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2004/1/7(水) 今年はコンナだ! 免許更新編
年末、休みに入って一息ついてから
免許を書き替えに試験場へ行こうと思って調べたら、
むこうも休みに入っていた・・・・。
よく考えれば、むこうもこっちも公ム員だから
休みは同じ。
家を出る前に気がついた自分をホメることにして
何がなんでも1月4日に書き替えるぞーっ! と決意。
つーか、そこを逃すと
運転しちゃいけない身の上になっちゃうからさー。
ギリギリまで動かない、という意味において
マコトに自分らしい。
年末には、ダンナさんの実家に近い
鮫洲試験場へいくつもりだったが、
1月4日なら日曜日だから
自分の教会と同じ方角の府中試験場に行くことにした。
なにしろ正月早々8時半から更新手続きをやっている。
早めに済ませれば、礼拝にも出られるぞ、というプランだ。
子供たちは各々、自分でサッカー部の初蹴りに参加し、
昼過ぎには自宅で合流して
あとはゆっくり過ごせるナー、と思っていた。
試験場には、車で行ってはいけないらしい。
更新を知らせるハガキにはそう書いてある。
これをマに受けて、
試験場にほど近い友人邸前に車を置かせてもらえないかな、と思いつき
早速、連絡を取る。
友人から来た快諾のメールには
府中まで来たついでに、初蹴りサル企画が午後にあるから
一家で遊びに来ない? と書かれていた。
普段から、時折混ぜてもらっているグループのサルだから
これは行かずばなるまい! ってことになる。
自分一人なら、
車で友人邸→徒歩で試験場→徒歩で友人邸→車で教会→車でサル初蹴り
と流れるところだが
家族で動くとなると、話は別だ。
結局、修正案は
公共交通機関で試験場→ダンナさんに車で拾ってもらう→サル初蹴り
となった。
<状況その1>
ダンナさんのスタートは、
子供たちのサッカー部初蹴り終了後、おむすびを握ってからになる。
拾われるのは午後2時頃か?
<状況その2>
試験場から教会まで、歩けない距離ではないが
ちょいと遠い。
バスに乗って、歩ける距離まで寄せることはできるんだが
その移動の時間も含めて見積もって
礼拝開始時間から逆算すると
真剣に早く家を出なくてはならない。
<状況その3>
そこまで早くは起きられなかった。
・・・・てなわけで、
教会をあきらめて、免許の書き替えだけ済ませて
中途半端にダブついた時間を
試験場前で展開されている献血キャンペーンにのってつぶすことに。
盛りだくさんに計画だけして結局は動かない、という意味において
これもマコトに自分らしい。
自慢ではないが、献血をするのは一生でまだ2回目かそこらだ。
学生時代に一回、やった覚えはあるが
常態がギリギリ貧血ではないというコンディションなので
気が向かなかったりするのだ。
ただ、ここ数年、多少値が改善していたり、
正月に飽食して普段よりも肉を多く食べていたり、
(時間もあることだし)
まぁ、大丈夫だろう、と珍しく思ったのだ。
ちょうどお昼過ぎで空腹だったので、
献血車の中でドーナツとスポーツ・ドリンクをご馳走になる。
まぁ、これも人助けでいいのかなー、と思いながら
リクライニング状態で腰かけて、針を刺される。
「こちらをお読み下さい」と手渡された紙を
血を抜かれながら読む。
裏面には、献血した当日の過ごし方や注意事項が書かれている。
・・・・そこまできて、初めて「しまった!」と思った。
「当日は激しい運動をさけること」
あー。
教会に行こうと思って府中に来たのに、教会には行かず、
友達んちに車を停めさせてもらおうと思ったのに、車では来られず、
それでフットサルの初蹴りだというのでそのために時間を調整したのに、
運動できず。
なーにやってんだろーねー、という意味において
これもマコトに自分らしい。
そりゃー、やりましたよ、フットサル。少しはね。
でも、やっぱりクラッとくるし、全体的に元気に欠いて
たいしたことはできなかったなぁ。
いいと思って献血したのに、
ダンナさんには「もうやめなさいね」と言われてしまうし。
・・・・まだまだ世間知らずだわ。
あーあ。
この日、いいことがあったとすれば、一つだけ。
免許の「眼鏡等」の条件がなくなったこと。
窓口のおじさん: あ、メガネの条件がとれましたね〜。
自分: はい。老眼が進んで、ちょうどよくなりました〜。
おじさん: (苦笑)ちょっと、早いんじゃない?
自分: どこで検査しても、そう言われてるんで、間違いないッス。
喜べるようなことではないのかもしれないが、
それでも
メガネを出し忘れた時なんか、そのまま運転してていい、ってことは
ちったぁ便利だ。
こーんなササヤカなことでも嬉しくなれる、という意味において
これもマコトに自分らしい。
今年もコンナです。
よろしくお付き合い下さいますようお願い申し上げます。
2004/1/8(木) チビコの中のY
自分はそーゆーワケで、さんざんトホホな日曜日だったが、
一方でウチの子供たちも
その府中でのサル初蹴り企画でゲームに入れてもらえて、
これはよかった。
呼んで下さったとみぃさんに感謝します。
・・・・というのも、子供それぞれの
珍しい姿を見ることができたのだ。
まずK。
コイツはすぐ泣く。
家族がいなけりゃ、ちっとはこらえるのかもしれないが
姉のマークがきつくて
押し倒されては泣き、
姉の指が目に入った、と言っては泣き
で使い物にならない。
(ご一緒だったみなさん、すみませんでした。)
こんなことで
今年の春から、姉と同じ女子チームでやっていけるんだろうか。
ちょっと不安にもなった。
・・・・につけても、KだとYのあたりがヤケに強いってのも
なんだかなぁ。
ただ、姉に負かされて悔しくってKは泣くわけだから、
姉を越えようとがんばったりするのかな?
