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2003/2/1(土) 同じ肩でも・・・・
昨日の日記を読んだダンナさんに、
「肩の力が入りすぎ。
そんなにガチガチだとかえってヘマするよ」
と言われた。
そんな矢先、肩の力が抜ける、というよりは、
肩を落とさざるをえないような出来事が。
ママさんチームの大黒柱、HYちゃんがネンザした。
多分、明日の試合はムリだろう。
そもそも今回は、エースのNTちゃんも洋行中でいない。
残されたメンバーもナカナカなのだが、
先日のリーグ戦と同じ面子で臨むとなると
決定力不足が心配される。
・・・・逆に、課題はハッキリした。
こないだ出来なかったコトを、やればいいのだ。
・・・・ってヒトコトで言ってもねぇ。
そうこうするうちに、東京始動。
自分は今日明日でシーズンが終わるけれど、
また新しい1年が、始まっている。
(地味なスタートではあるが(苦笑)。)
ま、こんなこともあるわな。
明日は楽しもう。
2003/2/3(月) ヘタッピィの新しい(?)遊び
今朝、なんの気なしにダンナさんとやっててウケたのは、
1バウンド(合わせられなかったらダイレクトでも2バンでも可)で
パス交換をする、というタワイもないコト。
テニスみたいに、やるですよ。
当然、使用するのはサッカー・ボールで。
いや、ちっとも新しくはないけれど、
2人でやったのは今日が初めて、ってだけの意味ね。
むしろ、ツボは「ヘタッピィ」だってこと。
何回ラリーが続くか数えたりすると、かえってゲラゲラ笑える。
・・・・ゼンゼン続かないんだもん!
今日は最高6本でした。
はたしてこの記録はのびるのか????
みやざー、結婚おめでとー。
お母さんは、なんだかホッとしました。
この週末は、あんまりにもいろんなことがあったので、
いっこいっこ、ゆっくり書きます。
多少の靴ズレと全身の筋肉痛とヒザっ小僧皮ムケと鼻骨痛だけで
無事に生還してますんで。
2003/2/4(火) じゅうにじゅんに・・・・
今日の日記はテヌキです。
Y、はんちゃん、とんちゃんの二重籍トリオが
女子公式戦に出たときのレポート(FCT3コーチ陣あて)を、
名称などを置き換えて、そのまんま、コピペ。
以下、転載。
監督さん、MTコーチ&TJコーチへ
2月某日に行われました、女子nブロックx杯予選、準決勝と
3位決定戦について、ご報告いたします。FCT3女子から、はん
ちゃん・Y・とんちゃんの3名がAZMに加わって参加しました。
準決勝の相手はCCCでした。つい先日、双方6年生を交えた形で
練習試合を行いましたが、今回のx杯は新人戦に相当し、現5年
以下2年までの新体制チームとしては初顔合わせでした。
6年生のトレセン組がごそっと抜けたCCCは、これまでよりは
さすがに与しやすく、ボール・ポゼッションこそCCCが上回って
いましたが、中盤での攻防が比較的長い試合となりました。
はんちゃんは前後半通して右SB、Yが同左SB、とんちゃんは
スタメンで右サイド・ハーフ、前半終了時にひざ痛を訴えて後半は
やむなくベンチでした。
課題のディフェンスですが、相手選手のスピード、体格がこれまで
ほど驚異ではなかったせいか、はんちゃん・Yともになかなか対等な
勢いで守っていました。カットやクリアも多く見られ、特にはんちゃん
のイン・ステップ、Yのインサイドの各キックで前線へ跳ね返し、攻撃
への切り替わりとなるシーンが増えました。徐々にですが、ボールへの
積極性も上がってきています。
とんちゃんも果敢に中盤でボールを追っていました。ポジションの割には
やはりCCCの攻撃への応戦に追われ、持ち味の攻め上がりのチャンスが
少ないゲームではありましたが、運動量は確実に増えています。自分で
ドリブル勝負を志向するところが個性で、パス出しと勝負の選択ができる
ようになると、なかなかコワイ攻め手となりそうです。
結局両者とも得点ならず、PK戦となりました。ひとまず、強豪CCCを0封
したディフェンス陣はよくやった、と言えるでしょう。
このPK戦がすごかったです。ある意味でお見せしたかった! 当然、
双方とも一番運動能力の高い5年生をGKに据えますが、互いにその他の
キッカーのパワー不足もあって、セーブの連発でした。1番手がエース
同士で決め、2番手Yがインサイド・キックで右隅に流し込んだあと
3番手はんちゃんまで1−2でリード、4番手で2−2とされてしまい、
そのままサドンデスに入りました。
結局11巡した時点で4−4、1番手に戻って勝負がつきました。あぁ、
長かった。12本のシュートに対応してきたAZMのエースが枠をはずし、
CCCが決勝戦に残りました。
引き続き、3位決定戦に臨まなくてはならなかったAZMでしたが、
さすがにこれだけの緊張を強いられたあと、休憩時間も充分ではなく、
集中が切れたかのように3失点、この日1試合目で元気なBBBに3位を
譲ることになりました。(布陣としては、ほぼCCC戦のスタメンと同じ
起用でした。)
結局、CCCが1位、DDDが2位で都大会へ。・・・・ですが、総じてレベルの
差がほとんどないブロック予選でした。各チームとも、きっと今後の
チーム作りで勝負がつく、と希望をもっていることでしょう(笑)。
(中略)
以上、いつもながら私・母個人の雑感ですが、ご報告申し上げます。
転載、おわり。
以上がオフィシャルな「雑感」。
以下がパーソナルな感想。
正直なところ、YのPKはすごかった。
パワーはないので球足が速いわけではなかったのだけれど、
後攻で決めればリード、という状況で
いともあっさりと蹴り、得意のインサイド・キックで
右隅へキレイなグラウンダーを決めた。
あれは、以前にもフットサルでGK塚ちゃんからゴールした時と
同じキックだった。
他にも何回かサルでは見たことがある。
つまり、彼女はすでに
(ゲーム中にPK蹴ったのなんて初めてなのに!)
自分の得意なキックを持っている、ということなのだ。
そーゆー「太さ」が、私にゃぁ、ないねー。
私の血筋ではありません(笑)。
あと、ディフェンス面でも少しずつ進歩は見られる、かな?
相手の技量にもよるんだろうけれども、
今回は多少なりとも機能していたし、
前回の試合でダンナさんに指摘されていたポジショニングが
だいぶ安定してきた感じだった。
ディフェンスは、ほとんど練習していないから
実践でしか伸びようがない。
こうやって、試合に出させてもらえていること自体、大変
ありがたいことなのだった。
もう一つ、良いことがあった。Yのことではないのだけれど、
エース、Yの他に6巡目以降でPKを蹴って決めたのが、
一番の新入部員である4年生の子と、
なんと! 2年生の子だったのだ!
そういうこれから磨きガイのありそうな子達がいて、
ヨカッタヨカッタ。
ホントに、これからが勝負だ。
AZMも、楽しみだ。
その試合のあった日の夜、Yに聞いてみた。
ねぇ、サッカー、楽しくなってきてない?
うん! なってきてるよ!
・・・・Yは、もうほとんど「あがり」だ、と思った。
思春期の第2反抗期とか、まだまだイロイロあるんだろうけど、
コドモの時期に伝えたいことはもう、だいたい
伝えたような気がする。
2003年1月8日の日記で書いたことも、
杞憂に終わっているらしい。
子供は、自分で伸びていくらしい。
子離れ、しなくちゃね(淋)。
今日のヘタッピィ・ラリー記録、10本。
「漸進」あるのみ?
2003/2/5(水) さるるるる、さかかかか。
さて、そのPK勝負が12巡したりなんだりしたYの公式戦が終わったあと、
AZMのホーム・グラウンドである校庭では、
オモムロにママさんチームSFMの練習なんかが始まるはずだった。
・・・・が、なんか人が集まらない。
うわー、みんな明日の試合前で大事をとってるのかな?
いつもと時間がちがうから、練習情報が見落とされちゃったかな?
でも、負傷者や風邪ヒキさんも多いから、ただのお休みかな?
コーチはいるのに、ちょっとオロオロしちゃったよ。
で、15人いるメンバーのうち、かろうじて5人そろったところで、
そのへんで遊んでいるAZMの女の子達や、
なぜか球けりしているサッカー部員の男の子達なんかをつかまえて、
SFM(ママさん+コーチ)対コドモたち(17人位いなかったか?)で
校庭一杯使ったコートでゲームをすることになった。
そこへ、前日に足をくじいたはずのHYちゃんが、
テーピングで足首をぐるぐる巻きにしてやってきた!
さすがはバリバリの体育会系。
ネンザごときで、大会出場を棒に振ったりはしないのだった。
(ホント?)
