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2003/12/2(火) 教えるってコト

 
 
 
「リフティング、やれって言うじゃん?
 あれって、練習日以外にも自分でボールを触りなさい、
 ってことなんだよねぇ。そこを評価する、と。
 でもさぁ、なかなか出来るようにならない子にとって
 きつくない?」



そんな話をJJちゃんに振ってみた。
しばらく前のことだ。


JJちゃんはサッカー仲間だけど、
彼女の長女は、昨年度のAZMを引っ張ってくれた
たった2人の6年生(当時)の片方、
次女は今3年生で、AZMのチビコとして在籍している。
なので、この話題については
AZMの保護者同士の会話、ということになる。



彼女の解説はこんなカンジ。

AKコーチが言うには、
リフティングは誰にでもできるモノなんだよ。
やれば誰でもできる、って。

足が速いとか、高く跳べるとか、フィジカルが強いとか、
そういう事には個人差があって、
努力ではどうにもならないモノだけれど、
練習に出てくるとか、リフティングをやるとか、は
努力すればできることでしょ。
そういう努力を評価する、って意味なんだよ。





ふーん、そーなのかぁ。
でも、やれば誰でもできる、みたいなキボーを
ムスメたちが持ってるような気がしないんだよなぁ。

ちゃんと、子供たちに伝えているのかな?
ふとそう思って、聞いてみる。




すると「これまでに何度も説明してます」とのことだ。
うーん、説明しても、分かってるかどうかはギモンだよね。
「理解度の差は感じます」
だよねー。





でもさ、
ボールが1個、目の前にあって
それで今日は何をしよう? ってのは
もう、その一人一人がどう考えてどう感じてどうするか、
ってことにかかってるわけだからねー。

道筋と、実力発揮の場面だけは
既に示されているわけだから。
あとは、子供がどうするか、ってことだとは思う。
大人の与える評価なんか、実は二の次でいいのだ。








その上で、敢えて言うが、
うまい指導者は、きっと
子供をおもしろがらせる術を知っているのだと思う。
でもそれは、誰にでも簡単にできることではないのだろう。

そういう、子供のアテンションを引く、モチベーションを上げる技術は
でも、伝授はある程度可能なんじゃないだろうか。


TVでひげウッチーのサッカー教室を見ていて、そう思った。
・・・・短い時間で、あれだけ子供が変わるのを見ると、
教える技術、というのはあなどれないな、と思う。

でも、あれを見ることで
いろんなことに気づかされた指導者もいるんじゃないかと思う。

なんとかキングJセカンド、そういや今日だよね。火曜日の放送。
あのコーナーだけは、バカにできない。




んにゃ、別に誰のことも批判してないよ。
念のため。

でも、そういうことなんだなぁ、と思ったんだよ。
例えば、自分が子供たちに英語を教えるとき、
教える場所があって、教えるツールがあって、
教わりに来ている子供たちがいて、
それで成り立ってはいるんだよ。
成り立っているけれど、習熟度、ってことになると
教える技術でムチャムチャ差がつくんだよなぁ。



昨日、TKY先生の個人面談があった。
Kのクラスでの様子を聞いた。
「スカウティングが上手い」とは聞かされていたけれど
確かに、子供たちをよく見ている。
そして、彼らに考えさせるところはサッカー指導と同じだな、と思った。

「Kちゃんがノッて授業に取り組むのはこんな時」と説明してくれる。
そのノリを、伸ばしてくれているのだな、とも感じる。



いい担任ですよ。
でもサッカーの話は一切できませんでした(笑)。





コドモ達と一緒に何かをやるのは楽しい。
自分も、コドモ達からたくさんのものをもらっている。
教えながら、こっちも育てられていく。
これは、本当におもしろい。苦しいときもあるけれど。





このところ、あと数ヶ月で終わる先生生活を
いとおしく感じたりもする。











2003/12/6(土) 妖怪、蹴りたがる


 
 
いったい何年ぶりだったんだろう?
妖怪コーチに再会した。




妖怪コーチは、
高校時代にバスケットボールの面倒を見てくれた人だ。
同じ高校の卒業生であるのは知っていたが、
何代前の先輩か、なんてことは気にしたこともなかった。
ヨーカイだから、
多分800才位だろう、てな認識しかなかった(笑)。



今回、初めてヨーカイにも人並みの年令があることを知った。
体育館で自分らと競り合っていた頃の妖怪コーチは
ちょうど今の自分と同じくらいの年だったらしい。

・・・・今、高校生とタメ張ってプレーする気にはならんな。
よくまぁ、やってくれてたんだな、と
改めて感謝。多謝。


だって、コーチが卒業した年に
まだ自分は生まれてもいなかったんだもの。
全然頭はあがらないんだが、
「お互い古びたけど、かわんないネー!」が
再会を喜ぶ自分の第1声だった。





ちょっとした話し合いを要するデキゴトがあって
各代の代表と歴代のコーチが急きょ集まった。

自分はKと出かける用があり
その出先からこのバスケ部OGの会合に回ったが
会自体はもう終わる時間だった。

ただ、次にY&Kのサッカー部の会議もあって
すぐに帰って来なくてはならなかったりして
ほんの少し、立ち話をしただけだった。



・・・・にしても、妖怪の声は
耳に覚えが厚く、半世紀近くそのクラブに関わっている人とは
思えないほど若々しく、愛嬌があり、深みがある。
久しぶりに帰省して親に会うと、こんな気分になるのかな?



