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2003/7/1(火) マネージャーのNちゃん
先週金曜日の夕方のこと。
Kをお稽古に送り、駅まで歩いている時、
K1の券をダンナさんに譲ってくれるという方の電話が携帯に入った。
あわててダンナさんに電話して、通話を切ったところで
彼女は声をかけてきた。
「わかる?」
・・・・うん、わかるよ。Nちゃんだよね?
Nちゃんは、
高校時代バスケ部(女子)のマネージャーだった。
いまだにどうして女子部のマネージャーになったのか
よくわからないが、
2年生の途中とか、なんだか中途半端な時期から
来てくれるようになったのだと思う。
2つ上の学年に、マネージャーっていたのかな?
入部して2ヶ月くらいで引退しちゃうから、記憶にないなぁ。
(いらしたのだったら、申し訳ない。)
1つ上の学年は、途中までプレーヤーだったけれども
ケガで続けるのが難しくなった先輩が
マネージャー役をかって出てくれたのだと思う、確か。
でも、下の学年では特に専属のマネージャーって
いなかったと思う。
女子部はフツー、そんなカンジじゃなかったかな。
で、ウチの学年では、募集しているわけでもないのになぜか
動機不明ながらとにかく
Nちゃんが途中から来てくれるようになった。
(どうして? って聞いたんだけど、
なんかあるようなないような理由だったような気がするなぁ。)
久し振りに会ったNちゃんは、
相変わらず物覚えがとてもいい。
古い話をよく覚えている。
「あー、そんなこともあったよねー!」的エピソードが
芋づる式に出てくるようなカンジだ。
別に普段思い出して懐古してるわけでもないのに、
当時の友人を見てると、思い出されてくるんだそうだ。
こないだ、高校の女子サッカー部の試合を見に行った話もした。
そこからサッカーの話になった。
Nちゃんは、現在ジムに通っているけれど、
自分ではバスケもやらなかった。
・・・・そういや、全然やらなかったなぁ。
でも、観戦は好きなのである。
そうでなければ、女子部のマネージャーなんて、なろうと思わないよね。
だから、自分では「ニワカだよ」と言うけれど、
どうしてなかなか。しっかりサッカーを見てるらしいのだ。
応援するチームを、現在物色中なんだそうだ。
水色のトコは強いけれど先はないから、
やっぱり在京のチームを応援するのがスジかな? と思って
緑と赤黒の試合なんかを観に行ったりしたとか。
スタジアムを埋め尽くす赤黒のすみっこで鳴るタイコの音が淋しくて、
もう一つそこを応援するところまで気持ちが入らなかった、と言う。
・・・・ホームなんだけどねぇ(苦笑)。
もうひとつの在京チームはまだ観に行ってない。
Aスタも、まだ行ったことないんだって。
「赤黒のところとどっち? ってくらい、コワイんでしょ?」
んー。
まぁ、コワイかどうかは、自分の目で見て判断してよ(笑)。
とりあえず、いきなりG裏には行かない方がいいと思うけど。
でも、知る限り彼女の性格は、限りなくG裏と波長が合うと思う。
ちょっとずつハメてやれ、と心ひそかに思うブチョーなのであった。
2003/7/2(水) 1 week off
6月半ばのある一日の中で
小学2年生から中学3年生までの子供たちとサッカーをやって以来、
少々練習量を減らしていた。
腰が痛かったのだ。
正確には、痛いのとはちょっと違う。
ギックリ腰をやったことが過去数回あるけれども
それとは違うと思う。
例えば、じーっと座っているのが辛かったりする。
腰の左サイドから左足のヒザにかけて
つっぱっているような感じがする。
でも、本格的な腰痛ならできないようなコトがちゃんとできる。
やろうと思えば、走ったり蹴ったりはできる。
だから、量を減らして様子を見ていたのだった。
でも、1週間経ってもあまりよくはならない。
そこで、ちょっとした「ぴき」とか「ぐき」とかなら、
しばらく休めば治るだろうと思った。
(ま、年齢的にその「しばらく」が長くなってきてはいるけどね。)
で、次の約一週間は、走りに行くのも止めて
すっかり休んでみることにした。
これは、逆効果のような感じがした。
かえってツッパリ感が強くなったような気がする。
動かした方がいいのか、休めた方がいいのか?
治すにはどうしたらいいのか、これはもう
自分では判断できない、と思った。
そこで、初めて「接骨院」というところに行ってみることにした。
ダンナさんが、よく車で通る幹線道路沿いに
1軒あるぞ、と教えてくれた。
早速、先週の土曜日に行ってみた。
接骨院というのは、どこでもそうなんだろうか?
白衣を着ている「先生」ぽい人達は皆、
柔道家なんだよね?
えらくガタイがいいけど、むちゃくちゃ体はやーらかいのだ。
なんとなーく硬派な雰囲気がして、
想像していたようにジジババで溢れかえっていたりはしなかった。
すきすぎてて、「大丈夫か?」と思うくらいだ。
で、そのやーらかい硬派の先生に
「か、かたいっすネ」
と苦笑された。
そうなんす、硬いんす。
学生時代から硬いけど、今なんかもっと硬い。
運動前には、体を温めてからストレッチングはやるんだけれども、
クール・ダウンがきちんとできてないのは自分でも知っていた。
どうも、時間に追われちゃってねぇ。
特に、ゲームなんかの後、ろくに伸ばしもしないで
着替えちゃったり引き上げちゃったりするしねぇ。
オマケに、職場のエアコンがきつすぎたりもする。
(ていうか、せっかく設定温度を高くしてるのに、
ぶぉーぶぉー冷風を送り続けるおバカちゃんなのだ。)
そんなわけで、体が冷えたり伸ばし足りなかったりして
筋肉が硬くなってしまっているのだそうだ。
背骨を支える起立筋が、こわばって神経を押さえつけ、
痛いようなつっぱったような感触になるのだそうだ。
椎間板ヘルニアとは仕組みが違う、ということも
ホネの模型で説明してもらった。
確かに、ヘルニアの時ほど身動きがとれないわけではないのは、
そういう理由だったんだなぁ、と納得。
不安はなくなった。
あとは、筋肉を伸ばして柔らかくしていく努力をすればいい。
・・・・ってヒトコトで言っても、それが
そんなに簡単には柔らかくならないのよ。
そこが問題だ。
でも、今んとこはそれなりに辛いわけだから、
できることはやらなくちゃ。
そういうわけで、
柔道家のにーさん達の接骨院に
しばらく通うことになりました。
2003/7/3(木) ストレッチングを教わる
接骨院2日目は月曜日。
まだなんとなく運動を始めてよいものか迷っていて、
担当のセンセに聞いてみる。
「ムリのない範囲で」ということなのだが、
「やればいいのに。やったほうがいいのに。」という
言外のプレッシャーをなんとなく感じた。
3日目の火曜日。
朝、軽く走ってからゆっくりストレッチング。
体を動かせてるだけ、ストレスは減るな。
伸ばして、ボールをほんの少し触っただけで
すぐ帰ってきてまた伸ばす。
動いた方が、体は軽い。
「休んだから、動けるようになったんじゃないですかね」
と別のセンセが言う。
それなら、1週間お休みしたのもムダじゃなくて、よかった。
で、特定の筋肉を伸ばすストレッチングをいくつか教わった。
(彼らの柔軟性を確認したのは、こういう時ね。)
今までとったこともないような体勢で、確かに伸びるわー。
もも裏のハムストリングが。
でも、体は硬いのだ。
センセがたのように、ペタンと座れちゃうほどには
なかなかなれそうもない。
けど、ストレッチングとかで
どこまで筋肉の柔軟性って獲得できるもんなんだろうか?