この、練習になるのかどーか定かではないようなゲームをやって
気がついたことがあった。
そして、そのことは、実はとても大事なことなのだった。
まず、1本パスをふかしたところで
コーチには「トゥ・キック禁止!」と言い渡された。
インサイド・キックが課題の現在、
ゲーム中でもできるだけインサイドで蹴ることを意識するように、と。
・・・・これが、できない。
ひとつには、あわてて蹴るから、という原因が考えられる。
自分でキープする自信がないから、
来たボールはさっさと他へ回しちゃいましょう、って具合の
パスともつかないキックが、だいたいつま先に当たってるのだ。
厳密にいうと、トゥ・キックは、もう少し高度なテクニックで
つま先に当たっちゃうのとはワケが違う。
・・・・とかいう茶々を自分で入れても仕方ないな。
ともかく、ていねいに面をつくって蹴る、ということが出来てない。
そして、基本中の基本であるインサイドが蹴れていない割には、
アウトサイドでとっさにはたいちゃったりする。
味方もどこにどのタイミングで出てくるのか、
ちっとも分からなくなる。
それでコントロールが絶妙ならまだしも、ねぇ。
その日の夜、HYちゃんと電話でまた話した。
自分の荒れ玉ぶりについて、ウッスラ自分でも気がついていたことを
彼女は端的にこう言った。
「フットサルをやってるからかな? 足先で処理しちゃうのは」
これは恥ずかしい限りなのだけれど、
フットサルとサッカーは全く別の競技であるとか言っておきながら、
自分で蹴り方を意識して変えてはいなかったのだ。
コートの広さ、ボールの違い、人数の違い、
そういう外側からの条件づけで、多少なりとも自分のやってることは
それぞれ別だったとは思う。
でも、サッカーだからこういうプレイ、
今はサルだからこういうプレイ、というように
意識的に何かを切り替えたり使い分けたり、はしてないな。
単に足下に来たボールを、直感的にはね返しているのは
どっちをやってても同じじゃないか?
サルならではのキープの仕方、
サッカーなりのタメの作り方、
サルでこそ有効なキックの蹴り方、
サッカーでこその球の出し方、
・・・・
ママさんの8人制サッカーは、それなりにプレッシャーが強くて
サッカーにしてはけっこう狭いところでやってるとも言えるので、
サル的な技術が使える場面もないではないと思うのだけれど、
それでもやっぱりスペースの感覚はぜんぜん違ってしかるべき。
HYちゃんは、こうも言った。
「ミニ・ゲームでは、気がつかなかったんだけどねー」
ミニ・ゲームだと、それなりにインサイドも蹴っている。
つまり、サルでもインサイドは使っているんだ。
でも、距離が短い。
狭いから、自分にとっては「いつもどおり」でいけちゃうのだ。
使い分けることができてない、ということに
自分の理解の浅さを見たし、
使い分けるほどの技術の幅もない、ということが
今更のように苦しくなった。
いや、大事な試合の前夜になって言ってるようなコトじゃないんだが。
練習を終えて、1時間のドライブをする前に
あったかい缶コーヒーでも買おうと思って
ある路地に車を止めた。
小さな広場を挟んだ向こう側に、自販機がある。
自販機の前では、FCTサッカー部の6年生男子2人と
やけにかわいい女の子(多分彼らの同級生)1人とが
それぞれ自転車に乗ったまま、おしゃべりをしていた。
近づくと、片方の男の子(少年A)が
「あ、こんにちは」と挨拶してくれた。
B: だれ?
A: ウチの妹の友達のおかあさん。
B: ? あー、『アニータ』じゃん。
母: おー。(自転車カゴのボールを見て)サッカーしてたんだ?
A: うん、そこの広場で。
母: そこはいいよね、いつでも入れて。
B: でも、下は悪いな。
母: あー、穴あいてるんだよね。しってるしってる。
私も練習から帰ってきたトコだよ。明日、お母さんの大会なんだ。
B: 『アニータ』サッカーやってるんだ?
母: やってるよー! もっちろん!
A: おれらね、今、セイシュンについて語り合ってたんだ!
母: へーっ?! セイシュンかぁ!
セイシュンと、いきなし言われても、こっちが困っちゃうよ(照)。
彼らはもうすぐ中学生になる。
確かに、セイシュンだ。
ところで、『アニータ』というのは、少年Bが私につけたアダ名だ。
以前、1回だけ彼らと一緒にゲームをしたことがある。
校庭でウロウロしていたダンナさんと私を、6年のコーチがつかまえて
「人数足りないから、入って!」と
ゲームに入れてくれたのだった。
そのゲームは、ケッコウ楽しかった。
後ろのほうで控えめにしていた私のところから、
FWの少年Bにおもしろいようにパスが通り、
なぜか彼は私を『アニータ』と呼ぶようになった。
同様に、一緒にやってた連中からも『アニータ! こっち!』と
声が飛ぶようになって、
すっかり仲間にしてもらったのだった。
その時は、どんなキックを蹴ったんだろうか?
思い出せもしないけれど、イメージはあのゲームだな。
スルーパスが、スーッと通って少年Bが前を向く、
あの感覚だけは、覚えていよう。
サルだサッカーだと、今迷っていても仕方ない。
あのとき、サッカーってたのしいなー、と思った。
その気持ちで、明日は試合に入ろう、と。
2003/2/6(木) ダート
その大会の会場は、
ドロドロのズルズルだ、と小耳にはさんだ。
本当なら、優勝のゴホービにスパイクを買うつもりだったが、
イボのすり減った例のトレーニング・シューズで
ダートをどうせ走り回るなら、
前倒しして先に持ってた方が意味があるような気がして、
急きょ、ミズノのスパイクを買った。
靴ズレの理由は、そういうワケ。
痛めた右内くるぶしは大丈夫だったが、
左足は内外両側のくるぶしで、靴ズレができてしまった。
今回の公式戦、「ウィメンズ・トーナメント」は、
去年に引き続き、年令制限が特にない。
普段のリーグ戦は、基本的に30才以上で構成し、
8人中同時出場2名までのアンダーエイジ枠がある。
・・・・というわけで、本来はかなりアダルトな
ママさんリーグなのだった。
が、今大会は勝手がちがう。
若い成人女性が主体のチームなんかでは、ズラッと若手を並べて
普段のリーグ戦での布陣に比べて、
速くてパワフルなサッカーを展開してくる。
我々のSFMは、
コワくて誰も平均年齢をはじき出したりはしないながら(笑)、
主体がほぼ私と同い年のママさん達で、
一人だけ19才の元某クラブ・チーム所属の子が混じっていて
一見反則みたいなのだが、
彼女は立派なママさんなので、全然よいのだ!
今回は、その19才ママちゃんが、
地元で一緒にサッカーをやっていた友人をGKとしてハントしてきた。
専属GKがいないSFMとしては、たいへん有り難い。
エースNTちゃんを含む2人を欠きながら、
ケガ人、病人、調整不足者、みな戦力として、13人で臨んだ。
初戦の相手は、昨年の優勝チーム。
今年ももちろん、優勝候補だ。
リーグ戦では負けていないチームなのだが、
そこは年令制限の問題もあるようだ。
多分、そのチームとしてのベスト・メンバーを組んできたのだろう、
見事にいつもとは違う若い顔ぶれだった。
どうやら、女子1部リーガーが1人、入っていたらしい。
(せめてもの節度なのだろうが)
後ろの方からその彼女が球を散らしてゲームを作りこそすれ、
本人がばかすかシュートを撃ってくるわけではなかった。
・・・・なかったが、ほぼ全時間帯にわたって
その彼女を起点に押し込まれて、それを辛くもしのぐ展開となった。
前半は0−0。
ホント、よく耐えた。
こちらのゴール・キックが短かったこともあって、
どうしても押し上げられなかったのはつらかった。
が、それもよく(私以外のみんなが)カバーしていた。
自分は右SBで入っていたのだけれど、
開始後5分くらいで、約3mの距離から相手方のけった球が
よける間もなく顔面を直撃した。
泣きそーになったけれど、そのヒマもない位押されてるから、
顔の感覚がマヒしたままで突っ走るしかなかった。
しばらくして、鼻先をぬぐった両そでに少しずつ鼻血がついていて、
血ィ嫌いとしてはクラクラしてきた。でも、
そんなことに気づいて変えてくれるようなヤワなベンチでもないのは
よく知っているので(笑)、
とりあえず血が流れ出ていないようにだけは気をつけていた。
鼻骨痛は、そういうワケだ。
顔面にくらうと、相当トロい自分でも、さすがにムッとする。
あとでチームメイトには
「あの一撃で目が覚めたみたいだった」と言われた。
うーん、多分、そのとおりだと思います。
後半開始早々、ウチの19才ママちゃんが
カウンターから一点を奪取、なんと先制した!