こーゆー年の近い姉妹のライバル意識や連帯感や友達感覚ってぇのは
自分に経験がないから
未知の世界だ。
プレーの上では
Kがボールを持つと周囲の大人の皆さんが
わざわざ道を開けてくださるので(苦笑)、
Kはひたすら前にドリブルで(しかも超スローペースで)進む。
彼女には「パスをする」という概念がない。
周りが見えてないからだろうと思われるが、
ひたすら行けるところまで進んで、蹴っちゃぁ人にぶつける。
典型的な低学年サッカーだ。
Kのなけなしの名誉のために書くと、
あれなら彼女がクリニックでスラロームした時のドリブルの方が
よっぼど早くて実用的だぞー、と思ったり。
でも、1年くらい前のYもそんなだったかなぁ。
よくゴール前で、おにーちゃん達の向こうズネめがけて
蹴りつけてたよなぁ。
・・・・ただただ、大人の皆さんの寛大さに頭が下がります。
いつもいつも、いつまでも、すいません。
一方、そうやって行く先々で皆さまに育てていただいてきたYのほうは、
これまた意外なプレー・スタイル。
この日は、1学年下の男の子が2人、混じっていた。
多摩地区の地元サッカー部で活動しているチーム・メート同士君たちだ。
彼らと同じチームに入ることになったY、
のっけから珍しい位置どりだった。
いつもなら、大人に混ざってやるサルの時は
ゴール前にいて、大人の皆さんからやさしいパスが送られるのを待ち、
1タッチか2タッチ、もしくはそれ以上モタついてから
シュートか横パス(で向こうズネ行き)、というのがパターンだ。
それが、珍しくド真ん中に陣取った。
ほほー? と思って見ていると、
攻め上がりたがりのサッカー部員君たちを
少し後ろからサポートしたり、
受けた球を左右(の彼ら)に散らしたり、
ゴール前への決定的なパスを出したり。
落ち着いて、カナメの役を務めようとしているのだ。
どちらかというとパス狙いの意識が強く
ていねいなインサイド・キックを繰り出すが、
ゴール至近距離からは自分でも
キーパーの位置を見てシュートを撃ち、
いくつか得点を上げた。
ゴール&アシストで攻撃にからむYなんて
それだけでも普段やっているサッカーのシーンではまずあり得ないのに、
攻撃を組み立てよう、なんてYを見たのは
後にも先にも初めてだ。
そして、これも初めて見るなーと思ったのは、
Yがボールを欲しがるところ(笑)。
前にしか進もうとしないサッカー部員君に
後ろ(中盤)に戻せ、と要求してみたり、
自分がフリーになっているとみるや「くれ!」とアピールする。
冗談でなく、
これがサッカー部ではあんまり見ない光景なのだ。
同学年の男子とやっている時なら
ディフェンス・ラインのバランスを仕切ろうとする姿を見たことはある。
でも、高学年の女子に混じってのサッカーなら
イニシアチヴのイの字もない。人任せと上級生頼みなプレーだ。
女子中学年(つまり同学年か1つ下)の女の子たちとやってみて、初めて
自分でゲームを動かす感触をつかんだことがあったようだが、
その試合は残念ながら自分は観ていない。
いずれにしても、ポジションはバック。
もしくは「どこにでもYがいた」と、あるお母さんにほめてもらえた
3〜4年女子のゲームでは、多分スイーパーだったのだろう。
自らをディフェンダーと自認し
ゲーム中ボールを触りたがらず(ヘンな子)
「試合中ドリブルなんて絶対やらない。できないから。」と言い切っていたY。
それでも、
こうして大人の皆さんに混ぜてもらう時には
前に張ったり、多少はドリブルでつっかけても行き、
はたまた自分より下の子がいたりすると
自然と仕切りにかかる。
ボールよ来るな、と思いながら後ろに突っ立っているYからは
想像もつかない、
点を取りに行く彼女が見られたのだ。
こういう感動は(時々書くことだが)
最初から運動能力の高い子供、
ほっといてもサッカーに対するモチベーションの高い子供の親には
きっと、なんのことやら??? なことなんだろうと思う。
それ程に微細な違いであり、
とるに足らないようなことであり、
けれども、この子供とこの親の組み合わせにおいては
大事件なんである。
それと同時に、改めて
「どこでやるか」ということについて、考えさせられる。
やらされるサッカーより、
自分でやるサッカーのほうがいいのは、当たり前だ。
そういうレベルの話ではない。
子供も子供なりに実力の差とか力関係とか
いろんなコトを感じながらやっているわけで、
いつものチーム、いつものチーム・メートの中でやっていると
見えないモノやできないコトがあるんだなぁ、
と思わされてしまったのだ。
多分、Yの周囲にいるサッカー部の子達の中で
全く別のシチュエーションでの球蹴り経験を
コンスタントに積み重ねている子供は
いないか、いてもごく限られていると思う。
しかも、一緒に蹴る人の年齢層や技量や遊び心において
これだけのバラエティに恵まれている子は
そうはいないかもしれない。
これだけの環境にあることは、そう、恵まれている、ってことなのだ。
それなのに、あぁ、それなのに。
・・・・と思わないでもないが(苦笑)、
草の根文化って、こういうモノなんだろーなー、と思う。
YやKは、たまたまそういうところで育つフツーの子だけれど、
彼女たちのようなタマケリ・ライフ・スタイルの子供たちが増えて、
その中に、それこそ身体能力やセンスの持ち合わせのある子供がまぎれていて、
経験の多様さを栄養として
どっかで大きく花開くのかもしれないから。
そういう大輪の花がいつか咲くかもしれないという淡い希望のもとに、
今は娘たちと一緒に
大人の皆さん達と球蹴りしに出かけるのを楽しみながら
彼らに感謝しよう。
いつも、ホントに本当に、ありがとう!!