体の硬さ、って遺伝的に決まってるような気もするけれど
努力でどうにかなるもんなのだろうか?
センセは関節の硬さと、筋肉の硬さは違うもので、
自分の場合は筋肉が硬くなっているから痛いところがある、
という説明をしてくれた。
そして、それを改善するには、
温めてストレッチング、なのだそうだ。
自分の努力にかかっているワケね。
だとすれば、
新生児で初めてオムツ替えした時に
足を持ち上げて「硬っ!」と感じた程、生まれつき硬いYは、
今から努力すれば少しはよくなるんだろうか?
ケガに直結することだし、
スポーツを楽しむなら柔らかいに越したことないし、
・・・・自分のことを考えると、
スポーツに関わらず、日常的に痛まないで済むのなら
柔らかくしておきたいよねぇ。
兼ねてからそう思っていたのだけれど、
子供が自分で読んで理解できるような
ストレッチングのガイド本とか、DVDみたいなメディアが
あればいいのになぁ。
子供だからこそ、柔らかい筋肉をそのままに
(Yみたいな硬い子は、少しでも柔らかくできるように)
作ってほしいからねぇ。
いや、それ以前に、
ストレッチングやウォーム・アップ/クール・ダウンの大切さを
指導者が教えてくれたら、それでもいいんだけどね。
ストレッチングだけは、マネしただけでは身に付かない。
自分がその伸ばそうとしている筋肉に意識を集めないと
マトモに伸ばすことさえできないし、
呼吸も連動制御しないと効果がない、という高度な作業なのだ。
でも、自分にできもしないことを
子供に「やれ」とは言えないと思うから、
まずは自分のストレッチングを習慣づけるんだな。
走れなくなっても、
これは続けられることだし、続けた方がよさそうだし。
これから、どんだけ効果があがるものやら、
まー、見てのお楽しみ。
きついんだけどね。
2003/7/4(金) 再び、左右非対照
今日は、柔道家のおにーさんではなくて、
きゃしゃ(に見えて実は筋肉質?)なおねーさんに
マッサージとストレッチングをしてもらった。
おしりのストレッチングというのがあるが、
これは極端に硬いのでキツイ。
おにーさんセンセ方は気の毒そうにゆるめにやってくれるが、
おねーさんセンセは厳しい。
「いやー、硬くってねぇ。」と言い訳がましくつい言ったりする。
「うーん、そうですねぇ・・・・」と彼女は
持ち上げている私の脚を回して股関節をチェック。
そこで、初めて気がついたことが1つ。
腰の負担を減らすために
蹴るのは左右同量、もしくは左を少し多めに練習しているが、
やはり右の方が器用、左は不器用だ。
左足を軸足としてずーっと生活してきているから
右で蹴るときの方が体重移動はまだできる。
なのだけれども、
なぜだか、左足のキックの方が希望を持てるような気がする。
リフティングなんかもそうだ。
左は右の半分くらいしか続かないのだけれど
それでも、ボールの当たる感触が左の方がいい感じがする。
その理由として
今まで分かっていたのは、
若干左足の方が足首が柔らかくて回る、ということだった。
でも、それだけじゃなさそうだ。
股関節を回してもらって、ビックリした。
右より左脚の方が、全然よく回るし、ヒザが開けるのだ。
一方、右脚はなんとなく引っかかりがあって、うまく回らない。
ヒザも全然開かないのだ。
その差が、あまりにも大きくて明らかだったので驚いた。
・・・・というか、そんなに左右の差があるのに
今まで自分で気がついてなかったということにも驚いた。
分かったからどう、ってことでもないんだが、
自分の体を知るのはなんだかオモシロイ。
結構、接骨院通いを楽しんでいる自分なのだった。
2003/7/5(土) 野球部のY君
おっとこんなところで的再会シリーズ、第2弾。
今日は、YのAZM公式戦(ブロック決勝リーグ)で2試合。
現地集合で行って来た。
珍しいことに、今日は自分の引率するFCT女子の一団が
一番先にグランドに到着。
遅刻常習犯の自分にしては、上出来だ。
AZM本体の一団と携帯で連絡を取り合う。
あちらは2台の車に分乗してやってくるそうで、
あと5分くらいで駐車場に着くだろう、と言う。
そこで、シートを敷いてカバンを置く場所を日陰に確保だけして
駐車場まで迎えに行ったりした。
早く着くと、そんな働き方もできる。
間もなく2台の車が連なって入ってきた。
窓から子供たちが手を振っている。
次から次へと子供が車から出てきて、
荷物も下ろして、さて移動しますか、となった時に
「あのー、」と声をかけられた。
どっかで見たことのあるお父さんだ。
・・・・あ”ーっ!!
Y君じゃん!!
あ、あーっ、そしたらYYちゃんってもしかして????
実は、最近になって
Yと同い年、同じファースト・ネームのYYちゃんがAZMに入部した。
まぎらわしーっ! と言われながらも
あちらの方が、AZMのある小学校の在校生なので
いつのまに「Yちゃん」と言えば、新入部員のYYちゃんのことで、
以前からAZMに来ているウチのYは「Y子」と呼ばれてきたこともあって、
そのように呼び分けることになったのだった。
SFMで休部中のNTちゃんからは
Y君夫妻が AZM小の近くに住んでいて
お子さんが通っていることも聞いていた。
NTちゃんと自分は同窓生だが、
NTちゃんが仲間と一緒に女子サッカー部を立ち上げたときに
Y君の奥さんになった女の子も創設メンバーだったのだ。
だったら一緒にママさんサッカーやろうよー、と
NTちゃん経由で聞いてもらったが
下のお子さんがまだ小さいので
ママのサッカーに引き連れ回すわけにはいかない、との理由で
やんわりと断られたりしたのだった。
実は、奥さんのほうは(会えば分かると思うんだけれど)
直接の面識はない。同じキャンパスにいたにはいたのだけれど。
同様に、ウチのダンナさんをY君も思い当たらない。
学年が一つ上だというのもあるけれども、
ともかく体育系の彼らとは行動様式が違ったせいか、接点がなかったのだ。
で、Y君と自分は入学時のクラスメートで、
自分の親友が野球部のマネージャーだったため
彼女からピッチャーY君の動向は、
常になんとなく聞き及んではいたのだった。
そんなかんじで、
Y君がAZMのあたりをウロウロしていたとしても
なんら不思議はないのだったけれども、
なぜかYYちゃんのパパがY君だ、とは自分の中で結びついてはいなかった、
ぜんっぜん!