遊びに行こうかな。ハナシ足りないから。
・・・・と言ったら、こう返された。

それよりさ、アンタのサッカーの試合に呼んでよ。
今一番やりたいスポーツはサッカーなんだから。



う・・・・。
リーグ戦なんかに呼んだら、
いきなり「自分も出せ!」って言いそうだ(苦笑)。
コワイから、まずはリーグの合同練習に呼んであげるかな。








でも、ほんとに感謝してるのよ。
アナタに教わったことが、結局のところ
今日の自分のタマケリの基礎になっているのは間違いない。

基本的な技術の一つ一つ、
勝負事の何たるか、
チームワークということ、
そして、各自の個性を殺さないチーム作り・・・・

言い尽くせないほど世話にはなっているが、
もしかすると今また、タマケリ仲間として
お付き合いが始まるかもしれない、というその事だけでも
自分はケッコウ笑っちゃうのだ。



・・・・やっぱ、妖怪だわ、こん人は。
そのトシで、サッカーやりたいって、あーた・・・・

でも、すぐ上手くなりそうだから、コワい。
させてみたい気が、すごーくする!!!!

四半世紀後の自分が、
どこまでできるのか、の指標となるかもしれない。

そして、それよりもなによりも、
また彼女と一緒に何かできるかもしれない、ということが
素直に楽しみなのだ。






そして、妖怪コーチからもらったものが
どんなに今の自分を支えているか、
少しばかり見せたい気がするんだ。



せめてもの恩返し・・・・になるかな?









2003/12/7(日) 紅一点

 
 
 
某NPO主催のサッカー・クリニックには、ちゃぁんと
「少年少女」とうたってあった。

たまたまHPで見かけて、興味半分で申し込んだ。
その後、Yは公式戦と重なってしまい辞退。
Kだけ連れて、行ってきた。





受付で、まず名前と学年を聞かれる。
おねーさんが開いた2年生のリストを見ると、
「男、男、男、男、、、、」と並んでいる中に
ポツンと「女」と書かれていた。

おねーさん: ポジションは?
母&K: (顔を見合わせて)えーっと・・・・(まだないんだなぁ、Kは控えだから。)
おねーさん: やりたいところで、いいですよ。
K: (おずおずと)まえのほう。
母: じゃ、FWってことで。

・・・・後で分かるが、
別にDF/MF/FWに分けてどう、ってことではなかった。
ただGKだけは、途中まで学年グループから離れて
GKコーチと一緒にトレーニングしていたので、
そのためのリサーチだったのだろう。



ちったぁいるかと思ったけど、
取りあえず2年生で女の子はアンタ1人だよ。

Kはホッペタをふくらませるマネはしたが、
多分、ちっとも気にはしてない。
どっちみち、1人として知ってる子のいないトコロに
放り込まれちゃうのだ。
男でも女でも、どーってことない。

母としては「男の子に遠慮しないで、ドンドン行きな!」と
送り出す。


これも後で分かったが、
結局1〜6年合計で100名以上来てた参加者の中で
女子はK一人きりだった。
でも、一番気にしてないのはやっぱり、本人だったんじゃなかろうか。




2年ボーズは16人。
テーマは「サッカーを楽しむこと。」

アップ〜ドリブル練習の後、8対8のミニゲーム。
途中、スピード・ガンでの計測がはさまる。


この計測以外は
ほどほどの広さ(狭さ)の芝の上だった。
芝マニアKとしては、これは満足だったのでは。


・・・・いやー、芝はやっぱいいよ。
転んでもケガしないし。

でも、何人かスライディングするヤツがいたな。
同じチームから来てる子達だった。
ヨソのことはどーでもいいんだけど、
インサイド・キックの前にそれを教えてどうなんだろう、
って気はするな。





普段、たいしてKが出るわけでもない試合の時にしか
Kのサッカーには付き合ってやってないが、
知らないうちにできるようになっている事があって驚く。

短い距離だが、コーンを数個置いて
ジグザグ・ドリブルのリレーをやる。
コーチが「利き足だけを使おうね」と言う。

Kが案外いろいろな触り方をするので、びっくりした。
多分Yが2年生の時よりは、足首を柔らかく使えてると思う。
無駄なくコーンをすり抜けて行くのを見て
ちょっと感動した。

・・・・いかんな。
練習も見に行ってやんないと。
彼女のHRコーチの一件にしても
試合の時だけでなくて、普段の練習も見て判断しないと。
感動と同時に、ちょいと反省もさせられた。




更に感動したのはスピード・ガン。
PK程の距離はなかったのではないか、と思うが
指定の位置からミニ・ゴールめがけてシュートする。

ゴール中央の外側に、箱形の計測器が置いてある。
何km/h の表示がスグ表示されるアレだ。


2年生の順番になって、
ミニ・ゲームをしばし中断して計りに行く。
蹴れてる男の子で60ぐらい。
40台が平均ぽかった。

見てると、PKの練習をしてる/してないが一目瞭然だ。
やってる子は、斜めから助走を取る。
腕を回すところとか、形として要件を満たしているのだが、
これも教えないとそうはできないコトだ。

練習してる子もいるが、してない子もいる。
ミョーに長い助走の子、
角度をつけずに、まっすぐ前に走ってくる子、
反対に助走も取らずに、いきなり蹴る子。
イン・ステップにきれいに当たる子はほとんどいなくて
大体がトゥ・キックっぽいかんじだ。
枠をはずす、なんてことだってある。
これぞ、「あぁ、低学年!」な光景だ(笑)。