・・・・でさ。
Yったら、楽しいのは分かるんだけどさ。
全然、交代してOUTしなくなっちゃって(苦笑)。
アンタだけ出ずっぱりっていうのも・・・・
球蹴りの場面で
そこまで能動的でズーズーしいYもまた、
珍しいのだった。
2004/1/9(金) リフティング効果
Yから聞いた話。
放課後の校庭で、クラスの仲良しギャル・グループ(!)と一緒に
キックベース(?!)をやってから、
Yは4時すぎに帰宅。
自分のボールを持って、彼女は外に出た。
住んでいるところが坂なので、
少し離れた平らなところまで行って
彼女はリフティングの練習をする。
毎日の日課、とは言えない。
リフティングの自己練を課している女子チームAZMのAKコーチは
毎日やって欲しいのだろうけれど、
Yはそれほど意識が高い子ではないから
無理のない範囲でやっているように、親には見える。
この日も、いつもの時間に
彼女は道ばたでボールをついていたのだそうだ。
道ばた、と言ってもフツーの住宅地なので
ヨソんちの前だ。
近隣では一番大きいかもしれないお屋敷の前だ。
お屋敷前には、ゴミを格納して
回収までの間、カラスや野良猫に荒らされないようにするための
収納庫(?)がある。
Yがリフティングの練習をしていると、
おじさんが1人、歩いてきて
そのゴミ収納庫のフタを開けて中をのぞき、
それからそのお屋敷に入っていったのだそうだ。
・・・・状況からすると、多分そのお屋敷のご主人、ってことだと思う。
漁ってるおじさんでなくて(笑)。
しばらくすると、
今度はお屋敷からおばさんが1人、
ほうきとチリトリを手に出てきたのだそうだ。
彼女は、ゴミ収納庫のあたりやなんかをお掃除し始めたらしい。
状況からすると、多分そのお屋敷の奥さんで、
さっきのご主人から何か言われて
片づけに出てきたのだろう。
・・・・お屋敷なわりには、堅実なご夫婦のようだ。
つうか、その程度の住宅地ってコトなんだが。
この日、Yは自分のリフティング記録を3回ばかし更新した。
右だけで115回だそうだ。
そのあとも、102回まで続いたこともあったらしくて、
多分、おばさんのお掃除の間も
一心不乱にボールをついていたんじゃないかと思う。
そして、Yのリフティングが途切れたところで
そのおばさんが声をかけてきたのだそうだ。
おば: どちらのお嬢ちゃんなの?
Y: 坂の途中です。
おば: そう。お上手ねぇ。
身内以外には口べたなYのことなので、
多分、例の、ちょっとはにかんだような笑顔を
返したりなんかしたのだろう。・・・・と想像する。
と、ここまでの話を聞いた限りでは
親にはその「お上手ねぇ」を
素直に感嘆と受け取ってよいのか、
「ウチの前で、迷惑なのよねぇ」の意味なのか、
判断がつかない。
でも、ここはYの感性を信じるしかない。
Y曰く、
「お上手ねぇ」って言われて
なんだかうれしかったなぁ。
近所のおば様に、いいもの、もらったね。
リフティングの回数よりも、
そっちのほうがいいお話だと思うのだった。
・・・・これで、そこんちからの苦情が来なければ、の話なんだが(苦笑)。
2004/1/10(土) 冬休みの校庭
・・・・の話にさかのぼる。
その日の午後は、校庭があいていて
子供たちが三々五々集まって来ていた。
ウチの子供たちも、なんとなくその場にいる
低学年の女の子たちと一緒に
初めは砂場のあたりでごっこ遊びをしていたらしい。
そのうち、女子チームAZMで一緒にサッカーをやってる
はんちゃん、いゆんちゃん、いりんちゃんが来た。
いつもは、自分の住んでいるマンションの駐車場で
リフティングの練習をしているいゆん・いりん姉妹が、
(なにか問題があったのか?)