だから、気がついてビックリ、だったのだ。
なんか、世の中が狭く感じる。
折しも、今日は当時自分が仲良くしていた連中が
都内某所で集まっている。
試合のあと、子供たちをお風呂に入れてから
ゆっくり会いに行こうかと思っているところだ。
当然、当時のクラスメートが他にもいるので
「今日、Y君と会っちゃったよー!」という再会ネタになるな。
娘同士が一緒にサッカーするご縁になるとは
ちっとも思っていなかったけれども、
これから2年半と少し、同じ名前のよしみで
どうぞよろしくネ!>Y君&YYちゃん(とY夫人)
2003/7/6(日) Y、ハズされる。
土曜の試合の話。
その、層が薄いブロック予選を
とりあえずベスト3で抜けたAZM、
昨日は決勝リーグということで、ブロック内の1〜3位を決めるため
2試合やった。
この日は、家からは練習着で集合し、ユニフォームは持参した。
なんでもコーチがユニを配り直したい、とのこと。
今のAZMでは、こんなふうにレギュラーを決めている。
1) 練習にちゃんと出てきていること。
・・・・これは、結構みんなちゃんと出てくるようになってるから、
もうあまり差がつかない。そこで、
2) リフティングの記録が伸びていること。
・・・・つまり、個人練習をどれだけやっているか? が評価される。
回数の多い少ない、ではない。
増えているかどうか、どれだけ増えたか、が問題なのだ。
会うたびごとに、「今週は最高何回?」とコーチが聞く。
で、自ずと一週間のあいだにどれだけボールを触っていたか、が
数字になって見えてくるというワケらしい。
(もちろん、レベルの低いところでの話だ。
6年生で2人、100回を越えているのがいるくらいで、
あとは2桁前半、新入部員なんかはまだ1桁台の勝負だ。)
多分、コーチは
リフティングの上手い子を育てようとしているのではない、
と私は思う。
サッカーが好きでしょうがない子にチャンスを与えよう、
というのでもない。
ボールは触れば触っただけ、扱いが上手くなる、とよく言われる。
上手くなれば、ゲームも楽しくなる。
ゲームをやって、負ければ悔しい。
もっと上手くなりたくなる。
・・・・そういう好循環を、どうやったら作れるだろう? と
考えての事なのだろう、と私は理解する。
(その点についての、自分の意見はさておき。)
さて、毎週1回、リフティングの回数を聞かれるわけだが、
2003/6/20(金)「がんばり屋」のところで書いたように
その日はYも確かにがんばった。
がんばって26回から32回に記録をほんの少し伸ばすことができた。
・・・・でも、個人練習をしたのはその日だけだったので
彼女の記録は以来、32で止まっているのだった。
試合当日にユニフォーム配り直し、というしまりのないコトになっちゃったAZM、
グランドの脇の草っぱらに、番号順に集めたユニを並べてみる。
コーチがリフティング表を眺めながら、頭を抱える。
一番がんばってる6年と4年の2人が、まず呼ばれた。
「好きな番号を選んでいいよ」
2人は、レギュラー・ナンバーの中からそれぞれ選んだ。
次に、ちょっぴり記録が伸びた数名が呼ばれる。
やはり、自分の好みで早めの番号を選んだ。
しかし、その後が続かない。
記録が伸びてないYみたいなのが、ごちゃまんと控えているのだ。
困り果てたコーチは、
「じゃ、3年生から出てきて、好きなのを選んで」
チビコ達が、選びにくそうに2桁台のユニを拾う。
次が4年生。
私は見ていなかったのだが、
Yが、真っ先に前回もらった2番を取りに行ったそうだ。
よく分からないが、気に入っていたらしい。
(いや、別に本人も、東京の選手に当てはめて2番、って意味ではないんだろうが。)
結果的に、努力を怠っている5年生が一番最後になった。
この日は、そんな始まり方をした。
そして、第1試合、Yに出番はなかった。
いつものYのポジション(SB)には、
同じ学年でYより体格の小さい、たみんちゃん。
リフティング回数倍増の50回をマークしたことが評価された。
スタメンにもれたYは、
他の3年生や新入部員6人と一緒にベンチでビブスをかぶる。
・・・・ベンチが7人もいて、ビブスが足りなかった。
1年ちょっと前の、廃部寸前の時代を知る者たちには
一種の感慨があった。
そう、部員数が少なかったのである。(3人しかいなかった!)
だから、FCTから女子部員がAZMの助っ人に呼ばれ、
足りないから低学年でも試合に使ってもらえたのだった。
でもこのチーム、そういう窮地は脱した。
Yにとっては、ここからが窮地だ。
スタメンで出た3年生の子が、明らかに機能していない。
・・・・というか、体格差がありすぎて、可哀想なことになっている。
そこで、すぐにメンバー・チェンジ。
コーチが「Yちゃん」と呼んだ。
それは、Yのコトではなくて、例の新入部員YYちゃんのことだった。
そして、前半のあいだにも、何人か交替をして入れ替えていく。
次から次へと新入部員が呼ばれていった。
ハーフ・タイム。
Yもそこではいくらか期待をしてたかもしれない。
けれども、結局は交替なしで後半に入り、
後半途中でもYが呼ばれることはなかった。
1試合目が終わって、1分も出られなかったのは
Yともう一人3年生のコだけだった。
それまで、レギュラー格だった部員の中ではただ一人、Yだけが
使ってもらえなかったのだ。
試合のほうは、同じくらいのレベルのチーム同志の対戦で、
0−0のドロー。でも、順位がかかっているので、PK戦に。
キャプテンのいあんちゃんが、ガッチリ守って
また勝った。0−0のPK勝ち、2連チャンだ。
試合後、Yを連れて
みんなから少し離れたところへ行き、話をする。
・・・・なんで出られなかったと思う?
「んー・・・・リフティングが伸びてないから」
そうだねぇ、きっとそのせいだねぇ。
コーチから「リフティングを練習するように」って言われたよね。
それで、1回公園に行って、たくさん練習して
32回になったよね。
でも、そのあと、あなたは練習してきた?