Kはこれまた意外にきれいなインサイド・キックで蹴った。
角度のない助走を少しとって、
ていねいに当てた。
39km/h しか出なくて2年生の中ではケツ2だったが、
Kの蹴ったボールは、ゴールど真ん中にコロコロッと転がっていき
計測器を直撃した。
コーチに「おー、ナイス・キックだ!」と言ってもらって
Kもニコニコしていた。




あとはひたすらミニ・ゲーム。
「まえのほう」と言っていたKだが、
コートが狭いので
前から後ろまで、ボールを追っかけて
まぁまぁよく走り回っていたと思う。




以下、本人が後でしてくれた話。

ふとしたことでKがボールを持った瞬間、
味方で一番よくシュートを狙って得点を上げていたちょっと目立つ男の子が
ボールを呼んでこう叫んだ。
「ヘイ、女!」



「ヘイ、彼女!」ではありません、念のため。
以来、Kは「女」と呼ばれることになってしまった(苦笑)。


目の前の相手が蹴ったシュート性のボールを
Kがヒザに当ててブロックした。
それを(たまたまだが)味方が拾ってくれて前線にパス。
カウンター攻撃になった後には、
「女が取ったボールを、オレがチャンスにしてやったぜ!」
とアシスト君に言われたそうだ。
・・・・カンペキにあだ名として活用されてる・・・・(笑)。





Kがそんなことになっているとはツユ知らず、
少し離れたところで見ているうちに
隣で見ているお母さんと雑談を始める。
仮にK太郎のママ、としよう。


K太郎は(東京ではない)某チームのスクールでサッカーをしている。
そこのスクールでも
ポジションなんてものはないそうで、
受付で聞かれてやっぱり困惑したクチだ。

でも、見てると真ん中へんから前の子だ。
話しながら見てる短時間に、2本もシュートを決めていた。

Kではない方のチームが
コーナー近くからのキック・イン。
ゴール前では、チャンスを迎えたK太郎を
Kが腕で押していた(苦笑)。

えっと、腕を伸ばして通せんぼするみたいにして
K太郎の前に背を向けて立って、
動こうとする彼を伸ばした腕でブロックしていた、と言えば分かるかな?


後でKに、「あんた、K太郎くんを腕で押してたよね」とツッコんだら、
K曰く「あれは、マーク。あの子がよく撃つからマークしてた」とのこと。

・・・・まぁ、なんでもいいや。
ファールを取られても、それで学んでちょうだい、ってカンジだし。
自分で彼を危険人物と感じて抑えていたのだったら(つもりだけでも)
自分で考えてるわけだから。
いいよいいよ。どんどん行きなさい! 


・・・・でもK太郎ママには一応
「すいません、ウチの娘、手で押してますね」と一言(苦笑)。






彼女とも言っていたのだけれど、
チームを離れて、自分一人で知らない子達の中に飛び込むのって、
それはそれで結構おもしろい機会だと思う。

特にウチなんかは、
「国際語」としてのエーゴなんか話せなくたって
サッカーがちょっとできて、ちょっと知ってて、
あとは歌が歌えて踊れたら、どこへ行っても友達はスグできる!
・・・・という家庭。
いつものチーム・メイトとしか思うようにプレーできないようでは
ウチの子としてはお話にならない。


結構いいトレーニングになったと思うんだよね、そういう意味で。
Kは「女」呼ばわりにもめげずに
それなりに自分を発揮できてたんじゃないのかな。
なにか一つ、自信をつけたようなカンジがした。









K太郎とK太郎ママには、
Aスタでの再会を約束して別れた。
・・・・青赤の人達、なにげに多かったよ。



次回はぜひ、Yも連れて行ってやりたいな。
彼女だったら、どうするのかねー。
それを見てみたくて。










2003/12/8(月) 妖怪に指名される


 
 
簡単に言うと、
高校のバスケットボール部OG会が
創立ン十周年だとか、新しい体育館が落成したとか
そういう節目の時だから
なんか動こうよ、ってことになっているのだ。




先週土曜日の、その会合はでも、
別にきちんとしたOG会の企画委員会みたいなもんでもなんでもなくて、
慣れない大先輩の方が当てずっぽうに声をかけ回って
たまたま来ることができた人達の集まりだった。
妖怪コーチに再会できただけでも、自分は楽しかったが
本題はそういうことではない。



なんかモメてもいるようだった。
ようわからん。
・・・・そりゃそうか。会議室の借用が終わる頃になって飛び込んでも、ねぇ。
それは、チコクした自分が悪い。


ただ、その会合の早い時間からちゃんと出席していた
N子先輩の話では
「アタマから出てても、なんかよく分からなかった」とのこと。





だから、何が問題で
何をモメていて
でも、みんなで何処へ向かって行かなくてはならないのか、
整理しなくては、という感想は持っていた。




同じ思いのN子先輩(自分の1つ上の代の副部長だった)と
N子先輩から聞いて忙しいのに駆けつけたM子先輩(同、部長)が
妖怪コーチとその後、何度も何度も電話で話して
今後の対応について議論を重ねていたらしい。

・・・・自分は、Kをサッカー・クリニックに連れて行ったり、
高校時代も時々愛用したピザの食べ放題でランチしたり、
職場の関係で音楽劇の公演を観に行ったり、
夜は吉原界隈で友人達と遊んだりしていた間に、だ(笑)。