でも、その一点を守りきれるほど甘くもなかった。
相手のコーナー・キックから、オーソドックスなゴールを許してしまい、
あっけなく1−1に。
そして、そのままタイム・アップ。PK戦へ。
8人制なので、3人ずつ蹴る。
19才ママちゃん、HYちゃん、そして19才GKちゃんを
コーチは指名した。
結果は1−3。
いたし方ない敗北となった。
この試合からの負の収穫。
プレイ中に、その時の局面を理解する能力が欠けている、
と自分で感じた。
それは、あいさつをしてからダートのピッチをあがり、
ダンナさんのところに戻った時のこと。
開口一番、
どうしてあそこでシュートを撃たなかったの、
と言われた。
言われている場面は、お鈍な自分にもすぐ思い当たった。
後半終了まぎわ、
どうやって自分のボールになったのかは覚えていないが、
とにかく目の前にあいていたスペース、
中央から左寄りを、自分で持って上がって行ったシーン。
左サイドに一人、中央にも一人、
一緒に走り込んでいるのは分かっていた。
中央のHYちゃんが、もしかしたら
「シュート!」って言ってたかもしれない。
いや、HYちゃんのさらに向こう、右サイドには
19才ママちゃんも上がって来ていたような気がする。
ダンナさんの解説によると、
その時はほぼ横一線に4人が勢いよく攻め上がっていて、
相手DF陣がややうろたえていたらしい。
お前のシュートが入らなくても、あと3人詰めているのだから
あれは前に蹴るべきだった、と言われた。
でも、自分には
シュートのイメージが浮かばなかった。
「入る軌道」が、見えなかったのだ。
・・・・入る時には、そのゴールまでの「線」が蹴る前にハッキリ見える。
それがなかったものだから、
近いサイド、DFのいない左側からの飛び込みに
安易な横パスを出してしまった。
そして、そのボールはなんでもないルーズ・ボールとなって、
相手DFになんなく処理されてしまったのだった。
もしミス・キックになったとしても、
前に蹴るべきだった。
それが、得点につながったかもしれず、
PK戦をせずに勝てたかもしれず、
そうでなくても、少なくとも
角度のない方へ球を出す、という消極的なプレイで
少ないチャンスをホゴにして、チームを落胆させるよりは
ナンボかマシだったのだ。
・・・・という事に、
ダンナさんに指摘されて初めて気づかされたことが、
そこでシュートを撃たなかった事実よりも、
その局面の勝負所に、自分で、その場で、気づけていなかったことが、
全ての敗因のような気さえしてきて
・・・・どうしようもなく、悔しくなった。
まことに遅ればせながら、なんだけど。
教訓。
シュートの弾道が見えようと見えまいと、
ゴール前ではゴールに蹴ろう。
コースを突くのは、その次の課題。
ゴール・マウスの前では、そっちの方にとにかく蹴り込むことだ。
自分がゴール前にいるだけで、
それはもう、勝負の時だということなのだから。
かくして、
昨年準優勝チームのSFMは
あえなく一回戦で敗退したのだった。
2003/2/7(金) ダート II
15分ハーフの試合を3つはさんで、
2つ目のゲームが始まった。
1回戦で負けた4チームには、下位トーナメントが用意されていた。
かくなる上は、「裏一位」もしくは「ザ・キング・オブ・敗者」を
目指すしかないのだった。
対戦相手は、やはりリーグ戦でおなじみのママさんチーム。
よく知っているだけにやりやすくもあり、
また、若い子達のスピーディーなサッカーの後でもあったので
余裕の試合運びだったと言えるかな。
取るべき人が点を取り、4−0で快勝。
裏一位の決戦相手は、
初めて対戦するママさんチームだった。
勝ち上がっているはずなのに、段々楽になる、というのも
・・・・なんだかヘンな感じだ。
自分もついこの間までこんな風だったなぁ、と
思い出させられるようなチームだった。
本当に始めたばかりのお母さん達のようで、
からぶってみたり、かすってみたり、
トラップが相手へのパスになっちゃったり。
今でもそりゃぁ、たいしてちゃんと蹴れちゃいないが、
あぁ、私もそうだったよー、というプレイぶりだった。
相手の問題だけじゃないな。
バスケ部時代から我ながら手を焼いていたものだが、
・・・・自分は調子を上げるのに、時間がものすごくかかる。
3試合目にしてやっと体が動くようになる、ってのも
ちょいと遅すぎやしないか?
フットサルのリーグ戦でもそうなんだが、
いつだって最後の試合が、一番キレるのだ。
この試合の主審をつとめていたのが、
ママさんリーグの幹事をやって下さっているH氏。
純正ママさんチームとしては唯一のライバル・チームの監督さんでもある。
3−0で試合を終えた後、向こうから声をかけてくれた。
「母」さん、上手くなりましたねぇ。
今日はずい分色々なテクニックを見せてもらいましたよ。
試合後に、他チームの人に声をかけられるのは
とてもうれしい。
去年も、
オフサイドでノーゴールになった、逆サイド・ネットへの
長いヘディング・シュートと、
その直後にダメ押しの2点目となった
ペナルティ・エリアの角あたりからのゴールを、
「2本とも美しかった」と、あるママさんプレーヤーにほめてもらえたのが
一番うれしい出来事だった。
今年の自慢は、H氏に声をかけられたことだな。
多分、
GKの頭越しに入ったループ・シュート(しかも左で蹴った!)と、
サイド・ラインぎわで、生まれて初めて
フェイントで人を抜いてったプレイのことを
言ってくれたのだろう。
でも、まぁ、毎年毎年
勝敗に直接関係のない加点ばっかやねぇ。(苦笑)
ライバル・チームの監督さんにほめてもらえたよ、
とダンナさんに報告したら、
・・・・それが指導者ってもんだよ。
と言われた。
うーん、確かに。
どこのリーグにも、1人や2人はそういう
オーバーオールに教育的な人がいるもんなのだ。
ありがたい人達だよなぁ。
結局、今年は下位トーナメントの「優勝」トロフィーをもらった。
「ウィメンズ・トーナメント II 優勝」と
プレートに刻まれていた。
「その『II』ってとこ、消していいからネ」
おちゃめな大会役員氏が、そう言った。
・・・・「最低でも優勝」に、該当するのかな、こりは?
2003/2/8(土) 敷居
未消化のまま書くのは、良くないことかもしれないんだけど、
書いて落ち着きたいこともあったりする。
サッカーやろうよ、ってひと声かけたら
22人も女の子が集まる。
そのこと自体に驚きはあるけれど、
サッカーの人気を感じさせる話といえば、それまでのことなのかな。
「サッカー部」は敷居が高い、と言われる。
男の子のお母さんでさえ、そう思う人はいるようだ。
どうしてか?
土・日がつぶれる。他のことが何もできなくなる。
何かしらの「お当番」が回ってくる。
「世話役」なんかもやらないといけないかもしれない。
子供が高学年になると、全体の運営にも関わっていかないとならない。
要するに、親の負担が増える。
確かに、そうでなくてもサッカーで生活が回っているような
我が家のようなご家庭にとっては、
ちょっとやそっとの負担増は、相対的に大したことではない。
むしろ、外で元気にやっといてくれるんなら
その方がいい、という考え方もあるだろう。
そういう家庭は、ホイホイと子供をサッカー部に送り出す。
いや、そんな負担増なんて、
あと20年経って、60才になった時に
30才の娘と、もしかするとそのコドモ(=孫)と一緒に
球蹴りができるように、という遠大・長大な計画のもとには
大したことないのだ!
・・・・というのは、ウチの場合限定の事情。
そうではない価値観で動いている家庭のほうが、フツーだ。
(っつーか、全校でウチだけかもしれないしね。あははー。)
自分のコドモのことにかまけられるのなんて、
あと数年だよー、とも思う。(ちがうのかな?)
もうちょっとおっきくなったら、
朝起こして、おむすび持たして送り出すだけで
試合も見に来るな、とか言われちゃったりするんだろう。
(?? ちがうのかもしれないけどな。)
でもね。
基本的には、その高い敷居をまたいで行くのは
子供自身なんだよ。
子供の「やりたい。やってみたい!」という気持ちが
親を動かしもし、物事を変えていくのだとも思う。
別に、22人(うち、13人は既にサッカー部員だけど。笑)
全員をサッカー部に入れろ、とは思わない。
入るべきだとも思わないし、
別に強いてサッカーをやらなくても、
他にいろいろやること・興味の持てることはあるだろうから、
そういうことにはこだわってないんだ。
でも、こういうのって、出会いの問題でしょ?
きっかけがあるかどうか。
女の子だけども、サッカーをやる場所が身近にあるかどうか。
初めの一歩レベルでは、楽しく球けりできる環境があるかどうか。
本気モードになって、もっと本格的にやりたくなったときに
そういう女の子を伸ばしてくれる場所が近くにあるかどうか。
たまたま、そういうモノに巡り会って、
たまたま、やってみたら楽しくて、
たまたま、もうちょっと上手くなりたいと思っちゃうような出来事があって、
たまたま、いいチームに行き着いて、
そして、その先は・・・・本人次第だな。
チャンスの有無も、
フィジカルの壁も、
そっから先は、本人がどう捉えるかに、かかっていくんだろう。
プレーヤーとして登って行くことだけが全てでさえもないし。
大きく言って、彼女達に伝えたいことがあるとすれば、
自分に自信を持ってほしい、ということかな。
自信って、どうやったら持てるんだろう? と考えると、
それは、自分のやってきたことが持たせてくれるものなんじゃないのかな?
自分を信じられるだけのコトをやったぞ、って
自分で思えちゃえれば、それでいいんじゃないのかな?