「ボール遊び禁止になった」と言って校庭に流れてきた。
じきに、FCT2(サッカー部2年)の女の子2人もそろった。
で、サッカーが始まった。
その中にはウチのY&Kや仲良しのるんちゃん@FCT2 は
入っていなかった。
でも、5人という半端な数が気に入らなかったのか、
ほどなく、Kの同級生くりんちゃん@FCT2 が呼びに来る。
別にやりたくもなかったが、とはK。
ともかく、KもYも結局はサッカーの輪に入る。
これでサッカー部女子の4対4になる。
そのうち早く帰らないとならない
るんちゃんが帰ってしまった。
でも、5年の非サッカー部員と元サッカー部員の
女の子が連れだって来て、これで5対4。
今度は6年の男子サッカー部員が4人来た。
入れてくれろ、と言うので入れてあげるが
入れたとたんに仕切り始める。
結局、彼らにとって具合のいいように
チーム分けからやり直しに。
7対6だ。
でも、それがすごく楽しかったらしいのだ。
なんだかよく分からないけれど。
サッカー部6年の大人ほど背丈もパワーもある兄ちゃんたち、
4〜5年のサッカー部員女子+サッカー好き女子、
それに2年のサッカー部員チビコちゃんたち。
こうゆう、フィジカルも力量も違う子供たちが
「いーれーて」とか「一緒にやろうよ」とかで
ムリヤリ一緒に狭い校庭に共存して1個のボールを追いかけてるのね。
はっきり言って、チビコには
ボールなんか回らなかっただろうと想像する。
「大人の皆さん」とは違って、6年男子なんか
女子供(?)にやさしいパスを出したげる、なんてことしないだろう。
で、実際そうだったっぽいのだが、
Kの話によると、別の楽しみ方をしてたらしいんだな。
曰く、
6年のおっきい兄ちゃんがけった球なんか、
ひゃーってよけちゃうんだよネー。
ばーん、って飛んできて、こわいんだよー。
あー、「ばーん」ってね。そうだよねー。
こわいよねー。
Kのことだから、
そのガタイのいい兄ちゃんが長いのを蹴るたびに
ひゃひゃひゃひゃひゃって笑いながら逃げ回ってたんだろーなー。
ドッジボールじゃないんだけどなー(笑)。
Yが楽しかった、と言うのは
多分、別の理由だろう。
その時間のあいだに、1本でも2本でも
彼女にパスが出たり、
彼女がいいパスを出したり、
いや、もしかすると「ナイス」とか「おしい」とか
その程度のちょっとした一声だったかもしれないけれど、
とにかく6年の兄ちゃん達と「サッカーになった」のが
うれしかったんじゃないだろうか。
まぁ、なんでもいいや。楽しかったんなら。
集まった子達が蹴り始める。
それは、昔もあっただろう光景だと思うけど、
そこに女の子が入ってるってのは、やっぱり好きだなぁ。
それも、サッカー部の子でないのが混じってる、ってのがいいなぁ。
というのはね。
その6年の兄ちゃん達にしろ、他の男の子にしろ、
サッカーは別に男のスポーツじゃない、
女がサッカーやってても当たり前で特別なコトじゃない、
てなイメージを持っててくれたらいいナ、と思うんだよね。
そいで、もちろん女の子も
サッカーやってる女子って、別に特別じゃない、
いくつかある手近なスポーツの一つに過ぎない、と思えるようになったら
いいと思うんだ。
今は、まだ女子のほうが、サッカーをやることについて
「特別」感を持ってると思うのね。
Yなんかには、それを感じる。
自分は他の女の子とはちがうのよ、みたいな。
そんなサッカーにつきまとうジェンダーが崩れ去ったときに、
初めて本当に日本のサッカーも強くなるんじゃないだろか。
観る目も深くなるんじゃないだろか。
同じ校庭で、6年の兄ちゃん達がサッカーやってるのを見ていた
ン十年前、
自分がそのスポーツを見るのを楽しみにするようになるとも思わなかったし
よもや自分でやることになるとは、コレッポッチも思わなかったし
その中に将来プロ選手になるのがいるとも思わなかった。
自分の子供ができることも想像できなかったし、
娘たちを育てているあいだにも彼女たちがサッカーをやるとは思わなかったし
元Jリーガーの先輩方に彼女たちがサッカーの教えを乞うとも思っていなかった。
ましてや、小2の女の子が6年男子のサッカーに混じっていて
ひゃひゃひゃひゃひゃ笑ってる、なんてこと、あり得なかったもん。
ン十年で、ここまで来たのだ。
この先、どういうことになるのか分からないじゃないか。
そういうコトを楽しみにする、ってぇのは
でも、
年を取ったからかな。
そのうち、孫とかも同じ校庭でサッカーするのかな、とか
言い始めたらホントにおばぁちゃんだ!
2004/1/17(土) タテヨコ無人
先週はAZMの土曜練習のあとが、
同じ場所でママさんチームSFMの練習だった。
少し早く行けば、女の子達の様子を見ることもできるのだが、
ギリギリまで家の用事をやって
あわててグランドに駆け込むことに
いつも、どうしても、なっちゃう。
ママさん達と、まずはグランド管理者に挨拶をして
それから校庭をぐるっと走る。
AZMのコーチでもあるHYちゃんが、隣を走りながら
その日のYについて話してくれた。
今日、Y子ちゃんね、すごく可笑しかったの。
ミニ・ゲームの時に、私と一緒のチームだったんだけど、
私のシュートがポストをはじいて、跳ね返ったのよね。
そしたら、それまでうしろ〜の方で守っていたY子が
信じられないほどの距離を走って詰めて来ていて
その跳ね返りをバーン!ってシュートしたのよー。
(それが、ミニ・ゲームとはいえ)
いったいどんだけ走って来てたのかと思ったら
可笑しくて可笑しくて。
・・・・つまり、
最初からソレを狙って、走って来てた、ってコトよね?