「・・・・してない。」
そうだねぇ、しなかったよねぇ。
じゃぁ、なんでたみんちゃんは、そんなに回数が増えてるんだろう?
「毎日やってるから」
そうなんだってねぇ。えらいよねぇ。
あなたにできる事ってなんだろう?
別に努力してまでサッカーをやりたくない、というのなら考えるよ。
それだったら、よく考えてそう言うのなら、あなたが思うとおりにしよう。
お世話になってきたコーチ達にも頭を下げて、退部しよう。
親としてすべき後始末は全部やろう。
そういうチョイスもあると思うけれど、あなたはどうするの?
サッカー、続けるの?
「・・・・(うなずく)・・・・」
試合に出られなくてもいいのなら、それでもいい。
ずーっとベンチ、男子の中でやっててもベンチ、女子でやってもベンチ、
それでも構わないのなら、別に何もすることはないよね。
試合に出たくはないの?
「・・・・出たい」
出られなくて、悔しくないの?
それは、多分
サッカーを始めて以来初めて、サッカーのことでYが流した涙だと思う。
前にKが、区大会に出られなくて「つまんなかった」って言い始めて、
そん時に「出たかったらどうする?」って話をしたよね。
Kは、ただ「がんばる」って言ったのね。そしたら
Yは「自分なら、使ってもらえたときにアピールする」って
言ったんだけど、覚えてる?
「・・・・(首を横に振る)・・・・」
多分、次の試合で、ほんの少しかもしれないけれど
出してはもらえると思うのね。
短い時間かもしれないけれど、そこで出来ることは全部やっておいで。
Yだって、こんだけできるのよ、って見せておいで。
・・・・コーチが褒めてくれなくても、
私はよかったところは褒めたげるから。
結局、2試合目、この地域のダントツ強豪と対戦し、
1−3で負ける。
1試合目の対戦相手がここに0−7で負けているから
まぁ、よくしのいだと言える。
順位決定戦は、トータルで2位。
閉会式で「準優勝」の賞状をいあんちゃんがもらった。
・・・・という、どっちかいうと「まぁ、よくやったんじゃないの?」的
ハッピー・エンドで1日の終わりを迎えて、
結局、私がYを褒めることはなかった。
それは、Yが最後までベンチを温めていたからではない。
2試合目はスタメンで出て、後半途中まで出してもらえたのだった。
コーチに文句があるとすれば、
いっそのことあのまま、Yを使わない方がよかったのに、ということ。
逆に、2試合目の後半途中から、ほんのちょびっと出せば
ちったぁ意地を見せてくれたかもしれない。
東京の2番を(いかなるレベルでも)代表に選ぶべきではないのと同じで、
Yも、ハズすならもっと徹底的にやるべきだと思った。
だって、せっかくお灸をすえても
強豪との対戦にベスト・メンバーを組まなくてはいけないところで
スタメンに入れちゃったら、効果半減、つか、ゼロに等しいもん。
で、賞状もらって記念撮影でもしちゃったら、
なんだかOKな気分で終わっちゃうじゃん。
お灸をすえたいなら、そんな手ぬるいことでは効きませんことよ。
でも、どうなんだろう。
明らかに、Yは自分でサッカーをやっていない。
練習に出ていくKの後ろ姿には、サッカーをやりに行くのだ!
と書いてある感じがする。
それが、Yには感じられない。
多分、彼女は友達に会ったり、一緒に何かやったりするのが好きなだけで、
それがサッカーである必然性はマッタクと言っていいほどないのだろう。
いや、必然性があるとすれば、親がやっているから、というところだけ?
何か、自発的に取り組んでいる雰囲気がYからは感じられないのだ。
コーチはコーチなりに、そこを突いてきているのだと思う。
でも、追い込んで奮起する子なのかなぁ、Yは?
安きに流れるのが、もに的Yの、もに的なところ
(・・・・という書き方をして、東京サポ以外の方には通じないと思うけどすまん)。
プロがそれでは困るのだが、
Yにはもうちょっと別のアプローチがあるような気がするんだよね。
コーチ流は、悔しがりの私には通用するけれど(笑)
多分Yには通じないと思うぞ。
2003/7/7(月) 作業着=体操着=サッカー服?
レイアウト替えなのか、なんなのか。
近所の部署が、机やらキャビネットやらをガタガタ動かしている。
引っ越しだから、関連部署の皆さんは
作業着に着替えて、物を動かすなど働いている。
作業着、といっても、だいたいは
普段各自がスポーツをするときの服装のようだ。
つまり、体操着だわね。
結構な蹴球人口のある職場なのだが、
しかし、どいつもこいつも、サッカーの格好だ。
汚れてもいい格好=サッカー服、って・・・・
わかるけど、わかんないな(笑)。
2003/7/8(火) ひさびさのキック
ところで、日曜日の午後、いつもの公園に行って
久し振りにボールを蹴った。
このところストレッチングに重点を置いて
あまり走ったり蹴ったりせずにいたから
ダンナさんとのパス練も何週間ぶりかだ。
腰のコンディションは・・・・まぁまぁかな。
もともと痛いというのとは違うから、それを「違和感」と呼ぶことにして
その違和感はなくなりはしてない。
ただ、教えてもらったストレッチングが
その違和感のある部分に直接的に働きかけているせいか
あまり気にならなくなってきた。
あと、職場で座ったままでいることが多いのを、
こまめに動くように気をつけているのがいいのかもしれない。
あと、このところ涼しくて
エアコンをつけずにいるのもいいのかもしれない。
そんなこんなで、蹴るのには相変わらず支障はない。
ただ・・・・
ヘタクソになったな(笑)。
ボールが散るので、ダンナさんがヘトヘトだ。
でも、やっぱり楽しいな。
蹴るのって、楽しい。
リフティングもいいけど(こちらも振り出しに戻っちゃったから
続かなくてかえってストレスになるし)
ケリっこするのは、なんだか楽しい。
ボールがアッチャコッチャ行っても、楽しい。
・・・・という気分を、Yは感じてるのかなぁ。
ちょっと話をしてみたくなった。
2003/7/9(水) そんなにロコツに・・・・
イヤそうな顔をしなくっても・・・・>Y
今朝は、久し振りに途中まで子供たちを送って歩いていった。
るんちゃんとの待ち合わせ場所まで、
Kはイソイソと先を小走りに行ってしまった。
Yと2人で、急いで後を追う。
道々、Yにきく。
・・・・アンタ、いつリフティングの練習するの?
日曜日はFCT4の練習試合と東京の仙台戦で一日出てたし、
月曜日は雨だったし、
火曜日は絵の教室で夜まで描いてたし、
・・・・という状況だったから、
やっと今日、練習できそうだよね、という意味で
言ったつもりだった。
別に、土曜日から今日まで練習してない、ということを
責めるつもりではなかったのよ。
Yはそう聞かれて、眉をひそめて曇った顔をした。
・・・・そんなに練習するのがイヤなんかいな、このコは?