申し訳ない。
そもそもは、自分が近所に住んでるN子先輩に話を回したから
彼女たちが巻き込まれているのだ。
すまんすまん。でも、
多分、彼女たちが動かなくては、何も解決に向かわないような気がする。
妖怪コーチのあしらい方を知っている、という意味で、だ。



でも、その一方で妖怪コーチは
自分が長年やってきたことが、間違ってはいなかった、という
確信を持っちゃったみたい、と
N子先輩が言う。

我々の顔を見て、自分とサッカーの話なんかもして、
高校の部活、というほんの2〜3年のことなのに
当時を思い出して
これだけ人が来て手助けをしようとしている、
というその事実に、素直に感動しちゃったのだろう。



すっかりヤル気の妖怪コーチは、
土曜日に集まった人々をもう一度呼び集めて、
今度は先に進むための話し合いをしたい、と言い出したのだそうだ。

その日程を決めるにあたっては、
M子&N子両先輩方と自分(筆者)が揃って都合のよい日にしろ、
という指令が下った・・・・のだそうだ。



「アナタもしっかり含まれてるのよん!」とN子先輩に言われた。
はいはい。しょうがないッスね。
行きますよ、行きます。行けばいいんでしょー。





思い出したよ。
ワタシら、いつもこんなカンジで
妖怪コーチに振り回されていたんだっけ。
まーたコレかよ、と正直思う。





どっちかって言うと、今の自分のサッカー部SFMのコトを
ちゃんとしないといけないんだけど、
どうやら同時並行して関わらなくてはならなくなっちゃったみたいだ。
・・・・ちょっと気が重いけど
それもこれもしょうがない。


なにせ相手はヨーカイだから、逃げられないのだ(笑)。
先輩方にはすまないけれど、
ご一緒さしてもらお〜っと。


1人でヨーカイを背負って歩くワケじゃないから。
・・・・と自分に言い聞かせたりもするのだった。











2003/12/15(月) はー、くたびれた・・・・。




天皇杯3回戦 vs. Honda FC @ 味の素スタジアム




青赤のアマの勇姿を
ホーム・Aスタで見ることができるのは
これが最後・・・・


という意味では
ほぼMaxに近いくらい長く、彼を見ていられたとも言えるから
よかったのかもしれない。
・・・・うーん。
よかった?・・・・よかったねぇ・・・・よかったのか?




それでも、負けるとは思っていなかった。
いなかったけど、
相手を甘く見るのだけは、頼むからやめてくれ。
いつからそんなにゴーマンになったんだ?
ナントカ代表に呼ばれる選手を
コンスタントに出すようになってからじゃないか?




フジ以外の昨日のバックは
全員アタマを丸めて魂を入れ替えて出直して来い。
石川はスネないで黙々と働け。
宮沢、ミスの少ないファイター系ボランチととっかえちゃうぞ。
今のうちにいいトコ見せておかないと
先がない位の危機感で戦ってくれ。
ついでに、入団前だから強くは言わんが
天狗になったら応戦しないぞ。>M島





昨日は「勝ったけどくたびれた」だったが
1夜明けたら、勝ったのにムシャクシャするな。


G裏のコールもなんだか善人系だったな。
毒がないほうが一般ウケはするだろうけど、
自分トコの選手に対してはもっと厳しくてもよかないか?
特にあーいう内容の試合では。
PK戦で落としてたかもしれないなんてー展開に
満足しとるんなら別だが、
90分で決められなかった事については
やっぱブーイングだ。
アマがこうべを垂れようと、
勝ってよかったねー、などと受け容れてはいけない。


あんなんで元旦を狙わなきゃならないなんて
情けなさすぎる!!
つうか、手前で負けちゃいそうじゃんかーっ!!




ぜい、ぜい、ぜい・・・・。


このヘボいチームが
でも、勝ち上がってこそ天皇杯はおもしろい!
強いチームが勝ったら当たり前だもんね。
その楽しみのために、ウチはヘボいのだと思おう。
・・・・うーん。
思う? 思える? 思わなきゃ。 思うしかない・・・・。






はー、1日経っても疲れが取れない。
(あ、年のせいか、回復遅いのは。)









2003/12/17(水) ひどい目

 
 
 
・・・・にあっている、ここんとこ。



先週、寡黙だったのは
どうも腹具合がおかしかったからだ。



火曜の朝に食べたソーセージに当たったのかと
初めは思っていた。

1本ずつ食べて出ていった子供らは無事で、
彼らの食べ残しと自分らの分と合わせて3本ずつを食べた
ダンナさんと自分は、数時間後から調子がおかしくなった。

自分に至っては
通勤途上の地下鉄の中で急に変調をきたし、
立っているのも辛くてホームで休んだりした。
別に何が出てきてしまうでもなく、キレイなもんだが
とにかく胃の調子が猛烈におかしかったのだ。

職場でも使い物にならず、早退することにした。
ダンナさんにS.O.S.のメールを書いたら
「オレもだ」と携帯に電話が入った。

そうなると気になるのは子供たちだが
彼らは全然元気で、ちっとも普段と変わることはないと言う。
・・・・そこが、ソーセージ1本と3本の違いなのか? 
とその時は思っていた。


仕事は休み休み、必要最小限度をこなした。
コトの真相?を知ったのは、木曜日になってからだ。


その、日曜に一緒に遊んだ後、集まった友人とその家族のうち
12人で帰宅前のお茶をした。
うち、なんと9人がお腹の不調でへばっていたのだ。
持ち直した友人の1人が電話をかけてきて判明した。
火曜日のソーセージは、晴れて無罪となった。