シュートのこぼれ球を拾って撃つ、って本人は決めてるわけだ。
で、母は答える。
それねー、時々話をするのよ。
彼女は自分はバックだ、守備だ、って決めつけてるフシがあるんで
今どきのバックは攻撃にも参加するんだよ、って。
今度ウチに入る市船のM島ってさー、
大柄でもないのにCBでよく点取ってるんだよね。
試合見てないから、どういうパターンで得点してるのか
よくわかんないんだけどさ、
バックでも点は取るんだ、っていういい例になると思って
来季はM島の動きをよく見とけ、って言ってるんだ。
すると、HYちゃんにまた笑われてしまった。
「『ウチ』って、どこかと思った。
どうして小学校のチームに市船が来るのかなと思ったら。」
『ウチ』は、ウチだよ。もちろん東京。
で、またそういうことを言うと、皆さんの失笑をかうんだな。
まぁ、いいさ。
ともかくYは、遠目からでも撃ってみたわけだ。
そのうち、それがマグレで一本でも入ったりしたら
本人、ものすごく自信がつくだろうなぁ。
そのゲームの様子を考えると、
あのYがドスドス走ってきて「バーン!」じゃ
確かに可笑しいけれど
まぁ、ヨシとしてあげよう。
そして、今日もまた
HYちゃんとこの母は、
同じような場面を目撃して密かに苦笑していたのだった。
雪が降りそうなくらいに寒いグランドで
次の公式戦の予選をやった。
6年生3人が抜けて、新しい構成での初陣だ。
ついこの間まで、都大会とかやっていた矢先に来る
いわゆる新人戦にあたる試合だが、
相手もこちらも、まだ今の4〜5年でチームを組むのは
初めてか慣れてないか、なので
例年、この試合はヨタヨタだ。
かろうじてYもスタメン入り。
左のSBにいる。
前半途中、主に押し込まれている展開の中で、
AZMの右サイドが切り崩されていた。
連携なぞほとんど感じられない守備を破って
相手選手が一歩、抜け出てしまった。
あわや、GKと1対1か? というところ、
そこを、詰めて
かろうじて真横クリアでバーン!と蹴り出したのが
Yだった。
あー、これかぁ、と思って
ベンチのHYコーチを見たら、
やっぱりアタマを抱えていた(笑)。
そりゃぁ、ボールが右サイドにあれば
多少なりとも左SBだって中央寄りにいると思うが、
かなり早めにスタートを切って
崩された右のカバーに入っていたわけだ。
ゴール前を横方向にスルスル寄ってくるYを見ながら、
思わず「ありゃりゃ、ありゃりゃ」と言ってるうちに
バーン! とやってくれた。
でも彼女の背後には広大なフリー・スペースが。
しかもゴール前に(苦笑)。
HYコーチが「Y子〜っ!」と叫ぶ隣で、
AKコーチは「いいフォローですよ」とフォローしてくれた(らしい)。
いや、あの局面では結果的によかったけれど、
相手がもうちょっと上手だと
簡単にセンタリング出されて、
どフリーでゴール真ん前から撃たれちゃうよ。
多分、次に対戦したら、それで
やられると思うなぁ。
見切りがいいと言うべきか、
いちかばちのバクチ打ちと言うべきか、
それともなぁんにも考えていないのか。
・・・・多分、最後のだと思うな。
初陣がこれか。
彼女がそれなりの距離を走り出したときに、
そのうしろに広がる無人ゾーンにハラハラする1年が
どうやら始まったらしい。
でも、サッカーが楽しくなるのはここからだ。
ここから先は、もう自分で切り拓いていくしかない。
一蹴り、一練習、一試合。
観てもやっても、そこから自分で何を掴んでくるか、が勝負だ。
そういうトバクチに、Yは立ったんだなぁ、と思った。
2004/1/25(日) コドモってすごい。
年末、インフルエンザやらもどきやらで
家族が交代で伏せっているあいだに、いつのまにやら
AZMは中央大会に進み、PK戦を制して勝ち上がり
まがりなりにもベスト8で大会を終えた。
これで公式戦が最後となる6年生3人にとっては
有終の美を飾ったと言っていいだろう。
彼女たちの最後のゲームとなった試合は
ボーッとしながらも、後半だけは見に行くことができた。
毎年のことだけれど、
6年生には心からありがとう、と言いたい。
女子のチームは学年が混ざっているから、なおさらなのだ。
この1年間、チーム(のチビコたち)を率いてくれて
本当にご苦労様でした。
で、正月が過ぎると
もう次の新人戦に相当する大会のブロック予選が始まる。
現有の3〜5年生を戦力として
新たなスタートを切るのだ。
ついこの間まで6年生に頼っていた彼女たちも
とうとう自らゲームを作らなければならない立場に立たされた。
最上級生となる現5年生は5人。
その次のYたち4年生は初心者含め9人。
主にこの2学年(プラス、チビコたち)で
これから練習と試合に明け暮れる1年を過ごしていくことになるのだ。
チームとして立ち上がったばかりの彼女たち、
緒戦については先週、あの雪まじりの寒い日に行われたが、
それについては部分的に報告済み(2004/1/17(土))。
1−2で負けたが、
強豪に対してこのスコアは悪くない。
そして迎える第2戦までのあいだの1週間に、
明らかな変化がYに見られるようになった。
去年の途中から、AZMではAKコーチが
それまでの練習参加率に加えて
リフティング回数(の伸び)でレギュラー選手を決める、
という方針を打ち出した。
今もそれが基準になって、スタメンが決まっているようだ。
長らく、練習もしないのでリフティング記録が伸びていなかったY。
「このままでいくと、試合に出られなくなりますよ」とまで
AKコーチには言われていたが、
それをYに伝えたところでモチベーションにつながるべくもなく、
回数もどんどん同学年の子たちに抜かれて
ベンチを温めるようになっていったのだった。
(このあたりは昨年11月にも書いてたかな。)
なんだかんだ理由をつけて練習しなかったYだったが、
夕方、帰宅直後の15〜20分を、リフティングの時間にすることで
どうにか生活に組み込むことができるようになってきた。
コドモってすごい、と思うのは
やればできるようになるところ。
11月には60回程度だったのが、
ほんの3、4日(しかも毎日ではなくて)帰宅後練習をするうちに
簡単に100回を越えてしまった。
けれども、そんな程度では
チーム内(というかAKコーチの目から見て)の彼女の評価に
変化はなかった。・・・・ように見えた。
おのずと、Yのリフティングに関するモチベーションは、
FCT4のYIコーチがやっているリフティング・キャンペーン(?)、
「目の前で100回以上できたら、ステキなプレゼント」実施中に向く。
いつやっても、安定して100回を越えるようになったら、
YIコーチの前で挑戦してみようと思う、
と彼女は言っていた。
YIコーチも、これは苦肉の策。
AZMで鍛えられている女子たちがみな50回以上はできるようになっていて、
中には200以上とかいうツワモノも出る中、
4年の男子部員はちっとも練習しないものだから
拍車をかける意味で、キャンペーンを始めたのだろう。
男子が声を合わせて数える中でのリフティングは
確かに緊張するに違いない。
コーチも見ている輪の中で、100を越えるには
たまたま102回できた、くらいのレベルでは余裕がなさすぎる。
240ン回をマークしているいりんちゃんでさえ
まだそれには挑戦していない。
それでも、コドモはすごい。
やり始めたら、何人か100回を越えるのが男子にも出てきた。
そしてYは、女子での初踏破を目指しているようなのだった。
それで、目標の100を越えても
引き続き練習をしていたのだった。
そして、練習している場所の前のお宅のおば様に
励まされたりなどもして続けているうちに、
ほんの数回ずつでも、記録は伸びたりしていったのだった。
AKコーチは、回数を競わせようとしているのではない。
個人練習、という努力の幅を見ているのだ。
だから、少しずつ伸びている子は
少しずつ練習している、その努力を持続させている、という意味で
評価してやりたい、ということのようだ。
だから、持続して練習しなかったYみたいのは
お眼鏡にかなわない、ということになるのだった。
このバカ親は、ある日Yに、こんなことも言ってみた。
あのさぁ、すこしずつ伸びてるのがいいんだったらさ、
ある時に20回とか回数が増えたら、
それを小分けに4週間くらいかけて分散して報告したら?
