・・・・まぁ、いいや。
あんなに楽しそうだったのは、意外だった。
以前から、KはAZMに連れて行くとお姉ちゃんたちにかまわれて
調子こいてたもんなぁ。





4分遅れて、1点目の失点は見逃したけれど
KのAZM行きを確認できたのは収穫だった。









・・・・つーか、Aスタ行くって分かってんだから
Kを引き留めないでよ(笑)>HYちゃん












2004/3/30(火) 春の練習

 
 
 
 
「ヒマ人」HRコーチの
春休み平日午前練習4日間コースが始まった。

新5・6年限定なので、ウチではYだけが対象だ。




HRコーチは今年成人式だったはずだ。
今度大学3年生になるが、
来年の春には就職活動でそんなにヒマではなくなるから、
出来るときにやろう、というワケで
今年初めての試みとして、春休み中の平日練習とあいなった。



親の反応は、でもフクザツだ。
(自分だけでない、ということが後日分かった。)


練習をやっている、となると
部員は行かないと! と思う。
そうすると、せっかくの春休みなのに、
サッカー以外のことができなくなる、もしくは
帰省するなどの大きな予定が組みにくくなる。

休んじゃえばいいんだけど、
そこがレギュラー争いのかかっている彼らのこと、
そうはやすやすと休めはしないのだ。



練習や試合で、週末が埋め尽くされているところ、
「少しは他のことをさせる時間もほしい」
と思っている親は結構いる。

だから、
HRコーチの熱意あふれる4日間コースなのに
案外「ノー・サンキュー」な反応が親には多く見られる。





んー、自分は
ノー・サンキューというよりは、
HRよ、他にやることはないのか?
という感想だな(苦笑)。心配とも言うか。

練習自体は、自分ならやりたいと思うから
やる気のある子にとってはありがたいだろう。
まぁ、今回やってみてから考えたら? ってなライトな受け取り方だ。







さて、4日間コースの初日、
集まった部員(含む、卒業生)は
コーチほどにはモチベーションがなかったのか、
それとも単に春休み気分でゆるんでいたのか、
どうにも練習に集中していなかったようだ。


この日、女の子はY(と卒業生のアニキにくっついて来たくりんちゃん)だけ。
HRコーチは、指示をちゃんと聞いてなくて
次に何をやるのか分かってない部員達に向かって
「Yちゃんやくりんちゃんのほうが、よっぽど上手くなろう、
 理解しよう、と一生懸命やっている」
と説教したそうだ。


・・・・まぁ、引き合いに出しただけでしょ。
女の子は一般的にタダでもマジメだから。




でも、その説教の引き合いでも
Yは喜んでいた。

こないだの日曜日の交流戦では
Yが4バックの片方のCBに固定で(11人しかいなかった)
ラインの上げ下げやマークの指示など
男子を仕切ろうとしてずいぶん声を出したそうだ(本人談)。
彼らはぜんぜん言うこと、聞いてくれなかったらしいが
HRコーチには「いい声が出ている」とホメてもらえたそうだ。


で、今日は「話をちゃんと聞いている」とホメてもらえた。





や。
別にホメられる程のことでもないだろう、と思う。

Yだって、あの聞いてるような顔は生まれつきの顔立ちなのであって、
実は聞いてない、ということは
そろそろAZMのコーチ陣にはバレてきている。
HRコーチがまだそれを見破っていないだけのことだ。



ただ、問題は
その程度のYでもホメたくなるようなきゃつらである、ということなのだ。




要するに、試合中の声が圧倒的に足りてない、とか
コーチの話を聞いて、理解しようとしていない、とか。
全般的にコミュニケーションの問題がありゃしないか? という
イヤ〜な予感がするのだ。





Yは、ホメられてうれしがっているだけだが、
ぜひ、何が大切なのかを感じてほしい、と思った。








今野がコミュニケーションの問題がある、というようなことを
言っていたが、
彼が「慣れない、慣れない」と繰り返し言い続けているのは
多分、そういうことなんだろう。


彼にとって、コミュニケーションが取れている状態になった時、
チームは多分、ものすごく強くなるだろうし、
今野もやっと東京を自分のチームだと思ってくれるだろう。


試合そのものにはゲンナリして帰って来たが、
コメントを読んだら大丈夫なような気がしてきた。
少し時間は要るかもしれないけれども。










そんな話をしていたら、
聞いていたKがひとこと。


K: HRコーチって、コドモをみているコドモだよね。








う・・・・。

3年生に、言われたかないだろ、それは(苦笑)。










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Akiary v.0.51