・・・・にしても、ウチの子供らは
へばらなかった3人に入っている。
どっちにしろ、彼らはウィルスに勝てるくらいに
体力があるらしかったのだった。


・・・・しかし、感染はしたものの
「お腹、なんかヘンだよねー」で済んでしまっている我々も
それなりに体力があるのかもしれない。
そこまでは、どうにか乗り切れた。





次の週末は、各自普通にサッカー的日程をこなした。
天皇杯はダンナさんと二人で観に行くことにした。
子供らは、彼らのサッカー部でクリスマス会をやるので
ムリに連れ出すこともないか、と判断した。



これは、裏目だったかもしれない。
クリスマス会の会場、体育館が寒くて冷え、
オマケにインフルエンザなんかで欠席している子もちらほらいたとかで、
既にしっかりもらって来ていたようだ。

日曜の夜から、Yが熱を出した。
インフルエンザ上陸だ。

主治医が気を回して、Kの分まで薬を処方してくれた。
(今のところ、Kはピンピンしているが。)


Yの発熱で、今週もまた休み休みだ。
こんなんで務まっているんだろうか・・・・我ながら疑問だ。
いや、務まってないんだろうな、多分(苦笑)。





コワイのは、これから大人も発熱しちゃうこと。
ここでくい止められるんだろうか・・・・。

眼前の敵が明らかになったことで、
かえって闘争心を燃やしている人(=ダンナさん)もいるが、
相手はウィルスだもんねぇ・・・・。どうなんだろう。
やられずに済むんだろうか、ワクチンも受けてなくて。

先週のように、かかっても
大したことなく済んでしまってくれるとよいのだけれど。
妙に健康に気遣うようになって、
ウガイや手洗いに専心している。









・・・・なぜって・・・・。



美味しいうどんを食べたいんだもの!










2003/12/20(土) 雪見饂飩




・・・・はあきらめました。


発熱後二日目に検査を受けて、
一応インフルエンザではないことが判明。
あんなにYと一緒に居た割には
別の風邪だった模様。

何がなんだかよく分からんけど、とにかく
各種の風邪が出回っているらしいから、
皆さんもよくよく気をつけて下さい。





熱が出た時点で、
モラル的にインフルエンザ・ウィルスをばらまいちゃいけない、
という意味で、丸亀行きはあきらめました。


その後、タダの熱の出る風邪だということになっても
調子が悪いことにはかわりがないので、
どっちみち行けなかった。


・・・・オマケに、雪&極寒となれば・・・・。
やっぱ、ダメだわ、体力的に。





元旦まで全部一緒に、と思っていたのだけれど
今日だけはあきらめます。

丸亀を目指している皆さんの
晴れ晴れしい帰路を祈りつつ。



・・・・つーか、間に合って到着できますように! 









2003/12/20(土) 液晶だけが明るい、

 
 
 

真っ暗な部屋で書いてます。
森の中に夕日が沈んでいった名残がまだかすかに残っていて、
南西の空に一番星が光っている。
一番好きな空の色、昼と夜の境目だけれど
気分は真っ暗なままで、
夕闇と一緒に沈んでいきそうな勢いです。








用を足しにやっとの思いで外出し、
帰る車の中で、ダンナさんからの電話が入った。
後部座席で携帯を持たされていたKが、どうにか通話ボタンを押す。


「前半37分に、電車がナニ????」
と訳の分からないことをKが繰り返す。
ダンナさんも別の言い方をすりゃぁいいものを(苦笑)。
押し問答の末、Kが「よくききとれないよー」と
サジを投げそうになったところで、
たまたま踏切につっかえる。

Kから携帯を取り返して聞けば
ぜんぜん「電車」じゃないじゃんか。
「先制」されていたのだった。




いや、まだ53分はある。
急いで家に帰り着き、飛んでダンナさんのPC前に座る。

TVの画面は鹿島が2点のビハインドを返していく様子を映している。
こちらはネットで見ることの出来る速報を
巡回しまくりながら、かろうじて現状を把握する。
なんなんだよ、この差は。



そして、PK戦の終わりまで、必死のネット巡回は続けられた。
・・・・同じ2点ビハインドで、結果はこの差だ。








天皇杯4回戦 vs. ヴィッセル神戸 @ 丸亀陸上競技場
2−2,4PK5








もう東京のアマはいない。
これから先、どんなに東京が勝とうと
そこにアマはもういないんだ。



誰かが書いてたけど、
ホント、生きていく気力が失せてしまう。

だからって、もう東京を応援しないってわけではないけれど、
どんなに来年の東京が強くても弱くても、
そこにアマがいないというだけで、
こんなに気分が下がってしまうとは・・・・
これ程とは、自分でも予想がつかなかった。




今回は、ほんっとーに獲りたかったんだよ、天皇杯。
選手にもその気持ちはあったんだろうと信じたいけど、
それで出足が鈍いってのは、一体どういう事なんだろう?
要するに、強くないってことなのか、あはははは。


強くても弱くても、どーでもいいから勝って欲しかった。
PKでもなんでもいいから、元旦まで残って欲しかった。
今言ったって、何にもならないけれど




本当に、元旦をアマと一緒に国立で迎えたかったんだよ・・・・・。













自分が丸亀に行けなかった、
アマの東京での最後の試合を見届けられなかったのが
悔しいのではない。
今日、負けちゃったことが
ただただ悔しい。







オフィシャルのツアーで試合に間に合わなかった面々、
落胆、お察しします。
運良くピッチのアマを見ることのできた面々、
寒い中、お疲れさまでした。
まずは、無事のお帰りを祈ってます。
道中、長く感じられることでしょうが・・・・。