例えば、今週は65回、来週は70回、その次の週は83回、
で、4週目に90回、とかってさ。
その方が、コーチから見てイイコトなんじゃないの?
正直に今週は90回になりましたぁ、って言っちゃうんじゃなくてさ。
4週間あれば、次の記録も出るだろうし、
それまでのあいだをつないじゃうっていうの、どう?
それを聞いて、Yは苦笑いしていたが
何も答えなかった。
そして、Yはそういうズルをするのも忘れて、いとも素直に
209回でしたぁ、とうれしそうに報告しちゃったのだった(笑)。
今の方針から言うと、とりあえずレギュラーにはなれそうだ。
・・・・リフティングの成果で選んじゃっていいんかいなぁ。
サッカー的にそれはどうなんだろう? という疑問は残る。
各自のプレーを考えて、スタメンが決まるってことはないのかねぇ、
このチームは。
なんか思考停止みたいで、よくわかんないや。
次の課題は、左のみで10回。
・・・・と言われたその日のうちに、
彼女は飽きず球をつき、15回までいった。
翌日、その大会予選の第2戦。
左で15回できた! と報告して
次の目標は20回になった。
その試合は、
多分今まで見てきた中で、
Yが一番能動的にサッカーをやっている瞬間だった、と思う。
前の週と比べて、自分に自信があるのが目に見えた。
自信があるから、声もよく出る。
CBで状況も見えるからだろう、
相手何番をマークして、という類の指示の声、
今のよかったよ、などのほめる声、
ドンマイ、みたいな励ます声、
あー、XXちゃんごめん、みたいなあやまる声、
ずいぶんいろんな種類の声が、Yから聞こえてきたのだった。
確かに、FCT4では
結構まわりを動かす声を出していたゲームもあったが、
ピッチの中であんなに表現豊かなYを見たのは
初めてだったのだ。
そして、圧巻は左足。
とっさのクリアに、これまで使わなかった左足が出るようになった。
前日夜の、左足リフティング練習が
即、効果となって現れたのだ。
足かせとなっていたリフティング回数では
一応文句を言わせないだけの実績を上げたぞ、という
自負みたいなものが、バックグランドになっているのだろう。
そして、やっただけのことは
試合で出てくるのだ、ということも飲み込めたに違いない。
この日、彼女は自分のポジションで自分なりに、
よく頑張っていたと思うし、
それがチーム・メートにも伝わっていきそうな感じ、
各自のあいだで、いい声が出てきそうな予感も
しないではないのだった。
試合の結果は0−0の引き分け。
得失点差で2位ヌケとなり、次のステージへ進む。
夜、Yに聞いてみた。
母: ずい分、声が出てたよねぇ、今日の試合。
Y: あんなもんだよ。
母: そう? 男子の中ではそうかもしれないけど、
AZMでは声出てなかったじゃん。
Y: 6年生がいたからかな。
母: いなくなったら、変わった?
Y: うん、自分も高学年になったんだな、って気がするよ。
母: へー、そんなもんかねー。
それと、自信だよね、と思ったけれど
それは言わないでおいた。
・・・・自分で掴んでほしいから。
そして、その試合の後も
ダンナさんのフットサルに付き合わされたY、
引き続き練習を重ねて、左で27回までいったそうだ。
今日も、放課後帰ってきたら練習する、と言って出ていった。
なんだか、ハマったみたいだ。
こうなると、本格的に親の出番はなくなってくる。
時期が、あるのかなと思う。
判るようになる時期、
面白くなる時期、
停滞する時期、
逃げたくなる時期・・・・
そういうアップ/ダウンを重ねながら
コドモは大きくなっていくんだよね。
その成長を間近で見ていられるのは、
親としての特権、かな?