今日の記録(久々に更新した): 右20(もも混じりだけど)、左8
あんまりノンビリしてると、初心者のオバさんにも抜かれっちゃうぞ。
もっとノンビリしてると、あなたの一番恐れるであろう事態になるぞ。
・・・・努力家のKに抜かれたら、さすがのYも焦るんじゃない?
・・・・という追い込みが、でも
通用しないのがYなのだった。
2003/7/12(土) 会議ずくめ
やだねぇ・・・・。
たまたま夜半の雨によるグランド不良で自分の練習は中止になったけど、
晴れてたら、出なくちゃならない会合とのバッティングで
練習欠席になるところだった。
午後、Yが今年はFCT4で合宿に参加するので、その説明会。
終了を待てずに、車を飛ばして今度はSFMのミーティング。
好きこのんで、そんなにタイトな日程を組んだわけではない。
たまたま後から合宿説明会がかぶってきたのだ。
どちらもサッカーの話だけれど、話の種類が全然違う。
ロクに頭の切り替えもつかないまま、怒濤のように議題が押し寄せる。
プレー・オフに突入する前に設定したミーティングだったから
これも不可抗力だけれども、
そうでなければ国立に絶対行ってたな。
審判手帳を持って。
(それだけでも、持ってて役に立ったと思えたのになぁ。)
夜ご飯を食べてから、次の会議に出ようと思っていたが、
それ程の余裕もないので、そのままFCT幹部会のためにUターン。
合宿説明会をやったのと同じ会議室だ。
(今年はサッカー部の広報係なので、出ないといけないらしい。)
で、また全然別の話題が右から左へと流れていく。
コレのお陰で、浦和美園に一人行きそびれた。
家に帰ると、巨人ファンの母親がなぜか浦和戦を見ていた。
(あまりにも早い回で10点以上のリードを阪神に許し、
やんなっちゃってチャンネルを変えたのだそうだ。)
一度、目に入ってしまったモノは仕方ない。
そのまま母親のところで後半17分からあとを観る。
ヤレヤレ。
自分の居住区に戻って、夕食を一人淋しく食べる。
つーか、かっこむ。
月に1回ある、夜の1時間ノン・ストップ・フットサル。
数分遅れでかけつける。
腰がどーの、と言い始めてから初めてのゲームだ。
今晩は中坊が5人だかいて、展開が速い。
でもまぁ、それなりには走れるし、それなりには蹴れるし、
それなりにはGKもできる。
いいかげんな格好でやりに行ったから、両ヒザをすって痛い。
腰の方は、大丈夫。
帰ってから念入りにストレッチング。
お風呂で温めて、また伸ばす。
・・・・これなら、どうにかなるかな・・・・。
そうこうするうちに、浦和美園行きご一行様が帰宅。
お互い、一日の報告など交換するうちに明日になってしまった。
(コドモ、早くねろ!)
最後のサルがなかったら、
ほんっとにスネかえってたな。
だって、そりゃぁ自分や子供のサッカーに関係あることばかりとは言え、
東京の観戦もできなければ、自分の練習もできないんじゃ
本末転倒でないかい?
とりあえず蹴って一日が終わったからいいようなものの。
それにしても、縁がないな。浦和って。
未だアウェー戦、行ったことないんだよ、
こんなような理由で。
2003/7/13(日) やっと書いたメール
・・・・の宛先は、高校時代のバスケ部のコーチ。
仮に「妖怪コーチ」と呼ぼう。
当時から年齢不詳で、元気がよすぎるので。
(あれ、こんなこと書いたら、
この日記のこと話せなくなるな。まぁ、いっか。)
もうかれこれ、3〜4年くらい、書こう書こうと思っていた。
思っているうちに、どんどん状況が変わっていくので
3〜4年分をかいつまんでも、かなり長いメールになった。
どうして今回、書くふんぎりがついたかというと、
その会議ずくめの土曜日が、実は年に一度のOG会の日だったのだ。
行けば会えるだろうし、
会えば話はたくさんあるのだけれど、
毎年こんなかんじで、他の用事と重なってしまうので
ずいぶん長いこと、行けてないのだった。
なもんだから、OG会の前にコンタクトをとって
せめて近況を伝えようと思っていた。
手帳に「妖怪コーチにメール」と書いたまま、
あとに送りあとに延ばし、しているうちに
OG会の日さえも過ぎ去ってしまった。
ありゃりゃー。過ぎちゃったよ。
・・・・と思ったのが、引き金になって、ついに長文メールを書きましたよ。
今朝になって、やっと。
いや、同じことをかれこれ2〜3回、思ってるんだけど、
今日こそは、ってなかんじで。
東京のこと、サルを始めたこと、子供もサッカーを始め、
ついでに自分もサッカーを始め、やっとフルコートに到達したこと、
リーグ優勝したこと、
こないだ、高校の女子サッカー部の試合も見てきたこと、
ストレッチングをたたき込んでくれたことに、今になって感謝してること、
いろいろいろいろ・・・・。
で、夜になって妖怪コーチからも返事が来た。
「OG会の翌日にサッカーのメール、ってのもあんたらしい」
・・・・あれ、高校時代から遅刻してたっけ?
いや、それはないな。でも、自分らしいのかな? ズレてるってことか?
自分にはよくわからん(笑)。
彼女は今、テニスとバドミントンしかやってないそうだ。
バスケは進化しすぎて違和感がある、というようなことも書かれている。
サッカーとも、ずいぶん接点があるようだ。
・・・・やっぱり、スポーツの話ならなんでもイケる人であることに変わりはない。
コワイもの見たさで、会いたくなった。
(あ、またこーいう失礼なことを書くから、
この日記のことには気づかれてはいけない!)