自分自身、今日はすっかりお通夜な気分です。
しばらく不機嫌ですが、先に謝っておこう。
すいません。













しばらく、っていつまでなんだろうね。
この先、目先のシアワセって、なにがありえるんだろう。





何かが終わった感じが、すごくするんだよ。
どうやって自分をリセットしたらいいのか、見当もつかない。








もしかして、
しばらく書けなかったら、それもごめんなさい。
書く気になるかどうかも、予想できないものだから。

















あぁ、すっかり夜になってしまったよ。














2003/12/22(月) カイスーケーン!


 
 
 
回数券、と言えば11枚綴りだ。



大人の回数券もあれば、子供の回数券もある。
それぞれの料金で、購入できる。



使うときは、入口でピリッと破くんだろうか?
それとも電車の回数券みたいに
同じ券が11枚セットになってるんだろうか?







車でも行けそうだ。
家族4人なら、サッカー部を休んで早めに出発か?
大人2人なら、もちろん電車で行く。
実はまだ、行ったことのない競技場だから、
シーズン・オフの間に下見でもしておいた方がいいかな。




それにしても、いいよねぇ、回数券。
Jの日程が出ないと、実際のトコロどれだけ行けるか分からないけど
回数券ならどうにでもなる。
みんなで行って、いっぺんに使っちゃうこともできるしネ。






わかってる?
平塚の話だよ。













2003/12/24(水) アマ的なもの




・・・・を、自分は愛していて
それが「サッカー」という競技への自分なりの愛情と
不可分になっている、ということに思いが至った。





「アマ的なもの」が東京に根付いて、
本人の居なくなった後に花咲くのなら
それは見届けたいと思う。

具体的に「アマ的なもの」を継承してくれると期待しているのは
戸田と阿部と藤山。
ただ、フジは世代的にアマに近いから
継承という程には時間が残されてない。
つまるところ、戸田と阿部が花を咲かせてくれるのを
楽しみにしながら、ここしばらくは水をやり続けようと思う。


そうこうするうちに、また別の魅力を
東京が持つことになるかもしれないし、それはまた先の話。
ともかく、来シーズンはそういう気持ちで
東京を見続けよう、と思う。





「アマ的なもの」は、しかし
場所を移して別のチームで花開くかもしれない。

つか、そっちがむしろ「アマ的なもの」の本体。

しかも、「アマ的なもの」の現物を見ていられるのも
時間的にリミットが近い。


それが好きなのだから、できるだけ臨場したい、と思うのだ。



そうこうするうちに、また別の魅力で
湘南に惹かれることになるかもしれないし、それはまた先の話。
ともかく、来シーズンはそういう気持ちで
まずは湘南を見ていよう、と思う。







これは、でも、悩む。
例えばJ1が土曜でJ2が日曜、みたいなスケジュールなら困らないけど
実際には重なってくるわけでしょ。

東京のソシオは、とりあえず来季はやめないつもりだけど
湘南の試合をどれだけ見に行けるものか・・・・。

加えて、子供達が自分達のサッカーの都合で
スタジアムに来られないケースが増えてきている。
東京の年チケも値上がりしたことだし、
これを機会にファミリーの購入を止めちゃうとか?
もう、ここから先はお財布との相談。






もう一つ。
石川にくっついて鞠ギャルがスタジアムに増えたのを
今でも快く思ってはいない自分が、
結局(ギャルではないけれど)アマラオにくっついて
平塚に通おうとしている、ってのはどうよ?


・・・・素直に、そいういう、選手にくっついて動くファンの
気持ちは分かるような気がする、と表明しておこう。
その上で、敢えて屁理屈をこねるが、

自分はアマラオという特定の選手にくっついて動くのではない。
自分は「アマ的なもの」を追っているのだ。
どちらの種が、花を咲かせるか、それとも死に絶えてしまうか、
それを見届けたい、と思うだけ。

(だから、アンタ方とは違うのよ、と言いたいわけだ。
 目くそ鼻くそを笑う、みたいな些末な議論だが。)

百歩譲って、同類項にくくられたとしても
少なくともトンチンカンな自己主張はせずに
大人しく観戦しますって。
その程度には年とってるから、こっちは。









そして、今回のことでもう一つ、考えさせられたこと。
自分もプレーヤーとして「アマ的なもの」を表現できたらなぁ、
と思うようになった。

苦境に立たされていた自分の(サッカーの)チームは、
少しずつ周囲が整理されてきて、地盤が固められようとしている。
ただ、傷ついた気持ちのせいでどうしても
すんなりと状況を受け容れられずにいる自分がいる。

でも、それは「サッカー」の外のこと。
まずは、サッカーをすることができる現状を喜ぼう。
そして、グランドでは自力で
「アマ的なもの」をつたなくとも表現したい、と思うようになった。


というか、それこそがサッカーじゃないか、と自分には思える。
いや、11人アマがいてもそれはそれでうまくいかないだろうから(苦笑)
いろんなタイプのプレーヤーがいるのが、もちろんいいし、
それ以外のスタイルを認めない、という意味ではない。
(いや、モニ・スタイルだけは認めないけど。)