これからの2年間、また上がったり下がったりしながら
Yのサッカーは進んでいくのだろう。
行けるところまで、行ったらいいよ。
そばで見ていてあげるから。
ちなみに、その試合、
そばで観ましたよ。
第4の審判として。
・・・・あれは、他のお母さん達と一緒に
キャーキャー言いながら観たかったなぁ・・・・。
2004/1/26(月) アマと握手
先週の金曜、「アマラオ・リアル・フィギュア」が届いた。
注文したことは
ダンナさんには黙っていた。
注文があってもアマに見返りがあるわけでなし、
フロントの商売的ツボにわざわざハマるようで
抵抗感があった。
自分のフトコロの問題もある。
ただ、オフィシャルにあった
そのフィギュアの制作工程を見て、気が変わった。
約1年がかりでフロントが遂行してきた
彼のリストラ・プロジェクトの、
これはもしかすると最も痛々しい部分かもしれない、
そんな気がしてしまったのだ。
自分を必要としない、と言いつつ
自分で商売をするフロントのオーダーに応えて、
実際にはない勝利を得たポーズを
長い時間かけてトレースさせるのに協力したのか、
と思ったら、辛くなった。
けれども、彼は「勝利した」と言い切った。
忘れてはいけないものを忘れないために、
オーダー・フォームを埋めていった。
金曜日の朝に、それは届いた。
起き抜けでまだボーッとしているダンナさんに、
実は渡していなかった去年のクリスマス・プレゼントだ、
と行って手渡した。
それまで
アマ・フィギュアの腕が折れて配達されてきた、とか
ソレ用のガラス・ケースを買わなくちゃ、とか
ネット上で話題になっていたことは
すべて他人事だと思っていたダンナさんは、
あわてて箱を開けた。
アマの胴体がまっぷたつ、なんて縁起でもない!
・・・・ウチのは無傷だった。
で、想像していたよりデカかった。
確かに、置き場に困る。
とりあえず、出勤しなくてはならないので
アマとダンナさんを残して、家を出た。
仕事から帰って来て、子供たちをばーばのところから引き揚げる。
部屋に入ると、アマラオ・フィギュアはそのまま
テーブルの上に置かれていた。
子供たちがわーっと寄っていく。
K: これ、どうしたの?
母: 頼んであったのが届いたんだよ。
Y: よくできてるねー。
ちょっと色(ペイント)がはみ出してるけど。
母: (んー、確かに。ゲイジュツカはチェック厳しいね。)
フィギュアの取り扱い、という文化のない家庭なので
子供たちは遠慮なくぺたぺたと(洗ってもない手で)触りまくるのだった。
そのうち、
K: (アマと手をつなぎながら)いーねー、これー。
・・・・取り急ぎ、
青赤グラスとか阪神優勝記念ボトル・ウィスキー(1985)とかが
入っているガラス戸棚から不要物を取り出して、
ひとまず格納場所を作った。
せっかく無傷で届いたのに、
Kの握手で折れたらシャレにならんもん!
大好きな東京だけれど、
いつかはきっと分岐点が来る。
認めたくなかったけれど、
すこーし時間が経って、すこーしだけ飲み込めるようになってきた。
その、自分とFC東京というプロ・チームとのあいだの
分かれ道へ至る道筋は、
きっとここから始まっているのだろう。
その一点を、アマ・フィギュアは示しているのだ。
・・・・そんなふうに、思えて仕方ない。
そのアマが、帰って来た。
飯野さんではない通訳氏が出迎えた写真が出ていた。
いろんな意味で、今は
リーグ開幕が楽しみだ。
2004/1/27(火) ライバルめっかった?
火曜日は、Yが絵の教室に行く日だ。
彼女の持つ身体能力的な素養やサッカーに対する意欲と
彼女の持つその他、天賦の「モチモノ」とを
秤にかけてみたら、
絶対に「その他」の方が重い、と親達は思っている。
それ程に、彼女の身体能力は貧弱であり、
サッカーだって、たまたまこーゆー親に育てられているから
こんなことになっているだけで、
Yの中にはそれ以外の必然性はない。
それでも環境が育てる部分というものがあって、
それだけで、ここまで来ているのだ。
ただ、正直なところ、
Yは別のコトに進んだ方がよかろう、とは思っている。
それは、将来の進路とか、そういう中期的な意味で。
だから、美術館に行ったり、映画を見せたり、モノを造らせたり
なんかそんなような刺激をもっともっと与えるべきなのだ、
本当なら。
親のフットサルとかに連れ歩くんではなしに(笑)。
というわけで、せめてもの軌道修正として、
彼女は絵の教室に通っている。
出がけに、Yはポツリと言った。
「今日は、リフティングの練習ができないなぁ・・・・」
ほんの2ヶ月くらい前までは
絵を描きに行くから練習はできない、と
練習しない口実になっていたのにねぇ。
へー。
現在の課題は左足リフティングだが、
土曜日に15回、日曜日に27回、月曜日に37回、
と毎日やるごとに回数は伸びている。
だから、
1日のブランクで、その伸びが止まったり後退したりするのが
イヤなのだろう。
夜になって、またYはポツリと言った。
「いりんちゃんは、今何回なのかなー。
いりんちゃんを、抜いてやるー!」
へー、そんなふうに思うんだ?