でも、なんだかヤだな。
「試合の時には呼んでくれ。」
・・・・見に来てくれるのはいいんだけど、
チーム・メイトに妖怪を紹介するのが・・・・(苦笑)。
どんどん、絶対に読ませられない日記になっていく。
2003/7/14(月) ある意味アキラメ・モード
午前中、FCTの用事で小学校へ行く。
今年FCTサッカー部広報係の一人としてお役目があるのだが、
サッカー部の他にも野球部とバレー部があるのね。
各部から広報担当が集まって、
みんなでプリントを月に一回、刷ったりする。
そして、学期に一回は新聞みたいな広報紙を発行する。
B4ペラ両面の、たいしたことない誌面だが、
それなりに打ち合わせたり会議で議論しないと作れない代物だ。
今日は、原稿を持ち寄って、その新聞を印刷した。
表面は、季節のイベントなどの話題。
裏面は、3分の1ずつに分けて、各部の活動を紹介するコーナー。
例年、サッカー部はこのコーナーを
新1年生の活動に関するコメント記事で構成している。
去年のKの時は、広報係から電話で親にインタビューがあって、
「どんなお子さんか1文で紹介してください」みたいなことで、
ダンナさんがなんかしら答えてくれたのが載っていた。
その前の年なんかは、1年生一人一人の目標が載ってたな。
まだ1学期の終わりでは、
フツーは1年生部員なんてほんの少ししかいなくって、
「あ、だれだれ君もサッカーやってるんだ。ボクもやりたい!」
みたいなことを期待して、こういう企画にしているのだった。
去年もこの時期は、1年生部員の男の子は10人いるかいないかだった。
6人の女の子たちが混ざって、試合するのに充分な人数はいたけれど、
やっぱりもう少し男子部員が必要なのだった。
実はKの学年、サッカー人口は多い。
単に、幼稚園時代から続けているチームが他にあるために
男の子たちが入ってこなかったりする。
「FCTはオンナが多い。オンナなんかと一緒にサッカーやれっかよ!」
みたいな言われようで、男子部員が増えない、というウワサも聞いている。
(むっちゃ腹立つけど。)
1年経って、やっと男子が12名。
オンナノコたちにレギュラーを取られて、ベンチを温める男子だっている。
(ウチのKは、ハナからベンチ組だけどね。)
3分の1が女子、というFCT2のチーム状況、今後どう転ぶのか予測がつかない。
FCTサッカー部には5年に2人、4年にY含め4人、2年にK含め6人の
女子部員がいる。
女子のいる学年といない学年がある。
3年や6年で、新たに女子部員が増える可能性は、ゼロに等しい。
それだけに、今度の1年生に女子が入るかどうか、
自分としてはかなり気になっていた。
お姉さんたちのサッカー姿を見て、
「わたしもやりたい!」という1年生のオンナノコが一人でもいたら、
FCTに女子サッカー・チームという目もあるな、と思っていたのだ。
1年で一人入れば、増える可能性はある。
女子チーム立ち上げについて、もう一度考えるべき時がくるのかどうか、
今後を占う気持ちで見守っていたのだった。
広報紙の話に戻る。
今年は今の時点でなんと、22名も1年生部員がいる。
全員男子だ。
一人一人のコメントやら目標やらを載せるほどのスペースはない。
・・・・というわけで、ズラズラっと名前を並べるだけで済ませてしまった。
フリガナつきで「〜くん」とフルネームを連ねたら、
それで一杯になってしまったのだ。
たった一人でも「〜さん」がいたら・・・・
と少し淋しい気持ちで印刷にかける。
スタート時点でこんなに男の子ばっかりだったら、
女の子はあとから入りにくいだろう。
サッカー部員の妹ちゃんも、あまりいない今年の1年生。
これから女子部員がFCT1に入る可能性は、かなり低いと思った。
・・・・別に、FCTに女子チームを作りたい、というワケでもない。
AZMでYが活動する様子を見ていて
男子チームと並行して女子チームを維持することで
その組織全体が抱え込む負担が大きいのは、よく判る。
もちろん負担ばかりではなく、実りも大きいのだけれど。
ただ、安易に立ち上げることはできない、と心底思うのだ。
現に、女子部員のいる学年といない学年がある。
今年の1年生に女子が入ると、今後につながるのではないか、という
期待はあったのだけれど、
多分、続かないな。
今のままで、生半可に女子チームができたとしても、
穴の空いた学年で部員集めに苦労するのは目に見えている。
AZMがあるから、
そんなに熱心にFCT女子サッカー部を期待していたわけでもないけれど、
やっぱり、ほんの少し、あとが続かないことが淋しくもあるのだった。
2003/7/15(火) イマドキのワカモノ?
仕事からの帰り道、駅構内で携帯が鳴った。
メールだな、と思ってポケットから取り出すと、めずらしく着信だった。
表示が「YAN先生」(仮)と出てる。
はぁ〜????
YAN先生とは、先生だ。
直接的には・・・・あれっ? YもKも世話になったこと、ないな(笑)。
いや、Kが世話になったといえばなった!
YAN先生は、Kの保育園時代に着任した、当時は新卒「保父」さんで、
Kの担任は別の女性の先生だったが、
保育園というところは、
担任でなくてもなにくれとなく面倒を見ていてくれるものだ。
そういう意味で、
担任だったことはないが、KはYAN先生の世話になってたのだ。
前言撤回。
(つーか、今まで担任じゃなかったなんて忘れてた!
逆に、それだけ面倒みてもらってたのね。)
じゃぁ、なんで担任だったこともないのに
お互いの携帯番号を知っているかというと(あやしい?)
単にフットサルをやる人だからなのだった。
はるか昔、まだ調布あたりに某サル場があった頃、
個人参加のフットサル会にYAN先生を誘ったことがあった。
サルを始めたばかりのワカモノは、
とにかく機会さえあれば蹴りに行きたい! とやる気満々だったので
声をかけたのだった。
でも、結局一緒に球蹴りしたのって、その1回だけだったな。
横浜方面在住なので、久米川や八王子には遠くて誘えないし
(保育園、早番とかあるからね。)
地元のサル会に誘ったこともあったのだけれど
その頃はYAN先生がヒザを壊して手術だなんだという時期だったので
こりゃ、もう誘えないな、と思って
それっきりになっていたのだった。
でも、商店街を歩いていると、時々すれ違う。
ヒザもよくなりましたんで、また何かフットサルやることがあったら
声かけて下さいネー、ハイハイ、なんていう会話をしたことも
そういやあったな。
いや、それ以前に、保育士として仕事続いてるんだー、なんていう
感想の方が先に思い浮かぶ。
で、突然、電話が来たわけだ。
とっさに思ったのは、「サルやりませんか」もしくは
「どこかでサルできるとこないですか」という用件だろうな、ってこと。
・・・・あー、コンニチハー。YAN先生、お元気ですかー?
「はい、そちらも皆さんお元気ですか?」
えぇ、なんとかやってます。
という、型どおりの挨拶のあと、YAN先生曰く、
「シロウトばかりですが、フットサルのチームを作ったんです」
これは、立ち上げたばかりで、対戦相手を探しているうちに
苦し紛れでウチにかけてきたのかな? と思った。
そーですかー。じゃぁ、そのうち大会とか出るの?
「いやー、まぁ、そのうち、ってカンジですかねぇ」
練習とか、活動はどのあたりで?
「横浜とか、職場の近くとかになると思います。
でもまだ、昨日仲間5人を集めて『やろう!』って盛り上がったばっかりで
あんまし考えてないんですが」
(はぁ〜? で、用件はなんなんだろう?)