・・・・ともかく、いつも思うことだけれど
サッカーが与えてくれたものは、まずサッカーに返そう、と思うのだ。
自分がサッカーを好きになった理由が「アマ的なもの」にあるなら、
それを自分に与えられた場で伝えたい、と思う。




実は、かなり拗ねてねじれまくっていた気分の処し方を
自分でも思いあぐねていた。
今でも「移籍」の2文字は浮かぶ。
でもオファーがあるでもなし(笑)
引き取ってくれるアテがあるでもなし(アマとは大違いだな)、
今しばらくはここでベストを尽くそう、と
ストレートに思えるようになった。








湘南に流れることについての批判は、甘んじて受けよう。
ただ、




自分にとっては、やっぱり東京が
サッカーの楽しみを教えてくれた最初のチームだ、
という事も

「アマ的なもの」同様に、大切なことではある。
この二つのことの間で、どうやってバランスをとろうか。






以上、来季に向けてのスタート地点を
自分なりにまとめてみました。







2003/12/25(木) ゆるねば

 
 
 
自分が初めてこの歌を知ったのは、
ちょうど20年前、ってことになる。



当時通っていたキャンパスには
主だった歌い手を集めた12名くらいの
混声ユニットがあった。
自分の友人が、その伴奏ピアニストだったので
彼女の譜めくり役として
一連のリハーサルからコンサート・ツアーまで同行していた時のこと。


そのツアーのレパートリーに「ゆるねば」が入っていた。
4声のアレンジもよかったと思うが
なんて感動的な歌なんだろう、しかも
"You'll never walk alone." だよ。
その一行だけで涙が出ちゃうくらい素敵な歌だと思った。


ある小ホールでの本番では、
途中から伴奏なしのアカペラになって
その余韻がホントにホール内の空気にしみいるように響いて
すばらしい出来だった。
あの時も、舞台の隅で泣いてたような気がする。









そして、その曲に再会したのは
駒沢だった。









スタジアムでこれを歌う本家リバプールの録音を
ダンナさんが仕入れてくれて、時々聞くけれども

連中のはなんかかる〜いなぁ。あかる〜い、ともいえるけど。
いや、別に暗くて重たい曲ってわけでもないけど、
もうちっと "You'll never walk alone." ということの中身をこめて
歌いたいものだ。


だから、やっぱりAスタの「ゆるねば」が今は一番好きだ。
あの、途中から音がなくなっちゃう、というのも好きだ。
自己満足と言われようと、長すぎてダルいと言われようと
スタジアム(の半分)が自分で歌う、あの瞬間は
どんな試合の前でも感動的で泣いている。
・・・・アマのことで涙腺が壊れる前から、それはそうだった。




いやぁ、いい歌ですよ。本当に。














You'll never walk alone.

Aスタ初のホーム開幕戦で配られた
青巻紙赤巻紙の訳では
「俺達は一人じゃない」となっている。
"you" を「俺達」と訳すのは英語的にこの場合正しい。


でも日本語的アタマで考え直す。
「君は一人じゃない」って投げかけるとき、
言ってるコッチも君と一緒だから一人じゃない。
だから、
君も、俺も、一緒に歌ってる俺達も、
結果的に一人じゃないワケだよね。







「ゆるねば」を歌うサポの一人であることは、誇りに思おう。
自己満足だと言われても(←それは自分らもそう思ってるから)。

そして、この歌でアマを送り出せたことを、
自分は誇りに思う。













ほんの少し、
次のホーム開幕戦が楽しみになった。
試合前の期待や不安や興奮やナゲヤリや、
そういうものをすべてゴチャマゼにした
「ゆるねば」を歌うのが楽しみになった。



Football must go on.

そうだね。そうだ。そのとおり。













2003/12/26(金) しっぽ

 
 
 
遡って10月のある日の日記より。
(Kが学校で書いている日記。普段はめったに見ることがない。)


今日、こまざわ公園で、日テレベレーザとたさきペルーレFC(えふしー)
のしあいを、おねぇちゃんとおとうさんと行きました。日テレベレーザが
2点とって、たさきペルーレが1点とって、日テレベレーザが2たい1で
かちました。それからきょうぎじょうを出て広いところでボールけりを
しました。リフティングもしました。それで3時すぎぐらいから5時まで
して帰りました。




いや、別に親が書かせたわけではないよ。
本人が、折にふれて思い出したように書いている日記だから、
この日のことも、なぜか書いてみようと思ったのだろう。

すると、担任の先生から赤ペンでコメントが返ってくる。




もと日テレのベレーザにいた、さわせん手は、
先生がおしえたのですよ。





あー、ついにつられて書いちゃったのね(笑)。
隠してるワケでもないだろうけど
全然、ご自分のことはご自分からは明らかにされない先生なのに。



しゃぁない、これは
そろそろツっこんでよ、というサインだと思って
今度ゆっくり捕まえてお話ししてみますか(笑)。




教えたのがサッカーだった、ってところが
本当はすごい話なんだと思うんだけどね。









2003/12/31(水) 妖怪、グランドに現れる

 
 
今年のシメが、ヨーカイ話になろうとは
想像もしてなかったなぁ(苦笑)。






妖怪コーチには相方がいる。
相方もやはり、高校時代にバスケットボールの指導をしてくれた
コーチだ。
妖怪同様、高校の大先輩ということになる。
仮に、しげるコーチ、と呼ぶことにする。
(つまり、相方は一応ヒトで、妖怪の思いを代弁することができる、
 という特殊な能力を持っている。)