もしかすると、「勝ち」を見なくたっていいのかもしれない。
自分はこれだけのことをやってきた、って
自分で誇りに思えるのであれば。
それが、たまたま、今自分が関わっているのがサッカーだから、
やろうよ、って誘っているだけのこと。
サッカーをやることの、価値も、感じ方も、人それぞれだ。
でも、その中からなにか、ポジティヴなモノを感じてくれさえしたら、
それでいいんじゃないか、と思い始めている。
高い、と言われている敷居を、
子供がヒョイっとまたげる程度にまで低くするのも
悪いことではない、と思っている。
・・・・と、ここまでは、前説。
本題はここから。
そうは思っているのだけれど、
実は自分は敷居の外側にいたいのだ。
敷居の内側で、いらっしゃい、と迎え入れるのは
誰か、他の人にやって欲しいと思っている。
サッカーやろうよ、って初めに言い出したのは確かに自分だ。
でも、それだけの女の子達を率いる力量も技量も余裕も自分にはない。
これは大変、無責任なモノイイなのは承知しているけれども。
・・・・自分と家族のサッカー生活を、犠牲には、できないよ。
女の子達と一緒に、他校と練習試合をやってみて
そんなところで揺れている自分を発見するのだった。
子供たちと、何か一緒にやるのって、キライじゃないんだよ。
好きなんだけども、
敷居のある一軒家の主には、なれない。
家持ちには、なりたくないし、本当になれないのだ。
・・・・じゃないな。
体はひとつだから。
もう、これ以上、家は増やせないです。
そんなにたくさん、住めません(苦笑)。
2003/2/10(月) さる・さか以前
サルだから、サッカーだから、という切り替えがついてないのは
その通りで、それは相変わらずなのだけれど、
それ以前に、
自分がどうして下手くそなのか、という理由は
サルでもサッカーでも一緒で、
その下手さ加減に於いては共通の問題が、自分にはあるのだった。
だから、蹴り方がサルっぽいからサッカーが下手なのではないし、
コートが狭くても広くても、やってることは同じで、
ともかく球蹴り全般に於けるこの弱点を克服しなくては
ここから先がない、と(やっと?)自覚しました。
でも、それは実は、
これまでにも自分で気がついていたし、
イロイロ一緒にプレーする人達からも指摘されてきたし、
別にちっとも新しい話ではないのだった。
まず、トラップが下手。
ちっとも自分の球にできてない。
次、あわてグセがある。
球ぎわで、バタバタする。
しまいに、視野が狭い。
全然まわりが見えてない。
これじゃぁ、どんなに走れても球は来ないし、
点が取れるわけ、ないじゃんねー。
中でも、一番深刻だと自分で思うのは
あわてグセだな。
トラップや視野の確保は、まだ反復練習や意識づけで
改善できるような気がする。
でも、あわてるってのは、治しようがない。
メンタルなことだけに致命的な感じがするのだ。
昨日デラで、とあるカップ戦に出てみた。
女性か小学生が常時2名以上出ての6人制。
予選リーグを3試合やって、1敗2分の3位。
別の予選リーグ3位のチームとフレンドリー・マッチをやってもう1敗。
でも、優勝候補とおぼしきチームに大敗しなかったのはよかった。
その中で、ばい〜んが指摘してくれたのは、
「トラップをちゃんとして、あわてないで前を見る」ってこと。
一緒にサルもしくはサッカーをやっているコーチ陣にも
よく言われることで、
あー、また言われちゃったよー、って感じではあるのだけれど、
これは言ってもらわないと
ドタバタしてるうちに終わってしまうので、
言ってもらったほうがいい。
・・・・で、言ってもらっても、スグには改善できないのが悲しいんだけど。
あわてるから、トラップもまずいし、
前も見ないでいいかげんに蹴ってしまうんだよね。
それを、一個一個、確実にできれば、どんなにか楽しくなるだろう。
ふと、車を止めるときのことを思い出した。
以前、免許取り立ての頃からしばらくの間(2〜3年?)、
あわてると言えば縦列駐車だった。
ちょっと前後に詰まったスペースに止めようとしようものなら、
それだけでパニックになったものだった。
よく、ダンナさんが「かわろうか?」と言ってくれたものだった。
それが、今ではスムーズに停められるようになった。
それは当たり前と言えば当たり前で、
家の車庫がそもそも縦列駐車なのだった。
車に乗るたびに、最低でも1回は縦列駐車をしなくてはならない。
そうやって、毎日のようにやっているうちに、あわてなくなった。
今では、道の右側の縦列でも入れられるようになったのだった。
駐車ごときであわてることは、もうない。
慣れなのかなー?
慣れれば、あわてないでできるのかなー?
縦列駐車の時の、手順ってあるでしょ。
あれは、今でも教習所の教官に教わったとおりにやっている。
こういうふうに見えるようになったらハンドルを切るとか戻すとか。
それでやれば、どこでもきちんと停められるのだ。
止める、見る、蹴る、って手順を
自分に、自分の体に、覚え込ませればいいのかなぁ?
なんか、あわてないコツ、あったら教えて。
切実な問題なんだから。
あ、あともう一つ、あわてると言えば。
レジ打ちも、苦手だったな。
習得する前に現場を離れちゃったけど(笑)。
単に、不器用なんだなぁ・・・・。
2003/2/11(火) 1アシスト、2アシスト、何アシスト?
日曜日は失意の中(おおげさ?)
さらにサル会のハシゴをした。
直接の知り合いは3割程度かな?
そこには、初対面 or 面識のあるようなないようなサル・チームの
皆さんが集まっていた。
初めて行く体育館で、様子もよく分からなかった。
Yは、前日のFCT女子練習試合(サル形式)に引き続き、
買ってもらったばかりのゴム底サル・シューズの出番が
早々にまた巡ってきたので、
実はちょっぴり、はりきっていた。
対面パスやリフティング、と
自分の4号サッカー・ボールで練習したところまではよかった。
なにせ、Y&Kを初めて見るようなお兄さん方の中なので、
ゲームにはちょっと出せないよ、と話した。
Yは、ガッカリしたような顔をした。
自分も来てみるまで誰がいるのやら
分からなかったくらいなので、
前もってそう言っておかなかったのは、少々かわいそうだったかなー、
とも思った。
退屈そうなムスメ達のそんな様子を察してくれたのか、
Yかダンナさんがお願いしたのか、はよくわからないのだけれど、
その日の仕切り役・とみぃさんが
+1でYとKを入れてくれた。
Yはうれしそうにビブスを着て
彼女の親達と対戦する Nattoさんチームに混ぜてもらった。
子供、
しかも、小3とか小1とかのちっこい子供、
しかも、女の子なんかが入っちゃうと
とたんにゲームは緩くなってしまう。
当たり前なんだけど、それを嫌う人もいると思う。
リーガ系の練習会だと、皆さんよく知っている面々なので
たいがいのセットには入れてもらえたりする。
Yにもボールを回してくれたりして、
皆さん大人で、とてもありがたい一方、
ちょっと申し訳ない感じもしている。
この日の Nattoさんチームも、なかなかに gentlemen で、
サイドを上がって併走するYに球を散らしてくれたりもした。
それに応えてYも、
シュートを狙ってみたり、ワン・ツーで返すなど、
スローでパワレスな(笑)プレーながら
意図のあるキックを繰り出していた。
結果、Yはこの日2アシスト。
・・・・その落ち着きを、母にも少し分けてほしい。
いや、マジで。
おにぎり食べてお腹がいっぱいになっちゃった、という理由で
なかなか入ってこなかったKも、
このYの活躍ぶりに触発されたかどうだか(関係ないと思うけど)
お腹が落ち着いたところでラスト1ゲームに参加。
さらにチビコでまだ蹴れないKながら、
この優しいおにーさん達はやわらか〜い球を
ゴール前にいたKにも出してくれる。
結果、Kはこの日1アシスト。
・・・・今からそんだけインサイド・キックできてればいいよねー。
母はうらやましいよ。
いいねぇ、子供たちは。
あと60年くらい、球蹴り人生があるんだもん(笑)。
い、いかん。
雨のせいもあってか、気分が下向きだ。
ともかく、この日ムスメ達を混ぜて下さった皆さま、
彼女たちはとても楽しかったし、自信をつけさせてもいただきました。
本当に、ありがとうございます。
帰りぎわ、Kに「アシスト」の意味を説明した。
「じゃぁ、シュートのまえのまえのパスを出したら
2アシスト?」
いや、そうやって数えるんではなくて・・・・
トドメはYの一言。
「今日、何アシストだったの?」
ねーよ、そんなもん(怒)!!
2003/2/12(水) How many Hitori-kuns?
1月半ばに、いつもの公園で初めて見かけた
一人君(と勝手に命名、2003/1/14 参照)は、
虚しい一人パス練を繰り返していたのだった。
蹴っては球を拾いに走り、
遠くに蹴りすぎないように力加減しているらしいのだった。
多分、同じ一人君だと思うが、
先週久し振りにまた見かけた。
おー、いるじゃん、と思ったが、
こちらがストレッチングをしている間に
さっさといなくなってしまったので、声はもちろんかけていない。
先週の別の日に、もうひとり別の一人君がいた。
いや、背格好は元祖一人君と似た感じで
一見サッカー風のいでたちなのだが、
こっちの一人君はスクーターを横付けしたかと思うと
広場まわりをぐるっと何周かランニングしていた。
後半、スプリントに切り替えて走ったりしていて、
終ってから、ノートに記録をつけていたようなので、
陸上の人なのかなー、という印象だった。
で、シューズをはきかえてさっさと行ってしまった。
そして、昨日の夕方。
外から帰って、雨の合間に一人で公園に行った。
もう薄暗くなり始めていて、いつもと違う時間なのだけれど、
そのスクーターの一人君が来ていた。
二人目の一人君、
昨日はサッカー・ボールを蹴っていた。
この人は、広場の端の金網に向かって蹴っていた。
・・・・だよねー。
球拾いに走るよか、それだよねー。
・・・・っつーか、同じ一人君なのか?
ヘタッピィ・ラリー、現在最高記録は20回。
伸び悩んでます。
2003/2/13(木) 線を引く
自分の蹴るべきキックの弾道が見えなくて蹴れなかった、
という話があったけど、
これは、ゴール前ならとにかくゴールへ蹴る、
そういう心構えで今後はいこう、ということで
一旦、自分の中では落ち着いた。
んじゃ、ゴール前でなかったら、どうする?