「まずは、知り合いのサッカーやフットサルのチーム関係の方に
ごあいさつを、と思いまして」
・・・・。
そうか。それはご丁寧に。ドウモです。
で、用件はそれだけだった。
しっかりしてるのかしてないのか、なんだか全然わかんないや。
とりあえず、チームを立ち上げようってことになって、
一番最初にやるのが、「ごあいさつ」ってところが、
(しかもこんなオバさんオジさんチームにまで、ってところが)
もう既に宇宙人なのだった。
いや、いい子なんだけどね(笑)。
ごあいさつ、大事だよね。
おつきあいは、大切にしなくちゃ。
うんうん。
・・・・・・(苦笑)。
2003/7/16(水) 道場!
あやうく、「道場へどうじょ」とかいうタイトルにしそうになった。
ここに書いちゃったら同じだけど(笑)。
久し振りに接骨院へ行ってきた。
走ったり蹴ったりを少しずつ再開してみて、
具合はよかったので、ちょいとサボってしまった。
でも、今週は月曜が雨で走りに行かず、
昨日(火曜)もなんだか連絡とか相談とかで時間が取られて
トレーニングをサボってしまった。
そういう日でも、せめてストレッチングだけはしなくちゃ、
と思っていたけれども、
どうもこのところ夜も10時になると眠たくてしょうがない。
「10分寝かして」とか言って横になると、
そのままノンストップで朝になっちゃう。
ダンナさんによると、
起こそうとして一応声はかけるけど、気持ちよさそうに寝てるんだもの、
とのこと。確かに、眠たくて寝ちゃうのは気持ちいいよね。
気持ちはいいけど、おかげでストレッチングもすっとばしちゃうコトに。
中2日やってないだけで、もう体がこわばっている。
努力してないことが明らかなので、行くのもちょっとはばかられるけど、
とにかく行ける日に行っといたほうがいい! と意を決して
久し振りに柔道家たちの接骨院へ向かう。
蹴るのを再開したのは先週だが、
いつからだろう? 少々右膝の内側が痛むようになった。
痛いといってもほんの少しで、耐えられないようなものではない。
・・・・ので、基本的にはほっといてある。
で、土曜夜のフットサルもそれなりにはできたりしたので
自分的には問題を感じてなかった。
でも、せっかく接骨院に来てるのだから、と思って
実は右膝が、と報告してみた。
とにかく、脚の裏側の筋肉(ハムストリング)が硬い、と言われた。
それが硬くなっていると、
膝の骨との接合部分が常に引っ張られている状態になってしまい、
そのストレスから炎症を起こすのだそうだ。
今の「痛がらなさ」から判断すると、治療するほどではないけれど
ストレッチングで改善しなくてはならないですね、と言われた。
・・・・昔から硬いんです。ストレッチングでどうにかなりますか?
と、聞いてみた。
いろいろなケースがありますが、
あなたの場合は筋肉が硬いのが問題なので
それはストレッチングでよくなります。
人間、生きている限り、ストレッチングを毎日やれば
柔軟性は高まります。
・・・・宗教だな、ほとんど。
信じるものは、柔軟になるってコトだ。
いや、信じるだけじゃ全然ダメね。
毎日伸ばす、ってことが一番大事なのだった。
これまでにも、ハムストリングやお尻周りの筋肉を伸ばすストレッチングは
教わってきた。
今日は、膝対策ということで、開脚前屈を教わった。
・・・・いや、教わるまでもないものとも言えるけれど。
では、道場に行きましょう。
え? 道場なんてあるんだ? 初めて知った!
治療室の奥の扉を柔道家先生が開ける。
・・・・タダの廊下だ。
でも、廊下の向こう側には「職員室」とかがあるらしい。
この接骨院、モダンなビルの一角にあるのだが
ビル自体は接骨師養成学校だったりする。
廊下をずっと行くと、学校らしい造りのホールがあり、
そこの階段を上がっていくと、見たこともないようなモダンな道場があった!
道場がモダンって、どう説明したものか。
吹き抜けの天井、自然採光の上部壁面、
カットの入った木材を打ち付けただけのシンプルだがデザインされた壁面。
洒落たカフェかもしれないような、開放的な明るい空間が広がっている。
下が畳でなければ、だけど。
道場なんて、人生で初めて入る。
先生について、一礼してから上がる。
タダ開脚して脚を伸ばして座ってるだけでも、ストレッチングになっちゃう(苦笑)。
壁などに背中をつけて座るとラクだ。
TVでも見ながら、この姿勢をキープするんだそうだ。
慣れてきたら、左右・中央へ上体を倒す。必ず息を吐きながら、ね。
伸びるようになったら、骨盤を前に押し出すようにすると、更に開脚できるとか。
今は全然できましぇん。
そして、立ち上がるときは
少しずつ脚をずらして閉じてからじゃないと構造上立てないんだそうだ。
ゆっくり立つようにね。
やっぱり理想はお風呂の後だそうだ。
体が温まっている方が伸びる、というのはまぁ、常識だわね。
堅さをご披露して(苦笑)、また一礼してから道場を出る。
ま、これが私の初期値ということで。
ここからどれだけ努力で改善できるものか、まぁ見といて下さい。
毎日やったら、ホントに伸びるのかね?
子供に、夏休みの課題を各自立てさせようと思っていたけれど、
自分もこれが課題だな。
お風呂上がりのストレッチング。これでしょう。
それを、毎日。
・・・・続けられるかなぁ、こんないい加減な性格で。
マジメに夏休みの過ごし方を、考えないといけないなぁ。
2003/7/17(木) BEFORE YORI AFTER
今日は初めて診てもらう若手(後輩?)接骨師が担当。
いろんな人に診てもらうと、
それぞれがいろんなコトを教えてくれるので、
それも結構おもしろい。
今日のK接骨師の持論。
「運動前より運動後のストレッチングを念入りに。」
自分なんか、その逆の典型だ。
ボールを触る前には、少し走って体を温めて
時間をかけてストレッチングをやり、よーく伸ばしてから
取りかかったりするくせに、
練習後はちょこちょこっと簡単に伸ばして終わりにしたりする。
コートを借りてたら、時間ギリギリまで蹴っていて
掃除/整備したらとっとと上がっちゃったりする。
普段のトレーニングなら、走って帰って来てからは、
あとの時間が押してたりして、クール・ダウンはいい加減になりがちだ。
K接骨師が経験的に確信してるのは、
運動前に充分ストレッチングしてるのに、
ケガをすることがあるからなんだそうだ。
運動前は、むしろ体を温める程度(文字通りウォーム・アップ)でよく、
運動後にしっかりストレッチングを行えば、
疲労からの回復もより早まる、というのだ。
先輩格のM接骨師は、運動前後のストレッチングは等量に、と言ってたが、
どうしても習慣的に運動後のがなおざりになりやすいことを考えると、
終了後はみっちり伸ばしましょう、と思っていた方が
現実的に効果が上がるかもしれない。
大人は、心がけ次第でコントロールできるから、まだいい。
(疲労をためることやケガすることを、大人は熱烈に嫌うわけだし。
必要性にかられる、って意味では、年寄りになればなるほど
マジメにやるわな。)
むずかしいのは、コドモ。
特にウチの、タダでも硬い人達が
ケガをせずにスポーツを続けていくためには、
やっぱりストレッチングを覚えてほしい。
やり方も、生活の中への組み込み方も。
考えていくうちに、
しつけの次に教えないといけない大事なことのように思えてきた。
身に迫る危険から自分自身を守るためにだけではなく、
生涯かけてスポーツに親しめる体を用意するために。
2003/7/18(金) 視線は語る。
笑わないでね。
ウチのK、実は「げき」もやっている。
もうかれこれ4年目になる。
で、4年目にして初めて(つか、最初で最後の?)