高校のバスケ部OG会のことで電話していると、
そのうち本題をはずれてサッカーの話になる。
そんな妖怪コーチに、
いついつにどこどこのグランドで、タマケリしてるけど来る?
と声をかけたのは確かに自分だった。


年末だから、どうせ多忙で来られないだろう、
とタカをくくっていたが
彼らはさんざん道に迷ってまでしてもグランドに辿り着いちゃったのだ。




その日は、一応リーグ戦のために事務局がグランドを4時間おさえてくれていた。
だが、なにせ年の瀬も押し迫った時期、
一般家庭の主婦達がそうそう家をあけるわけにもいかず、
応じるチームが2チームしかなかった。
この2チームの対戦を2試合、消化するにしろ
4時間もあるのではもったいないので
各チームから来られる人が集って、テキトーに2つに分かれて
ゲームをしようということになった。




1試合目のリーグ戦をやっている時に、彼らは現れた。
「や・・・・、マジ来たよ。」
チーム・メート達に簡単に理由を説明して、
彼らのモトへと走る。




彼らにとっちゃあ、知らない女の人達が
8人制のサッカーをやっているのを見るってぇのは
それ程楽しいことでもなかったろうけれど、
サッカー的にシロウトの割には
アマチュア・アスリート歴800年かなんかのヨーカイとその相方だけに
結構掴むものは掴めちゃってるのが、笑えた。

1試合半(っつってもモノの30分くらい)、その2チームのプレーを見ていて
あすこのチームは、こういう組み立てだから
こうやれば点が取れそうだ、とか
(ヨソのチームの知らない人なのにさぁ)
あー、ばか、あそこはそうじゃなくってこうすればいいのに、
・・・・ってすっかりコーチになっちゃってるよ(苦笑)。



久しぶりに妖怪の「あー、ばか」を聞いた。
20年分、妖怪も成長したなと思うのは
「あー、ばか」のあと、ひとしきり言いたい放題しといてから
「いけない、いけない」と自制するところ。
・・・・つうか、そんだけ言ってからじゃ、遅いんだけどね(笑)。





あーあ、なーに言われてっか、知ったこっちゃないな。
きっと「あー、ばか」とか言ってんだろうな。
「相変わらず、なになにがヘタだ」とかさ。
呼んで、失敗したな。

とは思ったが、もう来ちゃったものはしょうがない。
7〜9人同士のいい加減なゲームを数試合、彼らは見て行ってくれた。




惜しいシュート(もしくは、下手なシュート)を蹴ったあと、
見てたかな? とふと彼らの立っていたほうに目をやると
妖怪らしくどろんと消えていなくなっていた。







実は、妖怪コーチの書いた原稿に目を通して
コメントしなくてはならなかったのだが、
グランドではそんなことはすっ飛んでしまっていた。
夜になって、むこうから電話をかけてきた。


原稿の話が終わってから、今日の感想の話になった。


いまだにあれだけ走れるのはいいよ。
・・・・というオホメの言葉はいただけた。
(自分では、サボった分、走れなくなってるなーと
 思っていたのだけれど、相対的には走ってたってことか。)

そのあとに妖怪コーチに言われたことと
それを人間にわかる言葉にしげるコーチが置き換えてくれたこととを
総合すると、どうもこういうことだった。



体の中心がもっとしっかりするといいと思う。

多分、いわゆる「センター」ができてない、ってことなんだな。

上半身の力が足りない。
まず腹筋・背筋を筋トレでつけること。
蹴るのは多分、脚の力だけではダメで
腕も含め上半身の力を、うまく足に伝えることが必要。
それがうまくいっている時は、いいキックが蹴れているが
軸足に体重がしっかり乗れていないときはカスる。
まず体の中心を、きちんと立てられるようにすること。

あと、なになに筋とそれそれ筋を鍛えるスクワットをやれ、とか
まー、この老体に何を言う! ってカンジだが
相手は800才とかそういうヨーカイだから、その言い訳は通用しない。

そうやってセンターをちゃんと作った上で
全身を連動させて蹴る練習をしろ、とか言う。
・・・・ごもっともで御座います。








はぁ。

あんたらねぇ、言いたい放題言いおって、
と思うにゃ思うんだが
言われてることはアタリだ。


これだから、ヨーカイにはかなわない。






悔しいので、
今度は男女ミックスで飛び入り参加OKのタマケリ会に
引きずり出してやる。
そんな言うならやってみぃ! 

・・・・でも、連中はセンターとかできてるから、
すーぐ上手くなっちゃったりするんだろうなぁ。
で、ますますヤラレちゃうんだよ、きっと。

ち。



・・・・とか言いつつ、ケッコウ楽しんでいるのだった。







バスケを始めたのは中学1年からだけど、
スポーツ生活、もしくはスポーツ人生の基礎が作られたのは
妖怪コーチやしげるコーチと一緒に過ごした
高校の体育館だったのは間違いない。

めぐり巡って、その原点に
今度はサッカーというスポーツを介して
立ち返ったような気分だ。

そして、妖怪コーチたちを呼び込んでしまうようなナニカシラが
自分と自分の状況にはあるのかもしれない。
だから、




目の前に現れられちゃうんだよ、きっと。
バスケ部のOGなんて、山程いるのにさー。










今年の書き込みはこれにて終了。

来年も、スタジアムで、グランドで、体育館で、
そしてココで、
皆さまよろしゅうおつきあいの程、お願い申し上げます。
よいお年を!
















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Akiary v.0.51