・・・・あー、そーだよねー。
FWじゃないから、ゴール前じゃないトコで
ボールを持つことの方が多いもんねー。
そこで思ったのは、
「止める・見る・蹴る」のプロセス中、
「見る」の段階で、線を引くイメージ・トレーニングを
したらいいのかな、ということ。
見て、相手(のいるあたりらへん)へ蹴るのと、
見ると同時に相手までのパスを線としてイメージして蹴るのと、
多分とてもちがう。(できないから「多分」ね。)
線を引くってことは、
パス・コースだけではなくて、キックの蹴り方や強さなんかも含めた
1本のパス全体のイメージを持つってことなんだね。
対面パスでそれができなければ、
自分も動いていて、
ディフェンダーもいたりして、
パス出しの選択肢もあったりして、
でもって受け手も動いている、という複雑な状況の中、
瞬時に判断して意味のあるキックを蹴ることなんて、
とてもじゃないけどムリなんじゃない?
その「線」が、立ち現れて見えてくるのをじっと待つのではなくて、
自分でそれを引いちゃえ、というのが転換点その1。
そして、それをシュートだけではなく
1つ1つのパスについても適用しよう、というのが転換点その2。
こう考えてくると、
普段いかに自分が無意図にプレーしてるか、
よーくわかるよね。
まずは、一本のパス練から。
その一蹴り一蹴りを、大事にしなくちゃね。
2003/2/14(金) どうしてフルコート?
前にも書いたけど(2002/12/25 参照)
11人制でサッカーをしてみたい、と思っている。
子供たちがやってる試合だって11人だ。
J1だろうがJFLだろうがセリエAだろうが、
普段我々が目にするサッカーというのは
当たり前のことだが、11人制なのだった。
自分はどこのポジションに当たるんだろう?
そしたら、どんな試合を見ても、
そこをやってるヒトのことを、これまでよりも気をつけて
見るにちがいない、と思うのだ。
何事も、やってみないと分からない。
やってみれば、
それまで見えてなかったことも見えるかもしれない。
「見る」と「やる」の接点が増えるにちがいない。
そうも思う。
今の自分にとって、唯一のサッカーの場、
SFMのコーチに、率直に聞いてみた。
・・・・ママさんで11人制、どんなもんでしょう?
簡潔なお返事は「体力的にキツイでしょう。」だった。
・・・・でも、やってみたいんです。個人的に挑戦してみたくて。
「厳しいだけなので、みなさんのモチベーションが高ければできます」
だそうです。
みなさんのモチベーションは、いかがでしょう(笑)?
考えなくても想像がつくのは、
どんなに広くて人数が多くても、
蹴る力がないと団子になる(笑)、ということ。
走る体力と蹴る力が、
多分まだ足りない、と自分でも思う。
SFMに限って言えば、
もともと11人制出身者が4人いるので、
あとの7人+アルファ(含む自分)の体力レベルが問題だ。
まだ東京に増田がいた頃のこと。
試合前、ピッチでの練習を見ていて、
増田と組んでパス練をしていた選手の出す球が
もう一つ弱い、と感じた。
ゲーム中、彼の出すパスは、
時として簡単に相手ボールとなってしまった。
あぁ、弱い、短い、とハラハラするのだった。
ふと、そんなことを思い出した。
その「弱い」パスでも、
SFMレベルから言わしてもらえば充分強くて長いのだ。
そんなわけで、同じ広さのフルコートを取ったとしても、
その中で展開されるサッカー(らしきこと?)の中身は
多分全然ベツモノだったりするのだろう。
何の参考にもならないような経験になるかもしれないけれど、
少なくとも、弱いだ短いだ、とブーイングしたところで、
彼以上に強くて長い球など、
スタジアムにいるほとんどのヒトには蹴れやしないのだ、
ということは、身をもって知ることになるのだろう。
それだけでも、
ほんの少し、サッカーという実体に近づけるのではないか、
そんなふうに思うのだ。
だから、フルコート。
いつかは挑戦してみたい。
その日のために、準備だけはしておきたい、と思う。
もうちっと、マトモに
蹴れるようになっておきたいな、と。
ウチのダンナさん、チョコレートは食べない。
なので、今年唯一買ったチョコレートは
SFMを立ち上げてくれた女性に贈った。
チームを軌道に乗せるだけ乗せて、
自分は体をコワして泣く泣く辞めざるをえなかった彼女には、
本当に、
心の底から、
感謝している。
「2年後には復帰できるかな?」
試合を見に来てくれた彼女が言った。
・・・・あのね、このチームでフルコート、やってみたい。夢なんだ。
まだまだ先になるとは思うけど。人数もいないとできない。
だから、帰ってきてね。待ってるから。
「夢がかなえられるように、がんばるね」
・・・・うん。ホントに待っているんだよ。
貴女がいなければ、今の私はないんだもの。
2003/2/15(土) 新コーチ誕生!
この日曜のAZM練習に、
いつものAKコーチが来られない、ということで
白羽の矢が立ったのは、
ママさんチームSFMの大黒柱、HYちゃん。
AKコーチは、若いけど社会人だし、
若いからいろいろな都合で(笑)来られないこともある。
そういう時のためにも、AZMにはもう一人
サブコーチがいずれにせよ必要で、
前にもHYちゃんに(非公式に)話を持ちかけたことがないでもなかった。
でも、その時は
動植物と子供はニガテ、とにべもなく断られたのだった。
育てないとならないのはダメなんですー、と。
(二児のおかーさんなのに、その言い様は、ねぇ・・・・。笑)
何でも一度、どっかのチームにヘルプでコーチしに行ったそうだが、
本人曰く、全然うまくいかなかったのだとか。
以来、指導者には向かない、と確信してるのだそうで。
その割には、私ら、面倒みてもらってるんだけどね。
あ、大人だからいいのかな?
この年になって「育てられる(受動態)」とは言わないから?
このところ、ホーム・グラウンドで
AZMは何試合かやっているわけなのだが、
HYちゃんは偶然(というか、サッカー部員の息子君のお迎えついでとかに)
彼女たちの戦いぶりを見ていてくれてた。
この日記を読んで下さる皆さんにはもう、
周知の事実だと思うけれども
今のAZMはハッキリ言って弱小チームだ。
ウチのYらのように、他校サッカー部から借りてきてやっと
試合になる人数がそろうくらいだし、
めったに勝たない(笑)。
ンー年前に都大会優勝なんて歴史は、今や何の連続性もないに等しく、
ちっとも意味を成していないのだった。
今のAZMは、練習はマジメ(当たり前だけど)、
サッカーが好きで、雰囲気はなごやか
(だから弱いのか、弱いから仲がいいのか・・・・)、
上級生が下級生の面倒をよくみる、
ちょっとした大家族のようなカンジ。
勝てないけれど、あきらめもしない、
熱くもならないけれど、くさりもしない。
そのうちいつかはきっと勝てるよね、みたいな
ホンワカした共同幻想を
「おにいちゃん」がしっかり束ねている、といったところか。
でも、この「おにいちゃん」はものスゴイ「勝ちたがり」なので、
どうやったらこの子達に火がつくのか、と
いつも頭を抱えているんだろうけれど、
不用意になつかれているのは確かなのだった(笑)。
AZMの世話役(=JJちゃん。同じくSFMのチームメイト)が
ダメモトのつもりでHYちゃんにコーチの代役を打診した。
JJ: 今度の日曜日なんだけど、AZMのコーチ、できない?
AKコーチがお休みで・・・・
HY: あー、いいですよー。
JJ: へ? いいの? あんなにイヤがってたのに?
HY: だって、別にオーバーヘッド教えろってんじゃないんでしょ(笑)?
そして、続く言葉にJJちゃんと私は泣くのだった。
HY: あのコたちならいいよ。マジメだし一生懸命だし。
そーなのよー。わかってくれるー?(涙)
去年の今頃、
あまりの部員の少なさに、お取り潰しの危機にあったAZM。
それでもJJちゃんがどうにか部員をかき集めて
コーチもついてくれて
どうにかやっと続いているこのチームを、
なくさないようにと私達が頑張れるのは、
彼女たちがサッカーしてるのが、楽しそうだから。
チームが無くなったから彼女たちのサッカー人生も終わり、
なんてことには、どうしてもしたくなかった。
Yに限って言えば、
もちろんAZMがなくても、FCTでサッカーは続けられる。
でも、高学年になったらどうだろう?