お姫様役になったのだ。
本人は、不本意だったようだが・・・・(セリフが多いので)。
公演は来年の2月か3月になるだろう。まだ未定。
それまでの、長い道中の途中経過を見せてくれる
参観日みたいなのがあったので、家族3人で見に行ってきた。
もともとは色白のKなんだが、
普段のサッカー部生活がたたって(?)
年間通してうすこんがりと焼けている。
他の役のお嬢さん方のほうが、白く見えるな。
ぜんぜん白くない白雪姫だ(苦笑)。
指導してくれてるディレクター方のご苦労が、よく分かる。
あのガキ共10数名を、物語の世界へいざなうのは
並大抵なことではないだろう。
ところで、以前から、舞台のKに注意することがある。
視線が落ちるのだ。
下を向いているのではないのだけれど、
多分床が見えてるんじゃないかな。
話している相手の視線を受けとめることができない。
普段の生活の中では、やましいことがない限り(笑)
目と目を合わせて話せる子だ。
やっぱり舞台で照れクサイのは、よくわかる。
・・・・でもね、舞台だからやっぱ。
アイ・コンタクトができてないのが、目立っちゃうのだ。
いい声は出てるんだけど
一向にボールが回ってこない、サッカー部のK。
マジメに練習するんだけど、自信なさそうに見えちゃう劇中のK。
・・・・なんか、共通してることがあるよな。
それは「アイ・コンタクト」の一言に尽きる。かもしれない。
今は苦手だろうけれど、
目で見て、目で話すことができたら
多分広がりが出てくるんじゃないのかな。
今年は、それだけ覚えてくれたらもういいや、と思った。
・・・・あ、いや。
50近くあるセリフも、もちろん覚えさします。はい。>ディレクター様
ふぅ。
2003/7/25(金) 一週間をざっと。
2003/7/19(土)
Y、都大会。0-2で一回戦敗退。
その後、初めて芝生でフットサル@アミノバイタル。
そのまま清水戦。
一日通して、勝ち試合を見ることができず。
2003/7/20(日)
K、練習試合。
一生で初めてのスタメン経験。
その後、子供の「親子会」でいつもの公園へ。
終了後、そのまま球蹴りしようと思ったら、
蹴り損ねて右足首をネンザ。
ガンガン冷やす。
2003/7/21(月祝)
雨で子供達の練習が、ことごとく流れる。
夕飯をお弁当箱に詰めて、ドライブ。
なぽさんの「オバ・スタ」フットサル場に初乗り込み。
痛みがないので、控えめながら出場。
2003/7/22(月)〜24(木)
ひたすら接骨院通い。
昨日はノドも腫れて耳鼻科通いもプラス、その分仕事をマイナス(苦笑)。
あー、調子わりぃ。
ネンザで体を動かせなくなったのも、発散できないのでいけない。
体を動かさないので、腰の調子もよくはならない。
天候もこんなでちっとも夏らしくならないから、カゼひいた。
輪をかけて体がだるくなる。
そうすると、天候のせいもあるだろうけど、気分はぱっとしない。
追い打ちをかけるように憂鬱な話題が湧いてくる。
家族というのは不思議なもので、
こういう時に、同期して一緒に調子が悪くなる。
ダンナさんと言ってるんだけど、
調子が悪い時に、いかに持ち崩さないで
軽やかにしなやかにやり過ごすか、ってことが大事なんだろうね。
それができりゃぁ、世話ないって。
自分に向かってくるネガティヴな要素に
立ち向かえるだけのパワーが無いときは、
・・・・とりあえず寝とくか。
三年寝太郎みたいに。
というわけにもいかないが、
できるだけ寝て治そう。
明日のゲームも練習もお休みしよう。
憂鬱の種は、書けるだけの時間が経ったら書くね。
自分らしく振る舞えないのが不満なのだ、と今は思う。
こういう時に、東京が優勝争いに絡んでたりして
それでリーグ戦で連勝してたりすると
ホントは元気が出るんだけどなぁ。
ぶつぶつ。
2003/7/27(日) 4Q DE GO! <継続編>
ろくすっぽ旗さえ振らないうちに、
審判の資格を更新する時期になってしまった。
使わないなら、継続手続きなんて
自腹を切ってまでするようなことではないとも言える。
でもまぁ、子供たちが小学生でサッカーをやる間は
一応いつでも旗くらいは振れるつもりでいようかと思う。
お役に立てれば幸いデス、ってとこかな。
そんなわけで、せっかくの知識も錆びついている。
せめて1週間くらい前から、
通勤途上の地下鉄の中で、ルールのおさらいをしときゃよかったが、
結局半分も確認できないまま、当日を迎えてしまった。
しかも、講習会の冒頭挨拶が終わったら、即ペーパー・テスト。
文章で状況が説明されているので、
審判としてその状況にどう対処して、
どのようにプレーを再開するか、文章で書く。
回収、採点されたらヤバイ!と思ったが、
自己採点で済んだ。
ヤバイ結果に変わりはないが(苦笑)。
全然、クリアに理解してないことがよぉーく分かりました。
こんなんじゃ、主審は何年経ってもできそうにないな。
「線審」くらい、まともにできるようになっときたいけどな。
で、その一例。
講師のセンセの話で、ふぅん、そうだったのか、と思っちゃったのは
ファウルのことで、
「悪質かどうか」の基準というのがあるのは、分かるよね。
その他にもう一つ、ファウルの程度を判断する別の基準がある、
ってところが分かってなかった感を強くするところだった。
さて、そのもう一つの基準とはなんでしょう?
「決定的な得点の機会を阻止したかどうか」が正解なんだそうだ。
これは、ファウルとしての危険度、悪質さからいうと軽い行為でも、
それで決定機をつぶすとレッドだって出ちゃうのだ。
いやー、もっかいちゃんとルール読んで把握しなおさないと。
・・・・と襟を正してみました。
そんだけのために更新したみたいで情けないけど。