よく男子に対しては「誰々を抜いてやるー!」みたいなコトを
言うけれど、女の子に対しては初めて聞いたなぁ。
いりんは明るくて動じないタイプの、コドモらしい子だ。
運動神経ではYなんて及びもつかないくらい恵まれているが、
やや小柄で、ちょこまかちょこまかよく走る。
Yが一方的にライバル心を持ったとしても、
それで相手が気にするようなタイプではない。
もともとそんなに繊細なのはFCT4の女子にはいないのだけれど、
約1年前に遅れて入部してきたいりんとの距離が
最近になってやっと近くなったんじゃないのかな。
それで、「抜いてやるー!」って思える関係になれたのかなー、と。
何はともあれ、そういう競り合う相手がいると
どんどん進んで行っちゃうよね。
そういうモチベーションのベクトルもあったんだー、と
ふと思ったのだった。
絵を描くのにも、体力は要るよね。
今は、強い体と折れないハートを鍛えながら、
本当に自分が描きたいもの、造りたいものが見えてくるまで
準備している時期なのだ、と思おう。
・・・・ホントにすまんね、こういう親で。
2004/1/28(水) 力関係
KもKなりに、実力をハカリにかけながら
やってるわけなのね、と思った話。
このところ体育はサッカー。
2年生は、Kの担任TKY先生の指導のもと、
初めはドリブル練習と1:1から入ったようだった。
そして、水曜日。
この日の体育は、4:4のミニゲーム。
小さなコート4面を狭い校庭に引いて
コーン2対のゴールでゲームをやったらしい。
Kは嬉しそうに、2点取ったんだよ、と報告した。
母: へー、すごいじゃん。どんなシュートだったの?
K: えーと、これがコートだとすると、ここにXXがいて、
これがKで・・・・(と宙に図を描き始める)
母: 待った。全然わからないよ・・・・。
紙に描いてよ。
K: うん、わかった。
この人は、自分の子だけれど、自分の血はひいてない、と思った。
なぜかというと、
自分の得点となったシュートに至るまで、
ボールがイン・プレーになったところからの展開を
全て覚えていて図が描けるのだ。
・・・・あいにく、自分にはその能力はない。
自分の出ているゲームの展開を記憶している能力が皆無なのだ(笑)。
これは、昔っからそうだった。
バスケットボール時代も、ハーフ・タイムなんかに
あそこで相手の何番がこう来てこうしてこうなった時、
誰それはこういうディフェンスでついていて、
それでこうかわされて、こうなって攻め込まれたけど、
あそこは誰がこうしないと防げない、
次からはそうやって、それでも抜かれたときのカバーは
誰それで、こうする、みたいな話が
実はちんぷんかんぷんだったのだ(苦笑)。
なさけなー。
簡単に言うと、局面を覚えていることができないのだ。
時系列×空間、みたいな記憶の仕方ができないのだ。
高校時代から黙っていたけれど、
これは致命的だ、と自分でも気がついていた。
けれど、Kは違う。
若干小2なのに、あの人は覚えていられるのだ。
イン・プレーになった地点、
例えばスローインから始まって、
自分はここでパスをこっちにいる誰からもらって、
そうしたら相手チームの誰それが、こう寄って来て
でもそのまえに、ドリブルでこっちに出て、
それで味方の誰それがこう走ってきたから、
ディフェンスの誰々と誰々のあいだをこうパスを通して
(おぉ、パスをすることも、あるんだ!)
それを誰それがこう持っていって、でまたKにこうパスをもらって、
それで蹴ったら、誰々の側のこのあたりを通って
こういう角度でシュートが入った、
みたいなコトを、
延々と図を描きながらしゃべってくれる。
それだけは、分けて欲しいような才能だ。
そして、そのKの説明からいくと
相変わらずKはドリブルを多用していた。
母: ドリブル、好きなの?
K: ・・・・うん。相手が弱いから、抜けるんだ。
サッカー部だったら、すぐ取られちゃうもん。
母: そっか(苦笑)・・・・。
相手がシロウトさんなのを見越して
強気に出たってわけだ。
それと、
サッカー部だと人数が多くて団子になりやすいけれど
4対4では、そこまでにはなりようもない。
たまたまかもしれないけれど、
この少人数でのミニ・ゲームって
確かに育成的に意味がある。
ボールに触るチャンスは多分むちゃむちゃ多いだろうからね。
ずいぶんイロイロ感じてるんだねぇ。
見た目より、案外中身が高度なのね、と思って
その話はちょっとオモシロかった。
Kは、点の取れるフォワードになるんだろうか。
「弱きをくじく」ようなヤツだけど?
2004/1/30(金) まだ、だめだ・・・・。
スカイ・ブルーに「12」。
アマはどこへ行ってもアマだけど、
やっぱ、まだダメだ。
涙腺の故障は、まだ直ってなかった。
慣れなくちゃ。
前に進むんだから。
感傷に流されてたらいけない。
・・・・そうは思っても、まだ
どうにもいかんな。
好きな人に、他に彼女ができちゃったようなカンジかな。
そんなハートブレイクな気分は、一体なんなんだろう。
・・・・。
あれ。
よく考えたら、そんな目に遭ったこと、ないな。
早くにケッコンしちゃったもんな。
・・・・じゃぁ、初失恋だ、このトシで(笑)。
2004/1/31(土) いるとこにゃ、いる。
ママさんサッカー人口、ってのがさ。
春に大会がある。
一応、都大会、と呼んでいいんだと思う。
別にこれに勝ったからといって全国につながるようなモノではなく、
敷居を低くして、参加しやすい形にして
普段、バラバラにやってるチーム同士、一堂に集まって
対戦しましょう、みたいな大会のようだ。
地元のリーグ7チーム中、
今季から加入した1チームは
リーグ外の別のところと手を組んで出ることになった。
残る6チームからの参加希望者が40名近くも集まったので、
半分に分けて2チーム出すことにした。
それで、抽選会があったので行ってきた。
出てきている代表の人を見ただけで
強そうなトコもある(笑)。
こちらは若手2名と一緒に、ヘラヘラして行ったので
まるでシロウト丸出しなんだが、
マジでサッカーやってる女の人達ってぇのは、いるもんなんだなぁ。
これは3月の話。
実際に対戦してみたら、どんなことになりますやら。
またレポートします。
・・・・つうか、ボッコボコにやられちゃうんかな(震)。