ここぞという試合に出してもらえないことが増えてくるだろう。
いつまでも男子の脇役でサッカーしてなきゃいけないのでは、
本当のサッカー人生ではない、と私は思った。
こういうボランティア・コーチというのは、多分、
そのチームを気に入らないとできないんじゃないかな、と思う。
だから、AKコーチがAZMやSFMを持ってくれているのは
それなりに何か「イイもの」を見つけてくれたからじゃないかな、と。
そして、今回HYちゃんが参画してくれるのも、
AZMのみんなが獲得したコトなのだ、と思った。
あー、ホントにありがとねー、HYちゃん。
もとい、HYコーチ。
・・・・って言ってて、一回やってもーやんなっちゃうかもしれないから
まだヌカ喜びだわね(笑)。
2003/2/16(日) 一声一挙手一投足
・・・・において、HYコーチはすばらしかった。
本人は多分、とてもリラックスしていて、
むしろSFMのママさん相手の時よりも、気遣いが不要な分
「素」のHYちゃんだったんじゃぁないだろうか。
シュート練の時も、
女の子達の一本一本のシュートに
何かしら言葉をかける。
球出しを手伝ったが、
ボール1個ほうるのでさえ、
HYコーチのようには上手くできなかった(と思う)。
コーン2個でゴールを設定、低いボールでシュートをねらう
ミニ・ゲームをやった。
やっているうちに、彼女は何か思うところがあったようで
ゴール・ライン上にゴールを2つずつ作った。
それぞれ左右のコーナーに近いところにゴールを設定しなおし、
ボールを2個に増やした。
「見てるだけだと寒いから、コーチも入るね!」と
HYちゃんもビブスを着た。
数合わせに自分ももう一つのチームに入る。
HYちゃんから子供に出るパスは、見事に受けやすく、
次への意図を感じさせるものだった。
一方、自分から出るパスは、相変わらず
パスというよりはね返してるだけってかんじで、
その一本のキックの精度からそれの意味するモノまで、
HYちゃんの足下にも及ばないのだった。
タメイキが出ちゃうよ。
すばらしすぎて。
唯一ドリブルで切り込んでいける子にボールが渡る。
同じチームなので、「前あいてる、いけるよ!」と後ろから声をかける。
するとHYコーチからは、こういう声がかかる。
「逆サイドも見て! あいてる子がいるよ」
ドリブルにしてもパスにしても、
タテの意識が強いことにHYコーチは着目したのだった。
だから、視野を広く持たせ、
サイド・チェンジなど横に広くスペースを使わせるために
両コーナー寄りにゴールを置いたのだ。
あー、やっぱよく見てるわー、と思った。
それも、開始早々、2分くらいでゴールを増やしたので、
彼女たちのテーマをすぐに見極めたことになる。
ゴール前で守っていたこんちゃんが、
簡単にゴールを許してしまった。
「あーっ、こんちゃーんっ!」と私が叫ぶと、すかさず
「ドンマイ、ドンマイ!」とHYコーチが合いの手を入れる。
(こんちゃんは、チットモ気にしないタイプなのを知っているので
いじっても全然平気なんだけど)
HYコーチの声は、あくまでも前向きで優しいのだった。
結局、小雨まじりでグランド・コンディションとのせめぎ合いの中、
「あがろうか」と言うHYコーチに
「まだやるっ!」とムスメ達が言い張って
時間いっぱい、びしょぬれになりながらゲームで締めた。
「子供たちは元気ねー」と言いながら、HYちゃんも楽しそう。
よかった。
楽しそうだったから、また頼める(笑)。
練習後、HYちゃんは言った。
「みんな、『XXさん、XXさん!』ってよくあなたになついてるよねー」
・・・・んー、去年一緒に合宿行ったからかな?
仲良くしてもらってます、ハイ。
「そういうのが大事なんだよ。
今年は私も息子の学年の世話役だから合宿、行くね!」
・・・・えっとぉ、今年はFCTの合宿とビミョーに重なってるから、
こっちは来られないなー。がんばってね!
(きっと、ムスメが一挙に10何人増えたような感じになるよ!)
「じゃぁ、お母さんだけこっちに来れば? 練習相手ほしいし。」
・・・・あー、ナルホド。・・・・って、またムチャを。
(本気にするから、勘弁してー!)
「Yちゃん、上手いねぇ。パワーはないけど、上手さで勝負って感じ」
・・・・ん? うーん、そーおー?(とりあえず)ありがとー。
(いや、私の望みは、もっと走れ!ってことだな。)
「大切に育ててあげてね!」
・・・・いやー、大切もなにも・・・・。
でも、なんかいいなぁ。
親子で同じコーチに見てもらうってのもおもしろいんだけど、
親のチーム・メイトが娘のコーチってのも、なんかいい。
なにがいいのか、まだよく分からないけれど。
2003/2/18(火) 長いつきあい
今、自分のチーム・メイトと呼べる仲間の中で
一番つきあいが古いのは、もちろんダンナさんなのだが・・・・
10ン年来の知り合い・ヒロキよりも
まだ古いのが、一人いる。
いや、ダンナさんのほうが初対面がちょっぴり早いだけで、
「つきあい」的に一番長いのは
ママさんチームSFMのNTちゃんなのだ。
中学・高校とバスケットボールに明け暮れた後、
なぜかスッパリやめてしまったのは、自分でも不思議。
その後を過ごしたキャンパスにも、弱小バスケ部はあったのだけれど
それまでやってきた雰囲気とあまりにも違っていて魅力を感じず、
「別のコトをやりたい」と寄りつかなかったのだった。
でもまぁ、人手が足りないってことなので、
秋の大会までのほんの一時期、
夏休み中の練習・合宿から大会敗退までの間、
そのバスケ部の活動に参加したのだった。
その時のチーム・メイトが、なにを隠そうNTちゃんなのだ。
(一応、彼女は1つ先輩なので、当時は「Tさん」て呼んでたな。)
お約束どおり、大会後、即退部。
別のコトで忙しくしたりしているうちに、
ダンナさんと話すようになった。
(どーでもいいけど、くっつくまでには
それから1年半以上かかるのだった。)
次の春頃だったかなぁ?
キャンパス内で自転車のNTちゃんとすれ違った。
体育棟の前だったような気がする。
元気ィ? なんて立ち話を始めるうちに
彼女はこう言った。
私もバスケ部やめたんだ。で、
女子サッカー部を立ち上げたんだけど、やんない?
別のコトで忙しかったし、
腰に不安もあったから、スポーツをやろうという気持ちが全くなかった。
そして、それよりもなによりも、
サッカーなんて、自分でやろうとも見ようとも、
これーっぽっちも思っちゃいなかったんだよね。
元気だねー、Tさん。がんばってねー。
そんなようなことを言って、別れたのだった。
その時、別のコトで忙しくなくて、
チラッとでも「サッカーかぁ。オモシロそう」と思ったりして
一回でもNTちゃん達の練習を見に行ったりして
そのままなしくずし的に部員にならされたりして
体育棟やらグランドやらで残りのキャンパス・ライフを過ごしていたら、
まずダンナさんとは結婚してなかっただろうし、
ということはYもKも生まれてなかったし
そうするとAZMという少女サッカー・チームのことなんて接点ないし、
ひいてはSFMというママさんサッカー・チームのことも知らないし、
たまーにOG会とかでNTちゃん達に会って
「どっかにいいママさんチーム、ないかねぇ」とか言ってるだけで
球蹴りの場がないないって不満に思っていたりしたのかもしれない。
共通の知人から、NTちゃんが
「どっかにいいママさんチーム、ないかねぇ」とか言ってるってことを聞いて、
SFMに誘ったのは、ちょうど一年前。
以来、彼女はSFMの重要な戦力だし、
学生時代に対戦していたというHYちゃんとは
彼女が現在所属しているもう一つのチームにも引っ張られて
ダブルでチーム・メイトとなったのだった。
NTちゃんの中高時代の友人、AMちゃんもSFMで一緒にサッカーすることになり、
なんだか狭いところで人脈は次々とつながっていったのだった。
サッカーやんない?
ってNTちゃんに声をかけられてから20年経って、
巡り巡って、結局一緒にサッカーしてる。
・・・・てことは、どのみちサッカーする人生だったってこと?(笑)
2003/2/19(水) ヒエラルキー
リフティングって、
練習すれば誰でもできるようになるのかな?
このところ、ちょっとリフティングが上手になったY曰く、
最近シュート練で、入る確率が高くなったのだそうだ。
以前、FCT部員の男の子がミニ・ゲームでシュートをはずし、
それを見ていた監督さんが
「お前、リフティングの練習しろよ。
続くようになったら、今みたいなシュートは入れられるぞ。」
とけしかけてたけれど、どうやらそれは本当らしい。
というわけで、リフティングの練習をしようと思うのだが、
・・・・結構、場所を選んじゃうんだよねー。
ほら、できる人ってどこでもやってるじゃない。
グランドでも体育館でも、
上手だとドタバタしないから場所をとらない。
それに、人に見られていても
別に困らないでしょ、上手い人は。
ヌマコがこないだ言ってたけど、
ヒロキが近所の公園でリフティングしてると
子供たちがワラワラと集まって来るんだそうだ。
一躍コドモのヒーローに!?
あと、自分が子供なら、ヘタでもいいよね。
いかにも「ただ今練習中」ってかんじで。
この年で、
しかもおばさんが、
ヘタクソなリフティングを練習してるってのも
恥ずかしくってお見せしたくないし、
実際広いところでないと、球がアッチャコッチャ行くから
皆さまのご迷惑にもなったりする。
というわけで、これはもう、闇練しかない(苦笑)。
こないだ、ちょっぴり調子のいい日があって、
リフティングを初めて楽しいと感じたことがあった。
(続かないと、ハッキリ言って、苦痛だもん。やんなるし。)
自分の感覚からすると、
そうねー、10回続くくらいかな、見られてもイヤじゃないのって。
あ、これくらいちゃんと当たってて続くんだったら、
闇練じゃなくてもイケルかな? と思った。
思うに、リフティングができるかどうか、
どれだけ柔らかく突けるかどうか、って
なんかヒエラルキーみたいなもんがあるよね。
ヘタだからやっかみでそう感じるのかな?
リフティングが上手いからって、
サッカーというゲームの中で強者かどうかはまた別の話。
でも、とりあえず球蹴りの場面でリフティングが上手いと
なんだか有利なような、威圧感があるような、そんな感じがする。
・・・・え、しない? そうぉ?
ある程度続けられるようになったら、
逆にどこでも練習できるような気がする。
でも今は続かないから、闇練になっちゃう。
・・・・なんか、シロウトに不利な構造になってないか?(あ、私だけか。)
ていうか、恥ずかしがらずにどこでも下手なリフティングを
やりゃぁいいんだよね。やりゃぁ。
・・・・でも、それって、イヤじゃない?(これも、私だけ?)
ヒナタで披露できるくらいのリフティングなんて、
一体いつになったらできるようになるんだろう?
上手い人って、一体いつ上手くなったんだろう?
・・・・あー、やんなっちゃうなぁ・・・・。
一生のうちで50回くらい、できるようになったらいいのになー。
なると、思う?
うちらのママさんレベルでは、それはかなり
ヒエラルキーの上の方だな。
それって、かなり実現する可能性の低い目標だよな(タメイキ)。
でもまぁ、そんな目標でもないと、闇練さえしそうにない。
やったもの勝ちなんだろうなと
自分を鼓舞するのだった。
2003/2/20(木) パパとの再会
サルでもサッカーでも
ゲームをやった次の日に必ず筋肉痛になるところがある。
それがモモ裏の筋肉だったりすると
うれしいのにねぇ。
・・・・使うべきトコをちゃんと使ってたってことだもんねぇ。
私が痛くなるのは、そういうトコではなくて、
左の上腕から肩、肩甲骨にかけての背中なのだった。
試合の翌日なんか、左腕は回せないくらい痛くなる。
こないだ、筋肉痛の話を
SFMのチーム・メイト、IDちゃんとしてたんだけど、
彼女の見解では、私の筋肉痛は
右でキックするときにバランスをとるからじゃないか、とのこと。
うーむ、そうかなぁ。
試合中、そんなに球けってないと思うぞ(苦笑)。
肩とか腕に余計な力が入ってるんだと思うんだ。
リキんでるんだと思うのよ。
オマケに、けり足と同じサイドの腕って
なんか、足とリンクして同じ形を作ろうとする。
(これは、私だけなのかな?)
例えば、右でインサイドをけろうとする時は
右腕もひじが前に出て、
手首の内側を押し出すようなカッコウをしてたりする。
イン・ステップの練習をしてる時は
けり足の側の手は軽くグーになってて
手の甲を前に押し出してたりするんだ。
・・・・つーことは、
私の手を見てると、けろうとしてるキックがバレバレなのね。
バレようがまいが、別にコワかないもんなんだけどサ。
けるのには全く何の意味もない、クセのようなもんなのだが、
左でける時は特に緊張するから、
左腕もかなりリキんでるんだろう。
むしろ、逆効果だよねぇ・・・・。
肩に力が入ってるわけだから。
力が抜けている、といえば
最近ではバッジォとかフィーゴとかが思い浮かぶ。
上体はすっかりリラックスしていて
それでて体の芯がしっかり通っていて、
過不足のない、必要なだけのパワーを
けり足からボールに無駄なく伝えているようなキックを、
その体の中心から出しているかんじだ。
脱力が不得手なのは、
思えば父親ゆずりかもしれないなぁ。
不器用でスポーツにコンプレックスがあって、
している努力の割には巧くならないところもよく似てる。
骨格も似ていて、体のゆがみも多分同じだろう。
こんなところで、亡くなった父に再会するとはねぇ。
懐かしいとも言えるけど、
ちょっとメイワクな遺伝だな(笑)。
脱力も、練習でできるようになるんだろうか?
なんか、リフティング50回よりも
そっちの方がむずかしいじゃん。
ううむむむ・・・・
ヘタッピィ・ラリー、記録更新。
30の大台には乗りました。
でも、27回くらいからダンナさんがへらへら笑い始めるので、
可笑しくなって30でヘマっちゃった。
笑うな、コラ。
2003/2/21(金) 春遠からじ
このところ数日、
ナイーヴで少し難しい話題について
何人もの人と話すことに時間を費やしている。
(ここに書くような話題じゃないんだけどね。)
仕事も年度末のピークに向かって
そろそろダッシュの態勢に入らないとならない。
こういうときに限って、
練習は雨で中止になったり
試合と仕事が重なったりして
球けりに出かけることもままならない。
東京の試合もまだ見られないし、
非サッカー的日常に埋没しそうになる。
1.5時間しか寝てないので眠たい。
飲めないコーヒーを淹れてカフェインの世話になる。
あー、やばい。ぼーっとしている場合じゃないのに。
それでも、日が延びてきたよね。
花粉も飛んで、春遠からじだ。
Jの開幕もあとひと月先まできた。
きっとこの先、いいこともあるよ。
例年キツイこの時期だけど、今年はちょっと違うところもある。
とりあえず、毎日走ってボールを触ってるってこと。
毎日、少しずつ少しずつ、何かが変わっていく。
昨日は右のリフティングが15回まで記録を伸ばした。
今日はドリブルが少し落ち着いて、ほんの少し顔を上げられるようになった。
明日は前屈がちょっぴり深くなるかもしれないし、
蹴るときの足の振り子運動とインパクトの瞬間までの感触が
いくらか改善するかもしれない。
スネないで、トレーニングの時間さえ短くても割くことができれば、
毎日やるべきことがある。それって、すごいなぁ。
ただの球けりなのに、練習しときたいことがたくさんあって、
ちっとも飽きないよ。
それだけ、まだ出来ないことがたくさんあるってことなんだけどね。
春遠からじ。
あわてないで。
きっといいことがあるだろうから。
・・・・そんなふうに、今しばらくは耐え忍ぼうと思うのだった。
2003/2/22(土) いい音
Yが26回、右インステップでリフティングできた!
というのが我が家のニュースになっていた頃、
その現場にいたAKコーチとの会話。
「母さんも、Yちゃんにリフティングを教わるといいですよ。」
・・・・えぇ、両親で「教えて」って言ってるんです。
「音を聞いて下さい。
いい音してますから。」
この前、チーム・メイトのHYちゃんがコーチしてくれた日も、
彼女にはこう言われた。
「Yちゃん、リフティング上手ね。
音がいいもの。」
それなりに練習の甲斐あってか、
ダンナさんも自分も、練習する前に比べれば多少回数は増えている。
(ほんのチョットだけどね。)
でも、なんだか上手くなってる気がしない。
マグレでできたようなカンジが、消えないのだ。
Yと何がちがうんだろー?
・・・・と思って、見てみる。
ねぇY、ちょっとやってみてよ。
今日のフットサル練習会で、一緒に見ていた方にも
わかっていただけると思うが、
確かに音が全然ちがうのだ。
ポクッ、ポクッ、かな? 表記すると。
ウチら親のは、
パシッ、
バシッ、
ガスッ、
・・・・ってとこかな。
その音の違いには、確かに驚くよ。
マグレでも、あんな音はしない。
どうやったらあんな音で球が突けるのか、
ちょっと解らないくらいだ。
やはり集中できないのか、たいして回数は続かないけど、
あの音はちょっと聞いてみてよ。>練習中の知り合いの皆さん
2003/2/23(日) 気分は下降線
モノゴト、甘く見てはいかん。
何事も。
どこかで流れを変えないと。
・・・・とは思うけど、焦ってもきっとうまくはいかない。
まずは寝よ寝よ。
寝不足だから、気分が晴れないんだろう。
一晩寝てから、次を考えよう。
(でも、なかなか気分を変えられない自分なのだった。)
で、ケリーの「チョキ」で勝ったニュースが舞い込む。
はぁ〜? 「チョキ」って・・・・。
それってジャンケンで決めるようなことなの??
ちょっと脱力。
そーゆー、しょーもない東京の話題に、
ちょびっと救われる気もするのだった。
フツーなら、かなりとんでもなくしょーもない話だけどね。
ショーチュー飲んで、寝よ寝よっと。
2003/2/24(月) ほめる
こどもについて、思うこと。
「すくすく」とか「のびのび」とか、
それもモチロン素敵なことだけど、
そういう理想論的な子供像を押しつけるんではなくって、
そのままでいいんだよ。
いいとこ、もう持ってるよ。
・・・・って、伝えたいなー、と思う。
そういう意味での「褒め上手」になりたいもんだ、センセーとしては。
むずかしいんだ、これが。
与えられる「お題」は、常に多かれ少なかれクソガキだからねぇ(笑)。
コイツのドコを褒めろと??? ってこともある。
そういう時の初手としては
できるようになったコトをピック・アップして褒めるんだな、まず。
そこで
一番手近なトレーニングは、
自分を褒めることだな、と思い当たる。
特に、今みたいにバイオリズムが下ってるようなときには。
そこいらのクソガキを褒めるよりも、案外むずかしい。
特に、失敗をやらかして落ち込んだ次の日なんかには。
ここで注意点は、具体的に褒めること。
「よくがんばった」とかいうんではなくて。
場面がサッカーの試合なら、
「がんばってたね」と言うよりも、
「あそこで10番の子のドリブルを止めたのがよかったね」とか言った方が
いいんじゃないか、と思ったりする。
それには、よく見てないと。
・・・・自分のことなら、どれだけ客観的に自分を見られるか、が問題ね。
ふぅ・・・・。
時間が欲しいな。
少し、落ち着いて昨日までのことを考えたい。
で、寝不足になるという悪循環。
大人はタイヘンなのね。
2003/2/25(火) 形から入る
・・・・タイプではありません、私は。
念のため。
というか、むしろ逆だな。
私の「見た目軽視」に勝てる主婦は、そういまい(笑)。
でもまぁ、ワカモノにとって、見た目は大事。
1年前の区大会初参戦の折りなど、
試合前の若手コーチ陣からのアリガタ〜イお話は
「ユニのパンツは下げて腰ばきに!
シャツは下をちょこっとパンツにはさむ程度のルーズな着こなしで!
ストッキングもぴっちり上げない!
シン・ガードがギリギリおさまるところまでたるませて!」
・・・・だった・・・・。
当時は、毎試合毎試合、それを注意されてたけれど、
いつからか全然言わなくなったな(笑)。
おばさん達を今風にコーディネイトする徒労に気がついたんだろう。
彼ら若手コーチ陣(多分平均年齢22才)は、
子供もユニの着こなしで評価しているフシがある(笑)。
一時期AZMに来ていた女の子(現在広島在住)で
なかなか上手い子がいたのだけれど、
目の前でディフェンダーをかわして抜いていったドリブルの技術、
ではなくて、ちょっぴりタテ襟なその着こなしを
やんやとほめちゃったりするトンデモナイ奴らなのだった。
着こなし、というのは全く私のフィールドではないので、
襟とかタルミとかはどうでもいいんだけれど、
立ち姿の美しさに見とれることはある。
それは、何をどう着ようと変わらない、
衣類の内側の問題でしょ。
筋肉の付き方とか、体のバランスとか、発する気とか、
そういうものは、美しいなぁと思うし、
そのような美しさならできたら欲しいなぁとも思う。
お店で買えないそういう美しさ、って
でも、ものすごく努力しないと得られない。
そういう労は取らないから、結果的に「見た目軽視」で落ち着いてるのだ。
ところで、その若手コーチ陣のよきアドバイザー的な存在として
ご自身を「年輩」と名乗るYNコーチという方がいる。
唯一私より年長で、確か兄と同い年だったんじゃないかな。
で、ユニの着こなしを云々しないこの同世代のコーチ曰く、
「サッカーは形から入ればいいんですよ。
形があってれば、できてるってことになるんです。」
あー、まーた、形からですかー。
でも、彼の言ってることは、意味が違う。
上手い人のを見て、マネをするように、と言う。
特に足首の使い方なんかは分かりやすい。
Yの、ちょっとしたボールのさわり方やトラップを見ていると、
ある時期からすごくサッカーっぽくなったなーと思う。
(去年の秋頃だな、気がついたのは。)
上級生やコーチを見て、マネしてるんだろうと想像がつくけど、
なんだか急に上手くなったような感じがするのだ。
感じがするだけで、何がどう上手ってわけでもないのだけれど、
Yの足首の使い方が柔らかくなってきたのは確か。
特に、イン・ステップでいろんな触り方ができるようになったのが大きいのかな。
それが、今日の「いい音」リフティングの布石になってるのかもなぁ。
だから、リフティングでもドリブルでも、
上手い人がやっているのを見てると、何かしらヒントがあって、
あんな風、というイメージを重ね合わせて練習すると、ちょっと調子が良くなる
・・・・ような気がする。
最近で印象的なのは、DVD「6月の・・・・」で見た柳沢のリフティング。
球をついてる合間に死角になっているほうに顔を振るヤツ。
ああやって、瞬間的に視野を確保する練習してんだー。
・・・・とかね。
もちろん、今そんなことはやろうとしたってできないし、
マネ出来るレベルじゃないけれど、
少なくとも対面パス練やドリブル練で顔を上げる努力には結びついてるかな。
あのヘナギサワのイメージで、って・・・・(苦笑)。
衣類に頓着しないさすがの私でも、
YNコーチの言う「形から入る」には納得した。
いや、ホント、初めに言われた時は
やだなぁ、って思っちゃったんだもの。
上から下までカルイなー、って(笑)。
でも、実はそこに大事なヒントがあるような気が、今はしている。
2003/2/26(水) 努力の人
去年のAZM夏合宿のあと、
AKコーチはYについて、こういった。
「つまらない反復練習を、きちんと最後までやり通せる子です」
他の子が飽きてダレていても、Yはマジメに繰り返しやってたのだそう。
・・・・それはねぇコーチ、ダマされてると思います。
と、親として断言しときました(笑)。
だって、どう考えても、それはYのガラじゃないんだもの。
いつ見たって、Yは走らないし、
ミニ・ゲームだって好んでゴール前に張りついてるし、
「走るのが好き」なんて大ウソじゃん、って感じだし、
練習には行くけれど、自分で練習はしないし、
いつもサッカーのことを考えてるようなタマケリホリックなトコもないし、
自分は労せず他人を指図して動かしてやれ、みたいなところで
これまでにも友人達とぶつかってきたし、
なんか、どうにかしてサボってやろう、と思っているように見えて、
生真面目な母としては、とっても気になっているのだった。
ただ、
何かしらの理由で本人が「やってみたい」と思ったことは
熱心にするのね。集中力もあるし、器用だから結果もついてくる。
そういうことが、合宿中に何かあったんじゃないのかな。
たまたまピントが合った、みたいなことが。
そこだけ見て、コーチ達は彼女にダマされたんだと(笑)。
亡くなった私の父は、絵に描いたような努力の人だった。
努力をする、という才能を天は彼に与えたけれど、
彼の努力は必ずしも実を結ばなかったように思う。
音楽を愛でる心はあったけれど、
美しく歌ったり奏でたりする能力には恵まれていなかった。
そんな父が、退職を目前にして
憧れのチェロを始めたのはいいけれど、
先生が「少しレッスンをお休みにしましょう」と申し出るほど、
基本中のキ、運指練習をイヤというほど繰り返して
腱鞘炎になっちゃうような人だった。
「これができないんだから、練習曲はまだまだだ」とがんばったので、
弾けるようになった曲は、1、2曲しかないんじゃないかな。
「つまらない反復練習を、きちんと最後までやり通す」っていうのは
彼みたいな人のことだと思う。
その血筋の、何百分の一でもいいから、
Yに遺伝していてくれればなぁ、と思っちゃうのだった。
だから、
たいした努力もしないYが、
それも身体能力的に特に恵まれてもいないYが、
あのリフティングなもんだから、
彼女の両親に走ったその衝撃たるや大変なモノがあったのだった。
・・・・つーか、
あれじゃぁ、努力の人達が報われないよなぁ・・・・。
それも、子供の特権か。
成長するのがおシゴトだもんね。
2003/2/28(金) ボール・ネットがないので、
そこいらへんのスーパーの袋に
Yの使い古しの4号球を入れてみた。
(例の皮むけボールね。まだ捨てないで持ってるのだった。)
選んだ袋が失敗だった。足まで届かない。
別の袋を選ぶのも面倒だったので、
新聞紙を束ねるビニールひもで持ち手を延ばしてみた。
KG-Bang!でとみぃさんが紹介してくれた ように
(2003/2/19 「早速」参照のこと)、
袋入りのボールをイン・ステップに当ててみる。
さすがにスーパーの袋だけあって、
ガサガサする。
足に当たってる音が聞こえなくて、あんまりうまい作戦ではなかった。
でもまぁ、帰ってきたYをつかまえて
やらせてみる。
Yだとガサガサいわないとか、なんか音が違うのかな?
・・・・と思いきや、やっぱりスーパーの袋は
ガサガサいうものなのだった。
そこからが、親としてはちょっとしたオドロキだった。
Yは「ことば」の子供ではない、というのがこの両親の共通見解だ。
要するに、言語化する能力はあんまりないような気がする。
自分の文章は書くし(交換日記とか)、書くのは速いし(作文とか)、
無口な子供ではないのだけれど、
基本的におしゃべりでもないし、
そもそも言葉を介して考えてるようなかんじがしないのだ。
主語や目的語ばかりでなく、その文章の意味を成すのに大事な要素を
ポロポロ落として話す。
本人は言ったつもりなのだが、口に出してはいないので、
聞いているほうには、何がなんだかよく分からないことがままあるのだった。
子供はみんなそんなもんだろう、と思われるかもしれないが、
2才年下のKは全然違う。
Kは、見事に「ことば」の子。
彼女は言葉で自己表現をしようとするタイプで、
自分の言葉をすでに持っている。
そういう人と一緒に見ていると、
Yにとって、自由になる表現手段はやっぱりビジュアル系の手作業であって、
いかにも言葉ではなさそうなのだった。
そういう先入観を持っているので、
驚けた、といえばそれまでなんだが、
袋入りのボールをポンポンしながら
自分はこういう風にリフティングをやっている、ということを
ペラペラとまー、しゃべるしゃべる。
しかも、言っていることが分かりやすい。
へー、ナルホドねー。
と思っちゃったりする。
Yの説明が分かりやすい、ということ自体が、珍しいんだが、
サッカーで、自分のやっていることをそんなに言語化できるのか、
と驚いたのだった。
そのうちの何パーセントかは、多分ご指導のタマモノとか、
チーム内の上級生のアドバイスとかなんだろう・・・・。
Yのオリジナルではないのかもしれないが、
それにしても、Yがいろいろな言葉を使って説明する様子は
なかなかレアな光景だ。
いずれ、Yも上級生になって下の子達を引っ張っていかなくてはならない。
そんなことがこの子にできるのか? とずっと思っていたけれど、
これなら教えてあげられそうだ。
確実に、子供は大きくなって、中身も育っているらしいのだった。
・・・・すっかり、育児日記やねぇ。
ずっとこの話やん、今週は。
東京ネタがないから、しゃぁないわ。